読んでいて気分が良くなるどころか胸がむかむかするような過激なシーンの連続にも関わらず、四百頁近い長さを愉しんで読み通してしまったあたりに、この作家の評価が極端に分かれる原因があるようだ。いずれにせよ昨年出たアントニオ・モレスコ『カオスの歌』(Canti del caos フェルトリネッリ社)ほど「えげつない」小説はめったに読んだことがない。技巧を凝らした短編にせよ、史料を基に過去を再構成する長編歴史物にせよ、洗練さと完成度が尊重される昨今の文学の「高尚」志向にあって、どぎついグロテスクさが異彩を放っている。
語り手である作家マットと担当編集者ガットのやりとりから物語が始まり、編集者が読みすすめる草稿が断片的に挿入される。街娼、冒涜行為に耽る司祭、コンピュータゲームのプログラマなどの独白による挿話が次第にふたりの物語世界を浸食し始める。その鍵を握るのは、作家が編集者から紹介されるミューズという女性で、彼女はマットやガットと同じレベルにいながら同時に原稿の中の登場人物のようでもある。出版社の女性秘書メリンガが失踪する事件が起こり、国際的なハードポルノ組織に捕らわれた彼女を救い出すべく作家マットがどたばた劇を演じるのが本筋ながら、事件を担当するランツァ警部がなぜか捜査のあいまに編集者に見せる奇妙な自作小説(広告代理店の美術担当と宣伝モデルの少女とのラブストーリーで、物語内物語としてメリンガ救出劇に呼応している)や、広告部や書店に向けた編集者の独白が錯綜する。サドマゾ・スカトロといった猟奇性と暴力、性的妄想が頂点に達するハードコアビデオの世界では、有尾女・四肢切断女・排便女・射精男、さらに蛇の意識までが描かれる。
ポルノチックなメタフィクション、あるいはヴィデオ世代の「アラビアン・ナイト」といえる本作は三部作の第一部であり、時代錯誤にも映る過剰な長さは六十年代の前衛を思わせる。敢えて挑発的な作品を発表するモレスコの今後に注目したい。
Antonio Moresco, Canti del caos, Feltrinelli, 2001.