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図書新聞2003/03/08
郊外の庶民とサッカー——サンドロ・オノーフリ『日々の出来事』

古代遺跡からリゾート地まで、イタリアはどこにでも旅行者がいるような気がする。観光地図に残された盲点は「ボルガータ」と呼ばれる大都市郊外の新興住宅地かもしれない。パゾリーニの『マンマ・ローマ』が描いたような50年代の経済成長期にローマ周辺で拡大した庶民街は、その後アスファルトとコンクリートの殺風景で「絵葉書にならない」イタリアの姿を作り出した。

そのボルガータ生まれのサンドロ・オノーフリは、高校教師をしながら小説を発表してきた。1999年に44歳の若さで亡くなった彼の新聞記事を集めたのが『日々の出来事』Cose che succedono(エイナウディ・2002)である。経済的「貧困」は消えても「満たされない」ボルガータの人々、平穏な外見の裏にある外国人排斥感情、伝統的親子関係が崩れた現代の家族などのテーマは、教師の日誌の形を採った三年前の『クラス名簿』にも共通する。野犬収容所の悲惨な現状や、第二次大戦中にローマの一地区が受けた空襲体験など、現代の日常を採集する「記録文学」がその特徴といえる。

なかでもサッカーへの愛着を語った文章は印象深い。個性的な選手の栄光と没落を語り、選手カードを使った子供時代の「メンコ」遊びを回想し、ミラノ・ローマ・ナポリのファンの違いを観察する。観客席で囓るパニーノは何がよいか、極右ナチ青年は試合にどう反応するか、なぜ今でもナポリでマラドーナが愛されるのか。チームで一番練習熱心でありながら一番才能がなく、仲間から罵られてばかりの「ピッパ(ぶきっちょ)」の類型学を描いたエッセイ「ピッパ礼賛」がいい。チャンスに必ず失敗し、予想不可能な自殺点を記録するピッパだが、一度は素晴らしいゴールで勝利を決定することがある。それが二度とない奇跡だと知っているのが真のピッパであり、その点で超一流と相通じるとオノーフリは言う。そう言えば、ボルガータの庶民を愛したパゾリーニもサッカーボールを追いかけるのが好きだった。


Sandro Onofri, Cose che succedono, Einaudi, Torino 2000.

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