赤字を埋めるために経営者が所有する絵画を売り飛ばしたという伝説的エピソードがあれば、人気作家をめぐるトラブルがある。莫大な宣伝広告を行う大手による寡占が進むほど、アイデアで勝負する小規模出版社が増えてくる。自分の文学的好みにこだわる出版者がいる一方で、読者の好みを追求するマネージャータイプの出版者がいる。
作家と作品の紹介を並べた文学史に出版という視点を加えたとたん、こんなふうに現実味が増してくるのは、芸術と市場原理が出会う場、一般読者が日ごろ意識しない舞台裏の駆け引きが見えてくるからだ。平板な文学史より何倍も面白い。記憶に残る有名選手と名勝負ばかりでなく、ワンマンオーナーの気まぐれや関連企業の不振の影響までひっくるめたすべてがセリエAの歴史であるようなものだ。
ジャン・カルロ・フェッレッティ『イタリアにおける文学出版の歴史1945-2003』(エイナウディ・2004)を読むと、イタリア現代文学の舞台裏が透けて見える。戦前のフィレンツェから大都市ミラノ・ローマへ出版業の中心が移り、モンダドーリ、リッツォーリらカリスマ的な創業者が活躍した戦後から60年代の経済成長を経て、今の首相ベルルスコーニがメディア王として台頭する90年代まで、半世紀に及ぶ出版史である。
作家と出版社との関係もさまざまだ。パヴェーゼ、ヴィットリーニ、カルヴィーノを筆頭に数多くの作家が出版社に勤めていたことは言うまでもない。ボンピアーニ社で数々の叢書を企画しているエーコ、パレルモの出版社セッレーリオの経済的窮地を救ったベストセラー作家カミッレーリのように、特定の出版社と長く「つきあう」作家もいれば、複数の出版社を渡り歩く作家もいる。中小出版社によって発掘された新人が注目を集めてその後大手へ移籍する状況がサッカー選手と同様なら、表に出ることなく相談役として影響を与えた「ボビ」・バズレンのような存在は、隠れた名監督、名審判だろうか。さらには偶然から生まれたベストセラー、見過ごされていた名著、本棚にそんなドラマが並んでいることを本書は教えてくれる。
Gian Carlo Ferretti, Storia dell'editoria letteraia in Italia. 1945-2003, Einaudi, 2004.