もう残り少ない世紀末だが、この百年間にイタリアではいくつかの前衛文学運動が生まれては消えていった。マリネッティの未来派を代表とする「歴史的アヴァンギャルド」、人文科学の革新に刺激され六十年代の政治運動に巻き込まれていった「ネオ・アヴァンギャルド」。そしていま、若い作家たちによる新しい前衛運動があるのではないか、と指摘するのがレナート・バリッリの評論『第三の波が来た』である。
デ・カルロ、ベンニ、タブッキやトンデッリらの活躍による八十年代のイタリア小説ブームの後にやってきた若い作家たちに実験主義の波を見ようとするバリッリの意図の背景には、彼自身も運営に参加している「リチェルカーレー新しいエクリチュールの実験室」というレッジョ・エミリア市主催の文学集会がある。グループ63の結成から三十年後にあたる九三年以来、毎年五月に開かれているこの集まりでは、作家が自作を朗読し批評家と議論を行うという新前衛派時代の形式が継承されているだけでなく、バレストリーニやサングイネーティ、グリエルミといったかつてのグループ63のメンバーも出席している。
しかし作品を読み上げる作家たちのほとんどは三十代だ。そのなかから三十二人の作品の抜粋を収めた『ナラティヴ・インベーダー1993-1999』には、運動の統一性よりも「ネオ・ネオアヴァンギャルド」という名称にふさわしい多様性と活気がある。目指す方向や現時点での知名度はいろいろだが、シルヴィア・バレストラ、ニコロ・アンマニーティ、フランチェスコ・ピッコロなど注目の作家の名前を見つけることができる。
次に若い世代の活況から離れて、いくつか印象に残った小説を挙げよう。
母と息子の間のつながりが伝統的に強いイタリアで、父と息子の関係を扱った作品は比較的めずらしいように思える。新前衛運動にも一時関わっていたジュゼッペ・ポンティッジャ(三四年生まれ)の『二度の誕生』は障害をもつ息子の成長を父親の視点から描いた小説で、ドキュメンタリー風な描写ではなく、この作家独特の淡々とした語りと単純で短いやりとりからなるシーンの積み重ねで構成されている。ここでの焦点は語り手自身の意識に置かれ、障害者の息子が、周囲の人々の反応を引き起こす一種の触媒として機能している点については評価が分かれるかもしれない。
逆に息子の立場から愛憎をこめて父親の姿を捉えたのが、ドメニコ・スタルノーネの『ジェミト通り』だ。画家としての才能が評価されることを夢見ながら駅員勤めに甘んじていた父親フェデリを、語り手である長男ミンモが回想する。周囲の無理解への鬱憤を爆発させる父親の横暴な態度、とくに母への暴力に、子供時代の語り手は強い憎悪と反発を覚える一方で、画家としてのその情熱と技能に惹かれていた。わがままで自分がいつも中心でいないと気がすまず、周囲とたえず衝突するフェデリは、魅力的な人物像だ。ファシズム時代から戦後までのナポリの街を舞台とし、方言色豊かな罵倒語に彩られた作品は、徹底的に構築された「知性派」と残忍な暴力を描く「パルプ小説」が多数を占める小説界にあって、その古典的な性格がかえって新鮮だ。
ピランデッロ、ヴィットリーニ、シャーシャ、それに最近のカミッレーリのブームまで含め、さまざまな小説を生んだシチリアに比べて、もう一つの島であるサルデーニャについてはノーベル賞作家デレッダとタヴィアーニ兄弟の映画『パードレ・パドローネ』が思い浮かぶ程度かもしれない。しかし最近サルデーニャ出身の作家が目立つ。例えば七十才のサルヴァトーレ・マンヌッツの『カタログ』は、サルデーニャから本土へ向かう船の上で、見知らぬ男から聞かされる身の上話を包み込こんだ形式になっている。その男が以前知り合ったアルベルトは私設ラジオ局のDJを務める根っからの女好きだった。現代のドンジョヴァンニの栄華が、従者レポレッロ役にあたる友人の目を通して描かれる。年齢や美醜、時に性別にすらこだわらない嘘つきで破天荒なこの誘惑者は、征服した女性について詳細な「カタログ」を残していたことがきっかけで破滅への道をたどる。設定からしてどこか郷愁を帯びたこのドンファンの物語に対して、四十才のマルチェッロ・フォイスの『死んだ方がまし』は、森で発見された少女の死体、夫を刺殺したとして服役中の女性、公共工事入札に絡む不正の三つの事件が交錯しながら話が進んでいく犯罪小説の形式に従っている。その点で「サルデーニャ」というキーワードよりも最近流行のホラー・サスペンス、推理小説のジャンル論の対象にふさわしい作品だろう。
最後にの、ウンベルト・エーコの小説『バウドリーノ』が十一月に出版されたことを記しておく。前作『前日島』から六年ぶりの新作で、予約だけで二十万部を突破、すでに三十六国で翻訳が予定されているという相変わらずの人気だ。今回の題材は、赤髭王フリードリッヒ一世の時代と東方のプレスト・ジョン伝説らしい。五百頁を越えるこの大作は冬休みの読書として愉しむことにしたい。
Renato Barilli, È arrivata la terza ondata: Dalla neo alla neo-neoavanguardia, Testo&immagine, 2000; AA.VV., Narrative invaders: Narratori di "Ricercare" 1993-1999, Testo&immagine, 2000; Giuseppe Pontiggia, Nati due volte, Mondadori, 2000; Domenico Starnone, Via Gemito, Feltrinelli, 2000; Salvatore Mannuzzu, Il catalogo, Einaudi, 2000; Marcello Fois, Meglio morti, Einaudi, 2000; Umberto Eco, Baudolino, Bompiani, 2000. ジュゼッペ・ポンティッジャ『明日、生まれ変わる』武田修一訳、ベストセラーズ、2001年; スタルノーネについては、別項『アイロニーの世代 ドメニコ・スタルノーネ』参照。