世紀が変わってもアンドレーア・カミッレーリ人気は衰えない。一躍ベストセラー作家となった76才の小説家によるシチリアの架空の村を舞台にした「モンタルバーノ警部」シリーズは六月の『夜の匂い』で六作目となり、テレビドラマからCD−ROM、子供向けディズニー版まで製作された。七月にバンカレッラ賞を受けた『ティンダリ岬への小旅行』は2000年度最高の売れ行きで、海賊版が出回ったほどの人気ぶりだ。その一因には、推理小説というジャンルだけではなくシチリア方言の魅力も指摘される。現在でも30パーセント近くが共通語と方言のバイリンガルという状況で、平板化しがちな文学言語から逃れるための選択肢としての方言と地方性が読者を惹きつけているという。十月に発表された『ジルジェンティの王』でカミッレーリは歴史小説に取り組んいる。18世紀初頭のシチリアの村が民衆蜂起を起こして独立を宣言し、ある農民が六日間だけ王を名乗った史実を題材にした作品は、豊かな歴史をもつシチリアの作家シャーシャやブファリーノの歴史小説の系譜に連なるものだ。
カミッレーリを別にしてランキングをみると、「ハリー・ポッター」を筆頭にコーンウェル、コエーリョ、クンデラ、アジェンデまで輸入超過気味だが、今年前半には三人の有名作家、ウンベルト・エーコ、スザンナ・タマーロ、アントニオ・タブッキの名前が並んだ。
昨年末に出版されたエーコの四作目の小説『バウドリーノ』はその後順調に売れ行きをのばした。創作と分析の両立は『前日島』と『エーコの文学講義』で証明ずみだが、来年一月には『小説について』と題された評論で小説執筆の舞台裏が明かされるという。ボローニャ大学高等研究所に新設された「編集者養成マスターコース」の監督を務めるなどエーコの多方面での活動のひとつとして、歴史家のル・ゴフ、ジャーナリストのコロンポと共同で企画したサイトwww.tolerance.kataweb.it/ita/を挙げておこう。「異質さを許容する」教育を目標に、英仏語版も整備されつつある。民族紛争、宗教対立が激化する現代での重要な試みとして注目したい。
97年の小説『大地の息づかいがきこえる』のあと、リッツォーリ社へ移籍したタマーロの最初の作品『愛って、なに?』は、無理解と暴力に翻弄される女性の苦悩と宗教的救いを描写した中編三編を収めたものだ。十月には講演集『心のたどる道』と同時にすでに邦訳も出版された。タブッキの『ますます遅くなる』は、それぞれ書き手が異なる十七通の書簡に最後に女性からの返答が置かれるという技巧を凝らした書簡体小説だ。エジプトのアレキサンドリア、パリ、ポルトガルのオポルトなど各地から愛に取り憑かれた男たちが書きつづる官能や郷愁、後悔の感情の物語に対して、『供述によるとペレイラは・・・』のような「ストーリー」を期待していた読者と、断片に込められた叙情性を愉しめた読者との間で評価は分かれたようだ。
八月にヴィアレッジョ賞を受賞したのは66年生まれのニコロ・アンマニーティの小説『恐くなんかない』で、70年代南部の田舎に住む九才の少年を主人公にしたイタリア版「トムソーヤーの冒険」だ。穴蔵に閉じこめられている男の子を主人公が発見することから物語は始まり、奇妙な友情、大人への反抗と自己犠牲の勇気、暗闇の恐怖が描写される。秋の話題作として、ステーファノ・ベンニの長編『サルタテンポ』がある。夏に出た短篇集『ニュー氏』では現代文明が鋭く諷刺されたが、長編は50年代から68年までのイタリアが舞台となり、山村に押し寄せる経済成長を背景に大工の父とふたり暮らしの少年の思春期が描かれる。「サルタテンポ」という名のとおり時間のなかを跳躍する少年の一人称が、自由で愉快な語りを生んでいる。悪徳政治家と金儲け主義への痛烈な批判はいつもながら、町の高校へ通うサルタテンポが体験する60年代学生運動の戯画化がおもしろい。
評論ではカルヴィーノの研究書が目についた。既出の評論を集めたアルベルト・アソル=ローザの『カルヴィーノのスタイル』やマリオ・ラヴァジェット『カルヴィーノのおかげで』のほか、ハロルド・ブルーム編『イタロ・カルヴィーノ』(チェルシー・ハウス)はゴア・ヴィダルなど英語圏でのカルヴィーノ評を収めている。またマルコ・ベルポリーティの『七十年代』は、カルヴィーノ、パゾリーニ、シャーシャら文学者の姿を通じて、イタリアの七十年代社会を描いている。
2001年は日本におけるイタリア年であり、詩人サングイネーティなど多くのイタリア人作家が来日した。翻訳された作品からあえて一点だけ挙げるとすれば、やはりルドヴィコ・アリオスト『狂乱のオルランド』(脇功訳、名古屋大学出版会)だろう。ダンテ『神曲』、ペトラルカ『カンツォニエーレ』と並ぶ古典の傑作が日本語で読めるようになったのはうれしい。
Andrea Camilleri, L'odore della notte, Sellerio, 2001; Id., Il re di Girgenti, Sellerio, 2001; Umberto Eco, Sulla letteratura, RCS, 2002; Susanna Tamaro, Rispondimi, Rizzoli, 2001; Antonio Tabucchi, Si sta facendo sempre tardi, Feltrinelli, 2001; Niccolò Ammaniti, Non ho paura, Einaudi, 2001; Stefano Benni, Saltatempo, Feltrinelli, 2001; Alberto Asor Rosa, Stile Calvino, Einaudi, 2001; Mario Lavagetto, Dovuto a Calvino, Bollati Boringhieri, 2001; Harold Bloom (ed.), Italo Calvino, Chelsea House, 2002; Marco Belpoliti, Settanta, Einaudi, 2001.
スザンナ・タマーロ『愛って、なに?』泉典子訳、草思社、2001年; ニコロ・アンマニーティ『ぼくは怖くない』荒瀬ゆみこ訳、ハヤカワepi文庫、2002年
サルヴァトーレス監督によるアンマニーティ『ぼくは怖くない』の映画化はかなり好評だったらしい。日本公開はいつになるのだろう。