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図書新聞1997/10/25
自分と、自分の部屋の物語——イタリアの若者四十八人の部屋を収めた写真集『みんな出ていけ』

大ざっぱで、陽気で、頓着しないラテン気質の陰に、神経質なほどに丹念な気配りをする部分がイタリア人にはたしかにある。そんな几帳面さは、ベッドをきちんと整えたり、壁にポスターや切り抜きを貼ったりする細かな行為においてみごとに発揮される。そこから、大胆な発想を裏付ける職人的な丁寧さが、イタリアのデザインや工芸品を支えているのだとまで主張するのは少々飛躍しすぎだが、かれらがインテリアにかける情熱を具体的に目にしたりすると、その美意識への強いこだわり がかいまみえる。

イタリアの若者たち四十八人の部屋の写真を収めた、『みんな出ていけ』(Fuori tutti, エイナウディ社、1996)を眺めて最初に感じるのも、モノクロであることも手伝って、整った丁寧さだ。チェ・ゲバラ、レーニン、ビートルズから『北斗の拳』や『ドラゴンボール』にいたる「アイドル」たちのポスター、ピンナップやイラストで埋められた壁には、不思議な統一感がある。どの部屋もたいして広くはなく、日本と比較すればおそらく窓はそう大きくはないだろう壁に囲まれていながらも狭苦しさがあまり感じられないのは、天井が高いからなのか。

だが実際にはこの本の主題は部屋ではない。むしろ自分の部屋を背景にポーズをとった若者のポートレイトに近い。見開きには短いキャプションとそれぞれのおしゃべりが添えられ、単純な自己紹介や現在抱えている悩み、将来の希望と不安など、四十八の個人的な物語がならんでいる。

おそらくだれでも思いつくことだろうが、これら四十八の部屋が集まった架空のアパートメントを舞台にしたジョイスやペレックばりの小説や映画を想像したくなる。サッカーファンとアニメファン、マルクスレーニン主義者とファシスト、モデル志望に役者志望、ミュージシャン、DJ、コンピュータおたく、体操選手に空手家、学生に学生くずれ、そんなかれらが交錯する、緻密で雑然とした物語は不可能だろうか。


AA.VV., Fuori tutti, Einaudi, 1996.

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