イタリアでトンマーゾはよくある名だし、ローマのポポロ広場を見下ろすピンチョの丘は有名だ。だがカルト的な人気を集める若手作家がトンマーゾ・ピンチョとなれば、どうしてもあのトマス・ピンチョンを連想しないわけにはいかない。
事実、その作品にはポストモダン風の仕掛けが詰め込まれている。デビュー作『M』はP・K・ディックの『電気羊はアンドロイドの夢を見るか』をそのまま下敷きにした歴史改変SF物だし、『疲弊した世界』の冒頭では作家ケルアックがコカコーラ会社の人工衛星に搭乗するという具合で、良くも悪くもこれほどアメリカナイズされたイタリア人作家は珍しいのではないだろうか。
三作目の『別世界の愛』Un amore dell'altro mondo(エイナウディ・2003)では、伝説のバンド「ニルヴァーナ」のカート・コバーンが登場するが、主人公はコバーン本人ではなく、かれの分身である友人ホーマーの奇矯な一生が中心となる。幼いころ見たTV映画がきっかけで、眠ったらエイリアンになってしまうと思い込んだ青年ホーマーは18年間も意図的な不眠状態を過ごしていた。そんな時偶然出会ったコバーンは、かれを子供時代の空想の友達ボーダだとみなす。陰鬱な森に囲まれたワシントン州アバディーンで始まる物語は、ネヴァダ州にあるUFO目撃の名所ライチェルへと舞台を移し、最後はシアトルでのコバーンの自殺で幕を閉じる。
コバーンの空想と現実の狭間で宙ぶらりんになり、家庭にも社会にも居場所を見つけられずヘロインに溺れていくジャンキー、ホーマーの姿を描くのに、『ボディ・スナッチャー』・『スタートレック』などのTV映画、ホーマーがマニアに売りさばいて生計を立てる宇宙玩具といった小道具が効果的に使われている。もっともこうした部分が、周囲がエイリアンだという妄想を抱くホーマーの姓が「エイリアンソン」(異星人+息子)というようなわざとらしさも含め、ピンチョ評価が分かれる原因なのだろう。
Tommaso Pincio, Un amore dell'altro mondo, Einaudi, 2003.