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図書新聞1998/03/28
暴走する生態系——カラッバ『最後の森』

持病のために潜水艦に一人閉じこもって「空飛ぶ両生類」の研究をすすめる科学者のもとに、脳手術によって人間並の知性を与えられた一匹の猿が送りこまれる。ヴェルヌの『海底二万里』を連想させる設定で始まるエンツォ=フィレーノ・カラッバの小説『最後の森』(エイナウディ、1997)は、その特徴であるグロテスクな幻想SFの路線を続けながら、生物と非生物、人と動物の境界線が曖昧になった世界の物語だ。

海中での一人と一匹の物語と並行して、地上では植物の爆発的繁茂によって都市文明が破壊され、暴走する森林に抵抗する「カミカゼ」派と森林を崇拝する「礼拝」派に人類は分かれて互いに殺戮を繰り返すなか、数名が地下の坑道のなかを潜って生き延びる。その坑道には「森林」を破壊し砂漠をもたらすはずの計画が人類以前から仕組まれていた...。

ハリウッドの特撮映画の場合と同じく、こうしたストーリーを要約するのは意味がない。むしろ、この小説の不気味な手触りを伝えているのは、海底ケーブルから漏れ出す情報の流れに群がるプランクトンの群れだとか、最初は見かけだけ鯨に似ていた潜水艦の装甲の鋼鉄が生物化しついには脱皮までする荒唐無稽さ、有機物と無機物の融合の過程だろう。

破滅後の世界をテーマとしたイタリア小説として、たとえばパオロ・ヴォルポーニの『怒りの惑星』(邦訳、松籟社)を引き合いにだすこともできる。だが、核戦争後の荒廃した地球に生き残った動物たちを主人公としたSF的寓話であるヴォルポーニの小説において人間と動物の対立があくまで土台にあったのに比べて、カバッラの描く世界では、動物・植物・鉱物が互いに混じりあう生態系規模の変容、異種交配による雑種化が中心にある。人間の相対化がより徹底されたために、かえって終末が新たな創世へと回帰していく結末になっているように思われる。あえてSFという言葉にこだわれば、「エコ」SFとでもいおうか。

91年にカルヴィーノ賞でデビューしたカラッバは66年フレンツェ生まれ。英米系のSFの影響を受けた若手の一人として、さらに独自の想像力を駆使した作品を期待したい。


Enzo Fileno Carabba, La foresta finale, Einaudi, 1997.

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