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図書新聞1998/02/07
カルヴィーノが激賞した黒いユーモア——マンガネッリの短編集『チェントゥリア』の翻訳が現在進行中

「作家として、評論家として、<人物>として、現在のイタリアにおけるもっとも興味深く知的な文学者のひとり」、エンツェンスベルガーに宛てた1965年の手紙のなかでカルヴィーノがこう評した作家がいる。その名はジョルジョ・マンガネッリ。カルヴィーノのひとつ年上にあたる1922年生まれで、六十年代に登場する新前衛派の代名詞「グループ63」のメンバーのなかでも、三十年代生まれのエーコやサングイネーティ、アルバジーノ、バレストリーニらに対して比較的年長に属していた。ローマ大学の英米文学教授であったかれは、ポーやo. ヘンリー、エリオットの翻訳も含め、極度に抽象的な論考形式を借りた幻視的な小説や評論から時事エッセー・紀行文・古典(たとえばピノッキオ)の自己流改訂まで多岐に及ぶ文学活動を展開し、その文章は、複雑に入り組んだ文体と古語・希少語・造語が織り成すバロック的な難解さが特徴だった。『コスミコミケ』や『見えない都市』など空想的論理による作品を発表していた六十年代から七十年代にかけてのカルヴィーノが関心を寄せたのもそんなところにあったのだろう。

個人的には、その難解さのゆえに「もっとも推奨しにくい作家のひとり」ではないかと思うマンガネッリだが、文章に反映している愛想の悪さ、気難しい性格には粘着気質のユーモアともいうべき黒い嗤いが潜んでいる。昨年出版された『犯罪は得になるが難しい』(Comix社)は、独得のユーモアがこめられたアフォリズム、エッセー、仮想インタビューなどを集めている。百五十歳の男の三度目の妻探し、イタリアの人口減少、性教育の導入の検討、そんな時事ニュースをもとにして陰鬱な皮肉と反リアリアズム・反イデオロギー・反モラリズムの強烈な語り口から生み出される文章は、現実と妄想、論理と矛盾の間を自在に漂い、説明のつかない重たい笑みを誘う。強いていえば、別役実のエッセーが持つ笑い、あの軽さと透明性の符号を逆転させたおかしさととでも形容してみようか。

「推奨しにくい」と思わず書いてしまったが、シュールでメタフィジックな百の超短編を集めた『チェントゥリア』の翻訳が現在進行中とのこと。他人に読ませたらどんな反応が返ってくるかまったく予想がつかない。怖いような楽しみができそうだ。


Giorgio Manganelli, Centuria, Rizzoli, 1980; Id., Il delitto rende ma è difficile, Comix, 1997.

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