「だから、小説じゃなくて短編だ。小説は死んだ。一枚岩の小説はうんざりだ。モノローグの小説は、何時間もこすっていながらどうしてもイケないのと同じ、くそったれ! 文学に何日もかける時間なんかない。すぐに飲み込めるようなテキストでなければ。三十分とか一時間、パスや地下鉄、船やカフェで、短編をひとつ、それでおしまい!」(註1)
こう言いきるトンデッリが生前に出版した最後の作品が、六百頁を超える『ポストモダン・ウィークエンド』だったというと矛盾するように聞こえるかもしれない。しかしその内容は、大手の新聞雑誌からマイナー雑誌までさまざまな媒体に発表されたエッセイ集だ。だが単なるコラムの寄せ集めではない。テーマ別にきちんとまとめられたテキストには大幅な書き直しがなされ、末尾には人名索引も付けられている。死後に出版された『断念/ポストモダン・ウィークエンド2』と共に、八十年代の若者文化全体を描き出そうとした一種の「批評小説」の試みの所産と言える。
物語性の復興の流れを背景として八十年代以降登場してきた新しい作家たちにはジャーナリズムの側から「若い作家」という形容が与えられたが、かれらは思想的あるいは詩学的な共通項をもった集団というにはほど遠く、それぞれが孤立して模索している印象を受ける。こうした個人主義の時代と物語の細分化の傾向のなかで、「ひとつの世代」全体を代表するような作品が生まれる可能性はますます低くなっている。『ポストモダン・ウィークエンド』は、複数の対象についての異なるジャンルのテクストの集積という形式を持つことで、「ゆるやかな全体性」を獲得している。だから部屋のなかでじっと読み通すのではなく、カフェや路上で、あるいは列車やパスのなかであちらこちらを読むのが正しい読書法なのかもしれない。一枚岩でもなくしかも個人的意識内の閉塞でもないという作品の性質は、孤独であるが孤立はしないトンデッリの基本的な性格を反映して、「さまざまな断片による旅行」という作家自身の説明を具現している。
実際、『ポストモダン・ウィークエンド』は、八十年代の若者文化のルポタージュ、時間的・空間的「旅」の記録とみなすことができる。ビデオ、ロック、ジャズ、民間ラジオ局、コミックス、コンピューター、映画、美術、演劇、と若者文化のあらゆるジャンルの創造に関心を寄せるトンデッリの活動は、生まれ故郷のコレッジョ周辺のエミリア・ロマーニャ地方からロンドンなど北ヨーロッパの都市まで広がる若者の風俗を伝える記者のようだ。
だが、冒険や見聞を意味する現実の旅行ばかりではない。想像の世界での文学的メタファーとしての旅行も入り交じっている。たとえば、アドリア海沿岸に関係する小説をカルヴィーノやパゾリーニら有名作家から無名の作家まで調べあげる優れた文学エッセイに表現されているように。旅は未知のものの発見や出会いばかりでなく、記憶と瞑想の機会でもある。「一人の旅行者」と題されたエッセイで「軽薄さと善人主義とに恥ずかしげもなく向けられたこの時代にあって、少し口をつぐんで、内面性を豊かにしようと努めるのはとても良いことかもしれない」と語っているトンデッリは、表面を観察し報告すると同時に、自分の内面への省察としての旅を考えている。
集団性と孤独、喧噪と静謐、大騒ぎとさびしさ、というコントラストはたとえば第九章「旅行」にまとめられたヨーロッパの都市紀行に明確に表われている。ヨーロッパの若者文化、音楽・ファッションの流行発信地としてのロンドンのイメージ、トラファルガー広場にたむろするスキンヘッド、パンク、ロッカーの若者グループの観察で始まるルポは、東洋趣味へと話題を変え、日本文化の展覧会、チベット仏教に関するドキュメンタリー映画が語られる。死と宗教性への関心の深さを印象づけながら、『チベットの死者の書』とその葬儀の描写で文章は終わっている。かつて巨大なロックコンサートが開かれた公園がさびれている様子で締めくくられるアムステルダムのエッセイには、一種の寂寥感が漂っている。ウィーンのルポでは、クラーケンヘルトのインゲボルグ・バックマンの墓と、キルシュストラッテンのオーデンの墓を訪れた体験が中心に置かれ、文学と死というテーマが交差する。ヨーロッパ各地のディスコ、ビアホールといった若者たちのたまり場で観察するトンデッリの姿には、敬愛する詩人の墓の前で物思いに耽る姿が重なっている。
しかし、さらに若い世代の作家への影響を考えた時、単なる若者文化の観察者ではなく積極的な擁護者、指導者としてのトンデッリの果たした役目は大きい。若者たちからの短編小説募集の企画「アンダー25」に関して、企画の発端となった現代の若者像に関するエッセイから、選考作品によるアンソロジーの出版の際の序文、それに対する批評への反論までが収められている第八章に見ることができる。
八十年代の「新しい作家」に共通するもうひとつの特徴は、直接に政治的な要素から距離をとることだった。『ポストモダン・ウィークエンド』を含めてトンデッリの小説に社会性・政治性がなかったわけではないが、文化的社会参加としては小説を書くだけでは充分ではないと強く感じていた。そうした問題への回答のひとつが二十五才未満を対象にした小説の公募「アンダー25」だった。
現代の若者についての文章を書こうとして、かれはマスコミが押し付ける紋切り型の表現にとらわれてしまいがちなことに気づく。そこで、若者自身に考えていること、自分自身を語らせようという提案をしたのが「アンダー25」の始まりだった。こうして一種社会学的観点から生まれた、新しい世代の物語創作に関する調査が、次第に小説執筆への示唆へと重点が移動していくのは興味深い。なぜ応募した作品よりそれに付けられた手紙のほうが出来がよいのか、「私」という登場人物を作り上げることのがどれほど必要かをを説明しながら、最後にトンデッリは書き直しの重要性を強調する。
「執筆の秘密は、投げ出してみては、恐れたり飽きたりすることなくまたやってみることだとわたしは思う。言葉と物語を使って作業するのはとても愉快でもあるしまた疲れることだ。というのも、改行する度に選択を迫られ、最後までどこへ行くことになるのかわからないからだ。そのため、ひとつの短編を書くためには、考えたりたくさんのアイデアを持っていたりするのは重要ではない。重要なのは放り出してしまうことだ。インスピレーションとは作業すること。より優れたアイデアは書きながら生まれてくる」(註2)
ある前提から出発するのではなくて、ひたすらなにかを紙の上に書くことを繰り返すようという若い作家たちへあてたトンデッリの忠告の言葉は、ここでそのままかれ自身の模索を反映しているようでもある。
註(1)Pier Vittorio Tondelli: "Colpo d'oppio" in L'abbandono/ Un weekend postmoderno 2, Milano, Bompiani, 1993, p. 9.
註(2)Pier Vittorio Tondelli: "Under 25: presentazione" in Un weekend postmoderno, Milano, Bompiani, 1990, p. 355.
Pier Vittorio Tondelli, Un weekend postmoderno, Bompiani, 1990.