イタロ・カルヴィーノが亡くなって十五年になる。単行本はもちろん雑誌掲載の作品、未発表・未完成の断片まで、創作・評論のほぼ全作品を収録したメリディアーニ版の著作集に、この秋、『書簡集(1940-1985)』が加わった。
かれの書簡集はこれが最初というわけではない。出版社エイナウディに関わっていた時の書簡308通が九一年に出版されている。生涯、自分の本よりも他人の本に多くの時間を割いたという作家自身の言葉から『他人の本』と題されたこの本は、四七年から八一年までの手紙を収めている。
今回の書簡集は、十七歳から六二歳で病に倒れる直前までのおよそ千通という膨大な量で、家族への絵はがきや公開書簡、研究者・翻訳者に対する自作解説など、内容も公的、私的なもの多岐にわたる。研究者に向って、「作家よりも作品が重要だと思うから、わたしは自分の人生について嘘をつくか、いつも違ったことを言おうと心がけている」と冗談めいて答えたカルヴィーノの伝記研究の基礎資料として、また現代イタリア文学史研究にとって貴重な情報の宝庫となるだろう。
もちろん伝記的資料としての価値だけではない。他の批評家を寄せつけないほど鋭く精確な自作の分析、パゾリーニ、ヴィットリーニら他の作家についての思いがけない指摘、作家志望者への文体上の忠告などが、パヴェーゼから「ペンの栗鼠」と呼ばれた敏捷で簡潔な文章で展開されていて、カルヴィーノくらい引用しやすい作家はいないといわれるその傾向にますます拍車がかかりそうだ。有名な寡黙さとは裏腹に手紙ではいつも率直で丁寧な態度を崩さず、まったく見当違いの解釈をした評論家を罵るときでも、その理由を懇切丁寧に説明しながら怒りを爆発させるあたりが彼らしい。
カルヴィーノの手紙といえば、九四年に雑誌に掲載され物議をかもした映画女優へのラブレター事件が思い浮かぶ。五十年代後半に書かれた三百通近いその手紙は今回収録されていないが、パヴィア大学の近現代文学文書館に預けられ、一部はすでに研究者に公開されている。すべてが公開されるには二十五年待つ必要があるという。そこにどんなカルヴィーノがいるのかという読者の好奇心はしばらく待たされることになる。
Italo Calvino, Lettere 1940-1985, Mondadori, 2000.