8月、ローマにあるナンニ・モレッティの映画館「ヌオーヴォ・ザッヘル」の屋外上映でマルコ・トゥッリオ・ジョルダーナ監督『最良の青春』を見た。合計6時間になるこの長編は本来テレビ映画の予定だったが、事情で先行した劇場公開が評判となり、5月のカンヌ映画祭で「ある視点賞」を受賞した。ようやく決定した12月のテレビ放映に際して雑誌「ディアリオ」は65-75年の時代に登場した数々の人物、事件を読者から募集し、映画と同名の特集付録を組んでいる。映画は、学生紛争とテロリズム、フィレンツェのアルノ川の氾濫、サッカーW杯などの「国民的」エピソードを織り込みながら主人公の兄弟二人(精神科医と警官)の半生を通じて過去四十年を振り返る大河ドラマである。ヴェネツィア映画祭でも、パリの5月革命の頃の若者像を描いたベルナルド・ベルトルッチ『夢見る人たち』、78年のモーロ首相誘拐を扱ったマルコ・ベロッキオ『夜よこんにちは』など、60―70年代に自分の青春を重ねる人々の関心の高さが感じられる。
書店でも60−70年代を取り上げた本が目立った。ベッロッキオの映画の原作アンナ・ラウラ・ブラゲッティとパオラ・タヴェッラの『捕虜』(エイナウディ)、ジョヴァンニ・ビアンコーニ『わたしは政治犯』(エイナウディ)、マルコ・バリアーニ『クーデター』(リッツォーリ)など「モーロ事件」関連書は数多い。そのほかボローニャ駅爆破事件(80年)の記憶・追悼行事に関する社会学研究であるアンナ・リーザ・トータ『傷ついた街』(イル・ムリーノ)、炭化水素公社総裁エンリーコ・マッテイの飛行機事故(62年)に関するルポルタージュ、ベニート・リ・ヴィーニの『マッテイ事件』(エディトーリ・リウニーティ)など、未解決事件に対する新しい証言や解釈は途切れることがない。
小説がそうした題材を取り上げる場合、個人的な体験にノスタルジックな視線が向けられる。ナポリ賞を受賞したアントニオ・ペンナッキの小説『ファッショコムニスト』(モンダドーリ)は、当時の右翼・左翼の政治グループを渡り歩く主人公の破天荒な行動を描いている。シンガーソングライターであるフランチェスコ・グッチーニの『チッタノーヴァ・ブルース』(エイナウディ)は60年代ボローニャの音楽シーンがテーマだが、巻末に方言の単語リストがあることからもわかるように郷土色豊かな文章が特徴である。昨年出版されたレンツォ・パリス『もうひとつの失われた世代1968―1990』(デ・ドナート、レリチ)は、73年と88年に書かれた小説二編を合わせたものだ。
今年の話題作の中でいえば、16歳の少女メリッサ・Pの日記体小説『寝る前にブラッシングを百回』(ファーツィ)は作家の年齢とハードポルノ的な内容という取り合わせで注目を集めた、逆に作品としては厳しい評価も多かった。ジョルジョ・ファレッティの小説『俺は殺す』(バルディーニ&カストルディ、出版は2002年)は、モナコ公国で起きる連続殺人事件を扱った600頁を越す長編で、TVや歌謡曲の分野で活躍してきた作者のミステリデビュー作。アンドレア・カミッレーリはおなじみのモンタルバーノ警部シリーズと平行して、小説『マカッレ占領』(セッレーリオ)を発表した。ファシズムのアビシニア戦争当時のシチリアの村の「純粋な」少年が、ファシスト地方幹部である父親による軍国主義教育とカトリック神父(少年の母親の浮気相手)の偽善的教義に挟まれたあげく残虐な殺人行為を犯す物語で、シチリア方言による風刺で社会のゆがみが抉り出されている。ステーファノ・ベンニの小説『駿足アキレウス』(フェルトリネッリ)は、創作に行き詰って出版社で持ち込み原稿を読む仕事をしている作家オデュッセウスと、病気で車椅子生活を送る青年アキレウスの交流が中心になっている。自室から出られないアキレウスが書く「小説内物語」と小説そのものが交錯する仕掛けが面白い。
評論関係では、ウンベルト・エーコ『ほぼ同じことを言う』(ボンピアーニ)はエーコらしく英独仏伊西など西欧諸語の訳例を豊富に使って実践と理論を展開した翻訳論で、読者側にもそれだけの語学能力が要求されるのが難しいところだ。アントニオ・タブッキの『他人の自伝』(フェルトリネッリ)は、『レクイエム』から最新作まで自作について作家が書いた文章を収録するが、単なる自作解説でなくむしろ作品の謎と魅力を一段と深めている。フルッテーロ&ルチェンティーニの『商売道具』(エイナウディ)は、SF・ミステリ・漫画から全方位に渡る文学を翻訳紹介し執筆した作家コンビ(その多趣味と博学ぶりはブヴァールとペキュシェに譬えられた)の文章をドメニコ・スカルパが編集し、創作作法の形に仕立てたアンソロジー。SF雑誌に掲載された読者参加の翻訳講義、『ジーキル博士とハイド氏』の女性版パロディなど、F&L独特のユーモアをまとめて楽しむことができる。
Marco Tullio Giordana, Meglio della gioventù, 2003; Bernaldo Betrolucci, I sognatori, 2003; Marco Bellocchio, Buongiorno notte, 2003; Anna Laura Braghetti e Paola Travella, Il prigioniero, Einaudi, 2003; Giovanni Bianconi, Mi dichiaro prigioniero politico: Storie delle Brigate Rosse, Einaudi, 2003; Marco Baliani, Corpo di stato; Il delitto Moro, Rizzoli, 2003; Anna Lisa Tota, La città ferita: Memorie e comunicazione pubblica della strage di Bologna, 2 agosto 1980, il Mulino, 2003; Benito Li Vigni, Il caso Mattei: Un giallo italiano, Editori Riuniti, 2003; Antonio Pennacchi, il faciocomunista: vita scriteriata di Accio Benassi, Mondadori, 2003; Francesco Guccini, Cittanova blues, Mondadori, 2003; Renzo Paris, Un'altra generazione perduta 1968-1990, De Donato - Lerici Editore, 2002; Melissa P.,100 colpi di spazzola prima di andare a dormireFazi Editore, 2003; Giorgio Faletti, Io uccido, Baldini&Castoldi, 2002; Andrea Camilleri, La presa di Macallè, Sellerio, 2003; Stefano Benni, Achille piè veloce, Feltrinelli, 2003; Umberto Eco, Dire quasi la stessa cosa; Esperienza di traduzione, Bompiani, 2003; Antonio Tabucchi, Autobiografie altrui; poetiche a posteriori, Feltrinelli, 2003; Fruttero&Lucentini, I ferri del mestiere; Manuali involontario di scrittura con esercizi, Einaudi, 2003