「セレンディピティ」という言葉を見聞きした人は結構いるはすだ。幸運な発見を指す言葉として歴史・科学技術の分野から最近では発想法のキャッチコピーや恋愛映画の題名にまで、幅広く使われている。
もとは18世紀の著述家H.ウォルポールの造語で、おとぎ話『セレンディップ(現スリランカ、セイロン島の古名)の三人の王子の旅』の主人公が「探していないもの」を偶然発見することに由来する。ヴォルテール『ザディグ』の、見ていない犬や馬の特徴を言い当てた主人公が泥棒と疑われる挿話も同じ物語から発しているらしい。それが1557年ヴェネツィアで出版された『セレンディッポ王の三人の若い息子の遍歴』で、副題には「アルメニア人クリストフォロによりペルシア語からイタリア語へ訳された」とある。オリエントの物語として人気を博し独・仏・英で翻訳、翻案の対象になったが、作者(訳者?)クリストフォロの正体とテクスト成立はいまだ多くの謎に包まれている。
父王の命で国を離れた三兄弟が知恵と機転で難題を解決する枠物語に七つの挿話が収められている。一角獣の雌雄を変える弓矢の技、動物に魂を乗り移らせる魔術、巨大な像の重さを量る知恵、嘘を聞くと笑い出す像などの知恵と武勇と魔術を題材としたエピソードは14世紀のペルシア詩人アミール=ホスローの『八つの楽園』を土台に書かれていて、曜日毎に七の宮殿で七人の語り手が話をする設定は12世紀のニザーミーの『七王妃物語』にまで遡ることが最近の研究で判明した。
しかも物語は一本道を伝わったのではない。海中から現れた手を退散させる話はカシュミールの詩人ソーマ・デーヴァの説話集『カター・サリット・サーガラ』に類話がある。逃げた駱駝の特徴を言い当てる冒頭の話は、『千夜一夜』の「アル・ヤマンのスルタンと三人の王子」を始めとする中東民話に関連があり、イタリアでは1557年以前に知られていた。多くの話が流れ込み分岐した経過は物語のバザールかハイパーリンクのようだ。謎解き・推理・頓智を織り込んで読者をひきつける巧みな展開の面白さに、歴史と地理の大きな幅を越えて伝播した物語の生命力が感じられる。
Cristoforo Armeno, Peregrinaggio di tre giovani figliuoli del re di Serendippo, Salerno, 2000.