「長靴」の踵の先端にある町オートラントの浜辺は、イタリア旅行協会から全国一との折り紙つきの澄んだ海を楽しむ観光客でにぎわう。水平線の彼方に見えるアルバニアの山陰は、この小さな漁師町がイタリア最東端の地であることを実感させてくれる。城壁のなかに建つカテドラルで、海峡を越えて来た「歴史」の証人となっているのが、床一面を埋め尽くすモザイクと殉教者800人の遺骨である。
落ち着いた茶の色合いとユーモラスな顔の表情が印象深いモザイク画は12世紀のギリシャ人修道士パンタレオーネの手による。世界樹を中心に聖書物語だけでなくアレキサンダー大王、アーサー王伝説から四季折々の労働までが描きこまれた当時の知識と世界観の集大成は実に壮観だが、さらに奥に進んで後陣に足を踏み入れると、今度は納骨堂のガラスの向こうに積み上げられた頭蓋骨に圧倒される。
1480年7月オートラントはトルコ軍に占領された。イスラム教への改宗を拒否して斬首された800人の遺体は強烈な夏の日差しにも関わらず数ヶ月もそのままだったと伝えられる。カテドラルは馬小屋となり、軍馬がモザイクの上を行き来した。
マリーア・コルティの歴史小説『皆の時』(ボンピアーニ、1962)は、このトルコ襲来の史実を扱っている。城壁で勇敢に戦った漁師コランジェロ、守備隊隊長ズルロ、スペイン兵士と恋に落ちる村の人妻イドゥルゥーサ、逃亡せずに一人残ったスペイン軍総督ドン・フェリーチェ、捕虜となって改宗を迫られる漁師ナキーアといった登場人物たちによるそれぞれ一人称の語りを通じて、オートラント陥落という集団的悲劇と個人の心理ドラマが多角的に描き出される。
文学記号論の先駆的研究で知られるコルティ(1915-2002)はミラノ生まれだが、父親の転勤のため子供時代をこのサレント地方で過ごしている。処女小説の場にオートラントを選んだのは、古代ギリシャ植民地以来東西の文化が入り混じった歴史的魅力だけでなく、昔と変わらない時の流れを感じさせる自然と民衆の暮らしに惹かれたからだろう。
Maria Corti, Ora di tutti, Bompiani, 1962.