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図書新聞1999/12/25
1999年イタリア文学回顧 若手の「過激な」作品と社会現実を映す作品と(「パルプ」小説、推理小説が好調)

いきなり映画の話だが、この春日本で公開された映画『ライフ・イズ・ビューティフル』はアカデミー賞で主演男優・外国語映画・作曲の三部門で受賞するなど、脚本・監督・主演の三役を兼ねたロベルト・ベニーニを一躍有名にした。ジャームッシュの『ダウン・バイ・ロー』にあやしげなイタリア人役で出演していたかれを思い出した人もいただろう。強制収容所というテーマを笑いと寓話的な語りで扱い、当然賛否さまざまな議論を引き起こしたベニーニとチェラーミによる脚本はすでに昨年に出版されていたが、今年の九月、映画のビデオとセットで本屋に並んだ。

それはエイナウディ社の「スティーレ・リーベロ」叢書のなかの一冊だ。カラフルな装丁のイタリアの書籍のなかでもひときわ人目をひくオレンジ色の背表紙をしたこのシリーズは、九十六年に創設されて以来若者向けのさまざまな斬新な試みを打ち出し、今では一種の若者ブランドとなりつつある。「自由形」という意味の名前にふさわしく、小説や評論だけでなく、たとえばエーコが中心となったインターネット雑誌「ゴーレム」上で行われた映画タイトルのパロディーを集めた『OK牧場の不幸』や、八十八年に三十二才で亡くなった漫画家アンドレア・パツィエンツァの作品集『Paz』、イタリアの若者たちの自室を撮影した写真集『みんな出て行け』など、特定のジャンルにこだわらないタイトルが並んでいる。

本とビデオ(あるいはCD)という複合メディアの試みもそうしたアイデアのひとつだが、「スティーレ・リーベロ」が注目されたのは九十六年のアンソロジー『ジョヴェントゥ・カンニーバレ(残虐な若者)』だった。強烈な暴力・恐怖シーンを好んで描写する若い作家たちの短編集は、タランティーノの『パルプ・フィクション』を模倣したような「国産パルプ小説」の是非を巡って激しい論争を引き起こした。「トラッシュ小説」、「犯罪(ノワール)小説」といったレッテルに安易に飛びつくジャーナリズムは別にしても、「スティーレ・リーベロ」はその後もニコロ・アンマニーティ、アルド・ノーヴェ、シモーナ・ヴィンチら若手の「過激な」作品を出版している。

一方、「パルプ」小説とならんで推理小説も好調だ。去年から続くカミッレーリのブームは衰えを見せず、一般小説を駆逐するのではと危ぶむ声すらある。ただ、謎解き、過激な暴力・性描写というかつて特定のサブジャンルの指標であったものは、広く一般の小説にみられるようになり、境界線はますます不明確になっている。エーコ(六月に三作目『前日島』の翻訳が出版された)の『薔薇の名前』以来、イタリアのミステリ小説、あるいはミステリ仕立ての小説の人気は、迷宮入りの事件が頻発するイタリアの社会現実の裏返しであるという説明も見かける。たとえばミステリ作家カルロ・ルカレッリの新作『堕天使の島』は、一九二五年というファシズム台頭期に政治犯の収容所の置かれた孤島を舞台にした連続殺人事件の物語だが、心を病んだ妻のために早く島を離れたい思いと事件捜査の責務との間で揺れる若い警察分署長を主人公として描き、現実とオカルト風な幻想の交錯のなかでファシズムの狂気を浮かび上がらせている。

一方、春に邦訳がでたタブッキの『ダマセーノ・モンテイロの失われた首』は、警察官による暴行殺人事件の真相を取材する新聞記者を主人公としているが、ミステリというよりも実際の事件をもとに文学や哲学の引用をちりばめたルポタージュという印象が強く、その倫理的な姿勢は前作『供述によればペレイラは...』から引き続いている。首なし死体の発見者として一人のジプシーが登場するが、かれらジプジーへのタブッキの関心から生まれたのが、四月に出版された『ジプシーとルネサンス』だった。「フィレンツェでのロム(ジプシー)の暮らし」という副題をもつこの薄い本は、ジプシーの生活調査にタブッキ自身がガイドとして同行した日誌だ。ルネサンスを代表する花の都フィレンツェの絵はがきのようなイメージの裏側ににある、旧ユーゴ・コソボから避難したロムのキャンプ地の悲惨な生活環境を観察するだけでなく、アテネというよりもスパルタ的だったメディチ家以来の「保守主義」が、ファッションと風俗の街現代フィレンツェの「排他性」へとつながっていると指摘する。

最後も映画の話で締めくくろう。ベッペ・フェノーリオの小説『パルチザン兵ジョニー』の映画化が現在進行中だという。カルヴィーノとほぼ同年代でやはりパルチザン活動に参加したフェノーリオは、戦後文壇とは無関係に故郷で働きながら執筆を続けた。作家の死後五年経った一九六八年に発表されたこの長編小説は、イタリア文学のアウトサイダーが遺した「ネオレアリズモ」ではない「パルチザン文学」として特殊な作品だといえるだろう。「詩情に溢れた叙事詩であり、反ネオレアリズモ的な作品」とマリーア・コルティが評する小説の映像化に期待したい。


Roberto Benigni e Vincenzo Cerami, La vita è bella, Einaudi, 1998; Stefano Bertezzaghi, Sfiga all'OK Corral, Einaudi, 1998; Andrea Pazienza, PAZ, Einaudi, 1997; AA.VV., Fuori tutti, Einaudi, 1996; Carlo Lucarelli, L'isola dell'Angelo caduto, Einaudi, 1999; Antonio Tabucchi, Gli zingari e il Rinascimento, 1999; Beppe Fenoglio, Il partigiano Johnny, Einaudi, 1968.
ロベルト・ベニーニ&ヴィンチェンツォ・チェラーミ『ライフ・イズ・ビューティフル』吉岡芳子訳、角川文庫、1999年
パツィエンツァ作品の登場人物たちを映画化した『PAZ!』は、七七年のボローニャの若者風俗を再現した佳作。

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