生まれつきの左利きを矯正されたという思い出を持つ右利きの人は結構いるかもしれないが、ひょっとすると自分が左利きで、直されたのを忘れてしまったのではないかとまで疑う右利きはよっぽど変わっている。
フランチェスカ・デュランティの小説『左利きの夢』の主人公は、ニューヨーク大学でヨーロッパ文化史を教えるイタリア人マルティーナだ。母親の葬儀のためにトスカーナの村へ帰郷をした彼女は、自分が矯正された左利きかもしれないと考え始め、幼少期の自分を知る人を探そうとする。
もうひとつ、彼女が関心を注いでいるのが自作の奇妙な「器械」による夢の研究だった。もともとエスプレッソコーヒーとクロワッサンを用意するタイマーとして使われていた目覚まし時計に、半覚醒状態の自分が夢を記述するように誘導するメッセージがあらかじめセットされた装置が連動され、口述される夢が録音される。日本的には、タイマー付き炊飯器にテープレコーダーがつながっていて、半分寝ぼけながら見た夢を吹き込んでいるというイメージだろうか。
矯正された左利き、そして夢の記録装置というふたつのテーマを中心にして、マルティーナ自身が学生に話しかける語り口で、彼女の挫折と再生の物語が語られる。左利きの証人探しは、かつての初恋の相手との再会へたどりつくが、以前のような完璧な愛情は取り戻せるはずもなく、夢の研究は拾った小犬のいたずらで二年間分の夢の記憶が消去されてしまい挫折する。
それでも隣人の助けもあって彼女は立ち直り、不寛容と絶対的真実が幅をきかせる現実に対抗するためには、夢や左利きの自我のような可能性の世界を持ち出しても意味が無いと気がつく。そして、左利きや夢にこだわっていた原因であった自己に対する不安と不満を克服し、現実の自分を受け入れようと決心する。SF的な小道具と細かなニューヨークの日常描写(たとえば彼女が得意とする料理の数々)が印象に残る、ひと味変わった心理小説だ。
Francesca Duranti, Sogni mancini, Rizzoli, 1996.