←前項へ 一覧に戻る 次項へ→

図書新聞1997/12/20
カントもびっくり!?——『一般記号論』後のエーコの歩みを示す『カントとカモノハシ』

十八世紀末オーストリアでカモノハシが発見され、ヨーロッパの動物学者がその分類をめぐって騒動を始めたころ、哲学者カントは晩年を迎えていた。だがもし、カントがカモノハシと出会っていたらどういう態度をとっただろうか? マルコポーロがサイをユニコーンだと勘違いし、アステカ皇帝モンテスマが初めて馬を目にしたときのような認識のドラマが生まれただろうか?

ウンベルト・エーコの新刊は、『カントとカモノハシ』というタイトルに、ペリコリによるカモノハシのカラーイラストの表紙。しかしこれは、長編小説ではなく、記号学者エーコの現在の見解をまとめた四百頁を越える論文集なのである。

1975年に『一般記号論』を発表してから二十年以上が経過し、さまざまな論争を通して、記号学自体もエーコの立場も大きく変貌してきた。内的に関連づけられながらも体系的な構成を放棄する形で書かれた本書は、なぜ『一般記号論』の改訂版を書かなかったのかを自分に説明するためでもあったとエーコは序文で説明している。簡単にこの変化を説明することなどできるわけはないのだが、個人的な見方をするなら、記号過程そのものを分析する立場から、その外側にあって記号と解釈の決定に関わっているもの、「存在」との関係を重視する立場への移行だと思われる。その変化に伴って、かつての自らの主張を再検討し大幅に修正を加えている。

とにかく、具体的な議論については、カントやパースそして記号論の専門家に譲るとして、門外漢でもわかるエーコの論文の魅力は、なにより博識とユーモアと常識が三拍子そろったところにある。カントとカモノハシの思考実験を筆頭にさまざまな動物が登場する「お話」ですすめられる議論は、まるで腰につけたゴムのチューブをバイクにひかれて走るようで、自分の思考速度がむりやり加速する感覚が味わえる。それだけに読んだあとは息が切れてしかたがない。高校生の頃訳も分からず読んだホフスタッターの『ゲーデル・エッシャー・バッハ』、あの読後感に少し似ている。


Umberto Eco, Kanto e l'ornitorinco, Bompiani, 1997.
ウンベルト・エーコ『カントとカモノハシ』(上・下)和田忠彦監訳、岩波書店、2003年

←前項へ 一覧に戻る 次項へ→