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図書新聞2000/10/07
人種と文化の接点で過ごした幼年時代を描くマリオネット・ペンドラ『遠い岸』

十九世紀の末、イタリアは他のヨーロッパ諸国を追いかけるようにアフリカ大陸に進出し、エリトリアを領有、エチオピアへ軍隊を進めた。こうしたイタリアの「遅れた」植民地政策とは別に、シチリアからたくさんの農民がフランス領のチュニジアへ移民したことはあまり知られていない。イタリア移民といえば、南北アメリカ大陸を連想するのが普通だろう。

この夏に出版されたマリネット・ペンドラ(Marinette Pendola)の小説『遠い岸La riva lontana』(セッレーリオ社)は、1956年のチュニジア独立までのおよそ半世紀にわたって続いたシチリア移民社会を舞台としている。支配階級と被支配階級のはざまに位置したこの風変わりな「コロニー」は、その両者から文化的に影響を受けながらもアイデンティティをかろうじて保っていた。

物語は、移民三代目の少女が生まれ育ったチュニジアを家族と共に離れてイタリアヘ出発する五十年代後半の現在と、過去の回想とが交錯する形で進行する。叔父の運転する車に乗って農場から港へ向かいながら、彼女は、後に残していく風景とそれにまつわる体験を思い起こす。それは、シチリア方言しか話さない祖父母の世代へ遡る一族のサーガであり、あるいは蝗の大群の襲来や火災のような災害だとか、地中に隠された財宝と魔法の物語であったりする。農場に出入りする使用人を通じてかいま見た不思議なアラブ世界、寄宿学校で習い覚えたフランス語とフランス文化の魅力、そして家族の話で聞くだけの「遠い祖国」イタリア、といった人種と文化の接点で過ごした幼年時代が描かれる。

1948年チュニス生まれの作者による自伝的小説は、少女が船に乗り込む場面で終わる。対岸で彼女を出迎えるイタリアは、当時、奇跡の経済成長を目前に大きな変動期にあった。チュニス育ちの少女の目から見たイタリアの姿はどのようなものだったのか。今後ペンドラがこの「続編」を書くかどうかはわからないが、そんな身勝手な読者の想像を誘う力がこのデビュー作にあるように思える。


Marinette Pendola, La riva lontana, Sellerio, 2000.

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