ルイージ・セラフィーニの名を最初に知ったのは、D・S・ホフスタッターの『メタマジック・ゲーム』(白揚社)の第十一章「がらくたとナンセンス文学」で、そこで『セラフィニ法典』として紹介されている奇想天外な架空の百科事典に興味をもった。
五年ほどして、ひょんなことからその実物『セラフィーニの写本』(Codex Seraphinianus、フランコ・マリア・リッチ社)を手に入れてみると、そこに付されたカルヴィーノの序文が、エッセー集『砂のコレクション』(松籟社)で読んでいながらすっかり忘れていたものだったと気がついた。
カラフルな図像で描かれる架空世界についての架空言語によるこの百科全書のなかで、最初に読者の目をひきつけるのは、有機物と無機物、天然と人工の融合とメタモルフォーゼの無気味さ(たとえば、カルヴィーノも触れている、交接する男女がワニへと変貌する過程)だが、イメージを取り囲んでいる意味不明の異様な言語も同じくらい怪しげなのだ。世界の創造と言語の創出はどちらが先かはニワトリと卵のようなものだが、人間の想像力をいつだって刺激する。
架空言語といえば、一昨年出版された『AGA MAGÉRA DIFÚRA−架空言語辞典』(ザニケッリ社)には古今東西の「非=自然言語」が集められていて、エーコの『完全言語の探求』(平凡社)とは一味違った「架空言語の探求」の成果を愉しめる。奇妙なタイトルは、幻想小説家トンマーゾ・ランドルフィの短編に登場する架空言語で書かれた詩の書きだしで、短編集『カフカの父親』(国書刊行会)所収の「無限大体系対話」がその作品だ。ある船員から習ったペルシア語が実はどこの言語でもなかったというこの話、似たような事件が現実に第二次大戦末期のインドで起きたのだそうだ。
イタリア古来の民話の伝統とか、マッケロニーカ(羅伊混交)文体で有名な『バルデュス』のフォレンゴなど、あれこれ連想したくなる佳作と言えるだろう。
Luigi Serafini, Codex Seraphinianus, Franco Maria Ricci, 1993, 写真はフランス語版; AA.VV., AGA MAGÉRA DIFÚRA, Zanichelli, 1994.