二月の週刊誌「エスプレッソ」が、珍しく書籍販売が好調だと報じている。本屋が賑わう理由として、『ハリー・ポッター』シリーズなど世界的ベストセラーのほかに、昨年のニューヨーク・テロの影響が挙げられている。旅行が控えられた分だけ本を開く時間が増えたとする説明は単純すぎるかもしれないが、話題の本を並べてみると、国際的緊張が高まるなか、時事問題の「評論」、気晴らしの「物語」のふたつが目立つ。
NYテロ以後、イタリアでも多数出版された関連書のなかで、もっとも反響が大きかったのはオリアーナ・ファラーチの『怒りと誇り』だ。インタビュアーとしても有名な作家ファラーチは、テロ直後、イスラムを徹底的に攻撃する文章を新聞へ寄稿する。単行本は一カ月で七十万部という売れ行きを記録した。テロは西洋社会への攻撃(「逆さまの十字軍」)であるとしてイスラム社会をテロ組織と同一視する姿勢、西洋文化の優越の強調、「われわれ(西洋人)」と「かれら(イスラム)」との絶対的な二分法、そうしたファラーチの挑発的主張に対する反発も強く、支持と非難が激突した。
ファラーチに対する反論の先頭に立つのは、『反戦書簡』のティツィアーノ・テルツァーニだ。アジア各地で特派員を務めたテルツァーニは、アフガニスタンやパキスタンの現場を訪れて、平和と寛容の重要さを主張する。イスラム蔑視のファラーチとは対極的な立場から、爆撃はアメリカへの憎しみを刺激するばかりでテロの解決にならないという現実を指摘し、経済最優先の現代西洋社会に対して精神性と道徳の回復を訴える。また、テロ事件後のアメリカの状況を冷静に捉えたジャンニ・リオッタの『N.Y. 9月11日』も、ファラーチの感情的なパンフレットに対するひとつの回答と言えるもので、対テロ戦という「非対称の」戦いに突入したアメリカ社会内部にある食い違いを描いている。
テロと並ぶテーマ「グローバリゼーション」を扱ったアレッサンドロ・バリッコ『ネクスト』は、今年前半のベストセラーとなった。昨年夏のジェノヴァサミットで死者まで出た事件をきっかけに関心が高まったこの問題に対し、バリッコらしく素朴な視点からアプローチしている。今年日本では小説『シティ』が翻訳されたバリッコだが、秋に発表された新作の小説『血を流さずに』も人気が高い。
アドリアーノ・ソフリ『他のホテル』は、97年から今年5月まであちこちの雑誌に掲載した文章を集めたものだが、変わっているのはピサの刑務所内で書かれていること。左翼組織「継続闘争」の創設者ソフリが殺人罪で有罪宣告を受けるに至った「不可解な」裁判、いわゆる「ソフリ事件」については、歴史家カルロ・ギンズブルグの著書『裁判官と歴史家』や支援組織のHP(www.sofri.org)を参照。NYテロを始めとしてコソボやチェチェン紛争、パレスチナ問題から首相ベルルスコーニ批判、パゾリーニ論、そして刑務所問題まで、「塀の中から」世間を観察するソフリのエッセイがまとめて読める貴重な本だ。
一方「気晴らし」の物語といえば、推理・コミック・SFなどの「ジャンル小説」だろう。たとえばジュゼッペ・クリッキア『みんな自由だ、ほとんど全員が』は、四カ国語を話す純真で頑固なオオアリクイ「アンセルム」の珍騒動を描いたコメディで、作家自身のユーモラスな挿し絵付き。前作『アンセルムと散歩』に続き、パンク青年となったアンセルムは反グローバル運動に身を投じ、インド、中国、ロシアを渡り歩く。異端審問官ニコラス・エイメリッチを主人公とするシリーズが人気のヴァレリオ・エヴァンジェリスティ『マテル・テリビリス』は、百年戦争初期の英国支配下のフランスで修道士の怪死事件を捜査する異端審問官ニコラスの冒険、その数十年後のジャンヌ・ダルクと青髭公ジル・ド・レの出会い、さらには21世紀の近未来と、複数の時空間が交錯するゴシックSFの怪作だ。もちろんこれらジャンル小説にも現代の問題意識が反映しており、その点で単純な現実逃避ではない。だからこそ物語が気晴らしとして成立しているとも言える。
Oriana Fallaci, La rabbia e l'orgoglio, Rizzoli, 2001; Tiziano Terzani, Lettere contro la guerra, Longanesi&C., 2002; Gianni Riotta, N.Y. Undici settembre; Diario di una guerra, Einaudi, Torino 2001; Alessandro Baricco, NEXT; piccolo libro sulla globalizzazione e sul mondo che verrà, Feltrinelli, 2002; id., Senza sangue, Rizzoli, 2002; Adriano Sofri, Altri Hotel; il mondo visto da dentro 1997-2002, Mondadori, 2002; Giuseppe Culicchia, Liberi tutti, quasi, Garzanti, 2002; Valerio Evangelisti, Mater Terribilis, Mondadori, 2002.
アレッサンドロ・バリッコ『シティ』草階伸子訳、白水社、2002年。