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図書新聞1999/02/03
イタリアン・ラッパーの旅日記——ジョヴァノッティの『イル・グランデ・ボ!』

イタリア人が会話のなかでよく使う間投詞に「ボ!」というのがある。質問に対して、疑念や不信、無関心さをこめて答えるかなりぞんざいな表現なので、多用するのはおすすめできない。ただ、丸めた唇を突き出す鋭い破裂音と顔の表情によって、豊かでかつ無責任なニュアンスを持たせることができる便利な言葉なのだ。「どうしてイタリア語を勉強したの?」、「日本人はなぜそんなに働くの?」、「日本の人口は何人?」といった、およそ考えられるどうでもいい質問に対して、「さあね」、「そうかもね」、「どうだか」、「うっそー!」、「まさか!」と好きな意味をこめて、とりあえず「ボ!」で答えておけばいい。肝心なのはどう後を続けるかなのだが、それは別問題である。

イタリア語のラップで有名なジョヴァノッティが昨年秋に出版した『イル・グランデ・ボ!』(Il Grande Boh! Feltrinelli 社)が順調に売れている。かれの音楽については日本でも簡単にCDが手に入るし、あらためてここで説明の必要はないだろう。ミュージシャンが小説を書く例は最近いくつかあったが、この本は、冒頭のサハラ砂漠体験から、96年のアルバム『アルベロ(木)』製作日誌、そしてパタゴニア平原の自転車横断旅行の記録を中心に、写真と詩をおりまぜたメモ風のルポタージュである。

ヨーロッパ、アフリカ、アメリカの三大陸の町や村をめぐる「旅行者」としての視点は、きわめて素直なものだ。マクドナルドやホテルチェーンに代表されるアメリカ文化による世界の平板化への反発と平行して、そのアメリカ文化の下に生き延びている地元固有の文化への共感、たとえばアフリカのダンスやウイーンのワルツの伝統に対する感動がある。そして、自然との一体感、エコロジー的な関心が加わってくると、少々優等生的な印象も受けるが、ストレートでつねにポジティヴな姿勢をつらぬくジョヴァノッティとすれば当然なのかもしれない。

ファンであるなしとは無関係に、多くの若者が共感を持って読むのはまちがいないが、一方でその「純朴さ」と「前向きな態度」に反発を感じる者もいるのではないだろうか。以前、ある友だちにジョヴァノッティは好きかたずねたところ、返ってきた最初の言葉が「ボ!」だったような気がするのだが。


Jovanotti, Il grande boh!, Feltrinelli, 1998.

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