4月のイタリア総選挙でプローディ率いる連合が僅差で勝利し、2001年以来のベルルスコーニ政府が終った。中道右派から中道左派への政権交代で、9.11以降アメリカの対テロ戦争を支持してきたイタリア外交も変化するだろう。
2月に出版されたウンベルト・エーコの評論集『エビの歩み―熱い戦争からメディアポピュリズムまで』(Bompiani)は、反ベルルスコーニ、反ブッシュの明確な立場で選挙前の論戦に加わった一冊である。豊富な知識と明晰な分析、そしてユーモアというエーコの時事評論家として面白さは、戦争とファシズムについて論じた97年の『五つの道徳エッセイ』(邦題『永遠のファシズム』)や週刊誌「レスプレッソ」のコラム集『ミネルヴァの知恵袋』(2000)でおなじみだ。題名のエビとは、アフガン、イラクでの「熱い」戦争、イスラム教とキリスト教の衝突をあおる新十字軍、ファシストの復活、反ユダヤ主義の風潮など、歴史が「後ずさり」したようだという印象による。
復古の流れのなかで新しい要素として指摘されるのが、放送・出版界を独占するベルルスコーニのメディアポピュリズムだ。国会より自社の番組出演を好む彼独特のショーマンシップと話術は、商品の魅力を羅列するテレビショッピング販売員のようだと分析される。その説明が矛盾していても、判断する間を与えずにしゃべり続ける限り、視聴者は都合のよい部分だけを取り入れてしまうものだ。暴言を重ねてはそれに対する批判を「誤解による個人攻撃」だと決めつける、つまり挑発と被害者意識を振りかざすことでベルルスコーニは常にメディアの中心でありつづける。野党となってもその影響力は変わらない。
キャッチフレーズと敵・味方の二分法というパフォーマンス政治の背景である現代社会をエーコは「生活全体のカーニバル化」と表現する。リアリティショーに熱中して、インターネットや携帯で自らプライバシーをさらけ出し、占い師や超能力者、魔術師の言葉に左右される視聴者は、「神を信じなくなった者はすべてを信じる」(チェスタトン)ように、どんな対象でもあっけなく信じてしまう。この点は日本も同じだろう。
Umberto Eco, A passo di gambero, Bompiani, 2006