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図書新聞2005/11/05
トリエステのお化け屋敷——ステリオ・マッティオーニ『王様が一人お呼びだ』

8月にトリエステを訪れた。この街で文学といえば、小説家ズヴェーヴォと詩人サーバ、そして英語教師ジョイスであることは、観光ガイドや街角に立つ銅像からもよくわかる。せっかくの機会なので、新しい作家を求めて地元の書店をめぐり、見つけたのが小説『王様が一人お呼びだ』(Il re ne comanda una, Adelphi, 1968) である。サーバの伝記も著しているという作家ステリオ・マッティオーニ(Stelio Mattioni, 1921-97)の名を見たのはおそらく初めてだ。

海と山に挟まれて曲がりくねった坂道の多いトリエステにも、駅の正面、運河を中心に大きな建物が整然と並ぶわずかな平地がある。物語は、幼い娘二人を連れた若い女性ティーナが深夜にこの一角を訪れる場面から始まる。酔っ払いの夫を嫌って家出した彼女は、夫の借金を返すために債権者オルランドのところで住み込みで働くことになる。冒頭の写実的な街路の描写から一転して、グロテスクな世界が展開する。迷宮のような屋敷は主人オルランドの「家庭内」ハーレムであるばかりか、世界へ輸出される謎の製品の製造工場を備えていて、密林みたいに人を飲み込む中庭にはオルランドの命を狙う弟マッシモが隠れている。外出を禁じられた女性たちの娯楽はテレビだけで、全員が主人の命令に従わなければならない。そのオルランドでさえ、突然現れた義眼をした男には頭があがらない。すべての謎は最後まで説明されないままだ。

出版当時、シュールだと評されたのも当然だろう。「はないちもんめ」と似た遊びの童謡から採られた題名が示すとおり、ティーナは「王様」オルランドの欲望の対象であり、オルランドの老妻、愛人が対立するブルジョワ心理劇の要素も備えている。ラストシーンでは、突然訪れた母親の説得に従ってティーナはいったん屋敷の外へ出たものの、夫の姿を見て再び屋敷へ戻ってしまう。彼女はオルランドの横暴さに反発しつつ、どこか魅力も感じているらしい。トリエステの街なかに位置するこのお化け屋敷は、閉鎖的でありながら伸縮自在の空間を持った不条理演劇の舞台であり、いつの時代の物語なのかさえあやしく思えてくる。


Stanlio Mattioni, Il re ne comanda una, Adelphi, 1968

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