イタリアでは、読書の秋より読書の夏なのか、毎年夏になるとバカンスのための本の紹介記事が新聞や雑誌に登場する。デッキチェアーでサングラスをかけ優雅に読書としゃれこむ人々は半分「見栄」で読んでいるに違いないと勘繰るのは、バカンスになかなか行けない側の妬みだが、どこにも行けない人のために夏向きの読書があってもいいはずだ。日本で夏の読書というと、学校時代の読書感想文になってしまうのが悲しい。
そこで、夏、海、子供、という少々安易なキーワードから思いついてエミリオ・サルガーリの小説『黒海賊』を読んでみた。ちょうど今から百年前のベストセラーで、十七世紀後半のカリブ海を舞台にした海洋冒険小説の古典である。サルガーリについては、子供向けの単純な南洋冒険活劇を量産した(八十の小説と百五十もの短編)作家というほどの予備知識しかなかったが、期待通りのテンポのよい冒険小説だった。ちなみに有名な『クオレ』と『ピノッキオ』が書かれたのはこれより十年ほど前のことで、それらに比べて確かに教訓的・教育的な印象は薄い。どちらかといえば、『宝島』のスティーブンソンや『地底旅行』のヴェルヌに近いだろうか。むしろ、文章がずさんだとか、子供を興奮させるからという理由で親や国語教師からは非難されたらしい。裏を返せば、それだけ熱狂的に読まれたともいえる。
ストーリーは単純明快。フランスとスペイン戦争に参加したジェノヴァの貴族エミリオはあるフラマン人の裏切りのために長兄を失う。残された兄弟たちは大西洋を渡りカリブ海の海賊となって、スペイン植民地の指揮官となった仇に復讐を試みるが、弟の「赤海賊」と「緑海賊」は捕まって処刑されてしまう。一人残された「黒海賊」エミリオは快速帆船「稲妻」号を操り、海賊仲間と共に植民地へ乗り込むが...
激しい決闘や戦闘のシーン、熱帯のジャングルでの猛獣や人喰い人種の襲来、ハリケーンのなかを突き進む帆船など強烈なアクションとエキゾチシズム溢れる動植物の描写、騎士道精神を発揮しつつニヒルな海賊を演じる主人公のヒーローぶりが若い読者層を惹きつけたことは想像できる。
ただ、単純な児童読みものという分類に抵抗を感じるのは、子供がほとんど登場しないことに加えて、黒ずくめの格好をした主人公黒海賊の陰鬱な態度、運命の女性との悲劇的な恋愛といったゴシック的要素が、当時の北イタリアのボヘミアン「スカピリアトゥーラ」運動を喚起するからだろう。一度は作家として成功しながら四十九歳で割腹自殺を遂げた悲劇的な生涯も含めて、そうした角度からも見直すことができるかもしれない。
Emilio Salgari,Il Corsaro Nero, Mondadori, 1995.