お気に入りの登場人物の真似をするのは、映画ならともかく小説ではかなりやりにくい。その反面、登場人物を文脈から連れ出して自分の状況においてみたりといった抽象的な空想は、小説のほうが自由にしやすいかもしれない。
ジャーナリストであるジャンニ・リオッタの91年の短編集『季節の移ろい』(cambio di stagione)は複数の賞を受け、見事な文学デビューとなった。冒頭の短編は「ベン・ガンを大切に」と題されている。『宝島』で島流しにされた海賊、ベン・ガンのことだ。語学を見込まれて東独の国防省で働いていた主人公が、スパイ組織にからんだごたごたに巻込まれるというストーリーだが、読書家である主人公の頭のなかには、ホラティウス、ニック・キャラウェイ、『宝島』のジム、ボヴァリー夫人たちがいつも存在している。
西側の雑誌を翻訳するのが仕事で実際の行動には役立たずの自分の立場を、かれはだれからも無視されていたベン・ガンと同一視するようになるが、最後には母親の手によって危機から救い出され、ベン・ガンが結局は悪者をやっつけたこと、他人から無視され軽んじられるベン・ガンのような人たちを大切にすることを理解する。この弱者・敗者への眼差しが、短編集全体を通じて流れている。
かと思うと、「ボンのピランデッロ」では、熱心に書き続ける少女の物語が不思議なユーモアでもって語られる。執筆前にマスターベーションをするのが習慣のレベッカは、回転ドアやコンタクトレンズといったテーマについて物語を書いていくのだが、その原稿は「不運な」事故によってあるものはエトナ火山の火口へと消え、あるものは花瓶の水にぼやけて消え去る。コンピュータで書かれた作品も同じ運命をたどり、その記憶はわれわれ読者へと委ねられるという結末だ。
彼の小説『最後の女神』(ultima dea)をこれから読むのが楽しみになった。
Gianni Riotta, Cambio di stagione, Feltrinelli, 1991.