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図書新聞1996/11/16
変人たちにとってのグロテスクな真実——エルマンノ・カヴァッツォーニ『変人たちの詩』

フェリーニの遺作となった映画「ボイス・オブ・ムーン」(90年)はエルマンノ・カヴァッツォーニの小説「変人たちの詩」(87年)を基にしていた。脚本に原作者の名前があるとはいえ、そこはフェリーニのこと、原作の面影はほとんどない。今回は映画は脇において、小説について話をしよう。

北イタリアのポー川流域を舞台とする物語は、語り手(映画ではロベルト・ベニーニが演じている)が精神病院から外へ出た一ヶ月間の体験の回想録として進められる。あちこちの井戸にまつわる話を収集してさまよう語り手(サヴィーニと名乗っているが本名ではない)は行くさきざきで奇人・変人に出会う。なかでも退職を装って秘密任務にあると言う自称「知事」のゴンネッラ氏からは、怪しい人々を探りその地図を作るよう任命を受けて、各地の変人との会話を通じて架空世界の住人の調査を行おうとする。人の思考を反復する寄生虫族や、突然樹上に現れる聖母マリア族といった妖精や妖怪に似た怪しげな生物の生活地図がふたりのやり取りから生まれて行き、それを巧く表現できる理想の地図として水でできた地図のアイデアに達するくだりは、カルヴィーノの「見えない都市」やボルヘスの「帝国の地図」を連想させる。偏執病的なゴンネッラが乱闘を起こし大混乱の末に空を飛んで姿を消すという喜劇的なクライマックスの後、サヴィーニは病院へと帰っていく。

ベケットのモロイを思わせるこの回想録には、水道管の中に住んでいる不思議な生物とか、精神錯乱を起こしつつ千人隊を率いたガリバルディといった奇想天外な話がサヴィーニの「聞いたそのまま」に書き留められ、それは常人にとっては仲間内での冗談めかしたほら話だが、「月に憑かれた」変人たちにとってはグロテスクな真実に他ならない。疎外された異常者の視点から見た歴史・物語というこのモチーフはさらに断片化された形で「馬鹿者たちの短い生涯」(94年)にも受け継がれている。


Ermanno Cavazzoni, Il poema dei lunatici, Bollati Boringhieri, 1987; Id., Vite brevi di idioti, Feltrinelli, 1994.

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