魔法の万年筆

 

 

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東京 PARCO劇場:2007年5月12日(土)〜6月12日(火)

大阪 シアター・ドラマシティ:2007年6月15日(金)〜6月18日(月)

脚本・演出:鈴木聡

音楽:本多俊之

出演
 パーカー:稲垣吾郎
  この舞台の主人公。一言で言うと酷い男(^^;)
  デルタ=恋人,セーラー=妻、ペリカーノ=愛人…って、モテモテじゃないか!

 デルタ:西牟田恵
  パーカーの恋人だけど、振られちゃった可愛そうな人。

 ペリカーノ:三鴨絵里子
  世渡り上手な(?)パーカーの編集者さん。

 セーラー:久世星佳
  パーカーの奥さん。色んな意味で怖いっす(ToT)。

 モンブラン:山崎一
  アメリカを代表する小説家。セーラーとパイロットのパパ。

 ウォーターマン:阿南健治
  パーカーの盟友(?)。振り回されっぱなしのエージェントさん。

 エルバン:小林隆
  伝説の万年筆職人。でも今は痛風wで、息子に仕事は任せてます。

 パイロット:河原雅彦
  小説家。とっても頼りないセーラーの兄貴。

 

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感想

6月2日(土) 昼/夜公演を観劇してまいりました。貴重な時間、お付き合いしてくださった皆様、ありがとうございます。この場でひっそりお礼を…m(_ _)m


さてさて、で、えーと、感想です。すみません、ものすごーくネガティブです。こんなネガティブな感想、吾郎ファンのみなさまの感想をいくら探しても出てこないぐらいネガティブです。書かないでおこうかなと思ったんですけど、それはそれでこういうサイトをやってる以上、よくないかな、と思いまして、一応、残しておきます。ただ、本当に純粋に楽しまれた方は読まない方がいいかと。
















まず、私自身、演劇なんて吾郎君の舞台以外は、劇団四季のミュージカルを数本、観にいったことがある程度で、つまり完全に素人です。だからかなり的外れなことを書いているであろうこともあわせてお断りしておきます。

私の中での吾郎君の演技といえば、基本的にはものすごく頭で考えて演技をしているというイメージ。言葉にしても動きにしても、目線にしても、色々と考えながらやっているように見える(台詞に違和感があるときは、逆にすごく台詞に気を遣っているのね、と思いながら見てます(笑))。

私がさらに好きなのは、その一線を超えたときの吾郎君。頭で考える余裕も無いぐらいの状態で、追い詰められたときに発せられる吾郎君の演技が好き。いや、正しくは私はそこまで演技が分かってないので、単に見ているこっちがそう思えた瞬間があるというだけのことなんですけどね。
テレビやドラマでは色々制約があるでしょうけど、舞台に関しては一番、限界に挑戦できる場なんじゃないかな、と思ってます。舞台では熱い吾郎君が好き。がむしゃらな吾郎君が好き。ボロボロになるぐらいの吾郎君が好き。

今回の舞台は鈴木聡さんが作・演出。鈴木さんといえば、私の記憶が正しければ「さよなら5つのカプチーノ」「謎の下宿人」「ホシに願いを」に続いて今回が4作目。吾郎君とは関係無い鈴木さんの舞台は見たことがないですけど、なんとなーく、ほんわか〜とした感じの御伽噺的な作品を書く方という印象。だけどちょっと毒が足りないのかな?この方が関わった作品は、どこか私の中で物足りなさが残ります。


今回の舞台、色々勿体無いと感じた部分はあるのですけど、長くなるので割愛して、以下、パーカーさんの描写について。

吾郎君演じるパーカーさん。言葉で書くと「悪い人」です。恋より出世を選んじゃうような人。だけど、吾郎君が演じるからどこかそれもチャーミングに見える、ということらしい。だけど、もっと悪い人というか、愚かな部分というか、そういうのを描いてくれてもよかったんじゃないかなぁとまず思いました。今回の舞台、小手先部分の笑いは十分楽しめますが、その合間合間に、私にはパーカーという人をもう少し描いてほしかった。

  デルタと本気で恋愛していたとき、
  魔法の万年筆を手に入れベストセラーを連発したとき、
  セーラと結婚して地位を手に入れたとき、
  その後に書いた作品の数々について・・・、
  モンブランが亡くなったとき、
  そして、一番肝心な万年筆を失ったとき、

・・・その瞬間瞬間、パーカーは本当は何を感じたの?幸せなのか、不幸なのか。恍惚に浸ってるのか、虚しさを感じてるのか・・・。
そして別れてからもデルタの事を本当にずっと思っていたの?

今回の舞台、それぞれの人生の転換期となるエピソードの大部分が過去のこととして舞台上では語られるんですよ。だから、その瞬間、本当はパーカーはどう感じていたのか見ているこちらにはイマイチ分からない。
万年筆もねぇ、それだけ大切なものなのに、失ったということを語ってるときは案外、あっさりしてるように見えるし(笑)。


実は、ずっと捨ててしまったハズのデルタの愛を心の奥底にしまいながら生きていたパーカー。それに気付いたときには・・・という展開。ストーリーはコメディちっくに進んでいくのだけど、実は寂しくって悲しいお話なんです。
だからこそ、パーカーがつかんだ栄光と挫折、もっとしっかりと描いても良かったんじゃないかしら?愚かな部分やちっぽけな部分を描いてもよかったんじゃないかしら?最も輝いている瞬間なのに訳も分からず満たされない気持ちを持ってるというのを描いてもよかったんじゃないかしら?もっと最後はボロボロになってもよかったんじゃないかしら?
そうしていくことで吾郎君自身を追い込んでいくこともできたんじゃないかしら?

コメディは否定的要素はしないです。むしろそれがあるから安心して見られる(広原〜インコの舞台も実はかなりコメディちっくだったしね(笑))。だけど、今回の舞台はどうも小手先の笑いに頼ってしまってる、役者さんの演技に頼ってしまってる、そういう印象の舞台でした。もっとパーカーや他のキャラクターを描いて欲しかった。役者イナガキの限界を超えるものを引き出して欲しかった。

吾郎君自身が大人になっちゃったという証拠なのかな。それを私が素直に受け入れれてないだけなのかな。だけど、折角の舞台。もっとがむしゃらな演技をする吾郎君が見たいのよ・・・


(07.06.10)


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