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■意識の外部にある記憶(もう一つの主体なき思い)
三浦哲哉氏の『映画とは何か──フランス映画思想史』については、本論考群でも何度か言及したことがあります。今後、「映画としての和歌」をめぐる定家論に本格的に挑む際には、淺沼圭司氏の論考(『映ろひと戯れ──定家を読む』や『〈よそ〉の美学』所収の「「よそ」についてあるいは定家再読」)ともども、必ずや座右の書として常備することになるに違いありません。
その『映画とは何か』の第二章「バザンのリアリズム再考」に「意識の外部にある記憶」という節があります。三浦氏はそこで、アンドレ・バザンが「記憶の主体から自律した記憶」という「途方もない」ものに着目し、その在りようを記述しようとしている──たとえば「それらの《思い出》は、客観的な過去、われわれの意識の外部にある記憶というパラドックスを実現する」(「失われた時を求めて、《パリ一九○○年》」(小海永二訳『映画とは何かU──映像言語の問題』))といったかたちで──と書いています。
いわく、バザンが念頭に置いているのは、プルーストであるとともにベルクソンであると考えてよいだろう。「客観的な過去」は、ベルクソンが『物質と記憶』で提示した記憶をめぐる命題と明らかに深いつながりがあるからだ。
《ベルクソンは記憶が脳にあるという局在説の常識を斥けた。脳は空間に位置づけられるイメージであるが、記憶それ自体はそのような意味におけるイメージではなく、脳の中に含まれないと考えるからである。記憶は脳とは独立して存在する。「純粋過去」という、記憶が無限に保管されるもう一つの領域において実在しつづけると述べた。その領域は、空間的な仕方ではなく、あらゆるものが前も後もなく多様なままで共存しうる「潜在的 virtuel」な場所である。
ここでベルクソンの論述は思考実験の様相を呈し、私たちの実感を超えてしまうように感じられる。あらゆる記憶が消えずに残るなどということは仮説であれ、受け入れがたいことのように思われる。とくに「純粋過去」という容れものが、純粋な理論的構築物にしか思われないのだ。だが、映画を導入するならば話は別だ。「純粋過去」とは、一九世紀の発明品である写真と映画とともに、突如として現実味を帯びてしまった時間のことではないだろうか。》(『映画とは何か』92頁)
私はここで、主体なき記憶の「容れもの」である「純粋過去」(潜在的な場所)を、(和歌に詠まれた)主体なき思いを保管する「集蔵体」に、すなわち、表層・深層・再深層(潜在層)にわたる最広義のアンソロジーになぞらえて考えています。(ありふれた比喩だが、和歌∽映画、俳諧∽写真の違いに応じて、「容れもの」の在りようもまた違ってくるのだろうか、といった思い付きとともに。)
このアンソロジー(集蔵体)は、その最も深層へと降下していけば行くほど、かの“ギフト”としての哥の集蔵体へ、すなわち、“物”との交霊・交歓・交感を通じてインキュベートされた「零次性の心0」の群棲によってかたちづくられた、広義の貫之現象学の世界である「容器としての心」──主体なき思いや意識の外部にある記憶が保管される場所──へとつながっているはずです。
そして、そこから、「いひいだす」力(ランガージュの力)に根ざした“フィギュール”とともに立ちあがってくるのが、狭義の貫之現象学の起点となる「一次性の心1」であり、その言語活動を通じて表現されるのが、「世の中にある人」が「心におもふこと」、すなわち「二次性の心2」にほかなりません。
■主体なき思いは声か文字か
ここで、問いを二つ立てます。アンソロジー(集蔵体)の最深部から立ちあがってくる「心1」、すなわち詠歌主体はどのような素性のものなのか。そしてその詠歌主体とは、あるいは詠歌主体の「思ひ」を表現する「ことの葉」は声(音)なのか、それとも文字(形)なのか。
主体をめぐる問いは、後ほどあらためて取りあげることにして、ここでは、後者の問いを、それも、そもそも主体なき思いや意識の外部にある記憶は声として保管されるものなのか、それとも文字のような形象としてなのか、といったより根源的なレベルから考えてみたいと思います。
かつて、「土左日記」から切り出した二首の和歌──「影見れば波の底なるひさかたの空漕ぎわたるわれぞわびしき」と「千代経たる松にはあれど古[いにしへ]の声の寒さはかはらざりけり」──を(貫之歌における特権的な作品として)取りあげ、広狭二義にわたる貫之現象学の世界について論じたことがありました。前者は貫之歌論の空間的配置を、後者はその時間的な設えを見るための素材として。
以下、拙論から、目にとまった数節を適宜加工して“引用”し、箇条書きのかたちでまとめてみます。
≪影見れば波の底なるひさかたの空漕ぎわたるわれぞわびしき≫
○夢の体験をライブでかたどる言葉として「影見れば」の歌を読んでみる。するとそこに「夢見られるわれ」(=「海」を漕ぎわたる実証的な「われ」+水底に映った「空」を漕ぎわたる修辞的な「われ」)と「夢見るわれ」(=言語主体、貫之という固有名をもつかどうか、自らを「われ」と名指す主体であるかどうかにかかわらない非人称の存在)との分岐を見ることができる。
大岡信(『紀貫之』)が「影見れば」の作が清新さをたたえているのは、古今集には稀な「われ」の語がここに用いられ、その「われ」の孤独感が広い海原を背景として定着されているからだと評した、その「われ」とは「夢見るわれ」すなわち(「空漕ぎわたるわれ」のうちにその存在の影を示しつつ)夢としての歌を詠みいだす主体のことだ。(第4章2節)
○「影見れば」の歌に定着されている「われ」の孤独感とは、もとより歌人紀貫之がいだいた個別の特殊な心(内面の思いや感じ)をいうものではなくて、生者であれ死者であれ、およそ言葉を操るもの(言語主体)のうちに宿る“孤心”もしくは死の世界を覆う「しじま」のことだったのではないか。また、「影見れば」の歌のうちに息づいている「わびしさ」の背景をなす広い海原とは、(質料世界に対する)言語世界のことだったのではないか。(第4章2節)
○聴覚の短歌(万葉集)から視覚の和歌(古今集)へという小松英雄=石川九楊の説と、「歌はただよみあげもし、詠じもしたるに、何となく艶にもあはれにも聞ゆる事のあるなるべし。もとより詠歌といひて、声につきて善くも悪しくも聞ゆるものなり。」(『古来風躰抄』)という俊成の言葉とを組み合わせるならば、そこから貫之固有の言語表現の特質を示す一つのキーワードを導きだすことができる。すなわち〈哥〉=ギフトから発するカミの〈聲〉、そして歌合わせという場に唱和相聞する朗詠の声、その二つの声の間に介在する歌の姿=フィギュール(詞姿)としてのかな文字。それは、かの「影見れば」の歌=夢において、「空漕ぎわたるわれ」との修辞的な重ね描きのうちに夢見られる「海漕ぎわたるわれ」が水面に刻み込んでいる軌跡、つまり夢の文字のことにほかならない。(第4章5節)
○私は「影見れば」の貫之歌を次のように解する。貫之がこの歌に詠みこんだのは、始まりの言語(やまとうた)に触れたときの原初の感覚、すなわち「空=言語世界(=死者の世界)」(新宮一成)に立ち入ったときの寂寥感(浮遊感)だったのではないか。そして、そこから開けたもう一つの言語世界(ことの葉の世の中)にある「われ」、つまり「海=物の世界(生者の世界)」に浮かぶ船を操っているもう一つの「われ」は、水面に刻まれた軌跡、すなわちかな文字そのものとなった「われ」なのではないか。(第43章3節)
○石牟礼道子が「夢の中の文字」に記した川底から浮かび上がる解読できない毛筆の文字の夢をめぐって。「水の中にある限り、文字は「意味」をもつことができず、ただ漂っている。それはちょうど、果てしない時空の広がりの中で、何の意味も持ち得ない、人間存在の救いようのない孤在の姿であるように思われる。」(矢口浩子・新宮一成「かなと精神分析」)──水底(現実界との界面)と水面(象徴界との界面)との間を往きつもどりつし、無意味(現実界)から意味(象徴界)へ、意味から無意味へと向かうフィギュール=かな文字の運動性。(第4章6節)
○大岡信氏がいう「流動しつづけ、ひたすら「像」を結ぶことを拒もうとしているかにみえる」貫之の歌の運動性は、フィギュールとしてのかな文字のうちにはらまれた「意味から無意味に向かう」運動によって支えられている。それは、「影見れば」の歌=夢において、夢見る「われ」との重ね描きのうちに夢見られる、もしくはその痕跡としての「空漕ぎわたるわれ」が担っているものであった。そして、この垂直方向の運動は、同様に「影見れば」の歌=夢において、「空漕ぎわたるわれ」との修辞的な重ね描きのうちに夢見られる「海漕ぎわたるわれ」が担っていた水平方向の運動と対立しつつ、その対立そのものを自らのうちに繰り込んだ(フラクタルな)運動へと糾われていく。(第4章8節)
○「影見れば」の歌=夢の世界から「空」と「海」、そして海の底なる「地」という三つの界域を抽出し、それぞれ空=ロゴス、海=パトス、地=欲動とおきかえ、空(表層意識)と浅海(下意識)を区画する「水面」、深海(潜意識)と地(無意識)を区画する「水底」という二つの界面(/)を導入すると「地/海/空」という(広義の)貫之現象学の地勢学的配置図が得られる。(ここに定家論理学のメタフィジカルな世界(言語が見る夢=映画の世界)を組み入れると「地(物質)/海(生命)/空(精神)/天(意識)」が得られる。)
ところが、この歌には「波の底なる空」という第四の界域が織りこまれている。しかしそれは実は「水面に映る空」(鏡像)にほかならないのであって、水底という鏡を媒介として空を見る、大岡信がいう貫之の「逆倒的な視野構成」を介して(言語的に)映現したイリュージョン(虚像)にすぎない。この「波の底なる空」こそが、「影見れば」の歌=夢の世界において下意識と潜意識を区画する第三の界面を示している。(第11章1節)
■主体なき思いは声か文字か・承前
≪千代経たる松にはあれど古の声の寒さはかはらざりけり≫
○この歌には遠隔感覚に分類される視覚と聴覚、そして接触感覚の代表格である触覚という三つの感覚の対象が詠みこまれている。まず視覚がとらえる対象は今そこに早春の景色のなかで緑に生い茂っている(もしくは、寿命が尽きて朽ちかけた)松の姿である。しかしその松が千年の歴史を耐えてきたことを視覚は表象することができない。目に見えない時の推移をとらえるのは聴覚の仕事だからだ。その聴覚は今、風に騒ぐ松の音(声)に聴きいっている。それではこの声(メッセージ)はいったいどこからやって来るものなのだろうか。こうして、聴覚は不可視の世界である過去(「古の声」、純粋過去(第15章3節))へと遡行していく。(第8章5節)
○またこのとき同時に、吹きわたる風の身にしむ寒さを表面的な皮膚感覚としての触覚がとらえている。この感覚が「声の寒さ」として聴覚との共感覚的融合をはたしたとき、過去世界のリアリティそのものすなわち「古の声の寒さ」が「今、ここ」に全面的に一挙に召喚されることになる。そのとき松はもはや松ではなく、松風の音は単なる風音ではない。寒さも表面的な寒さではありえない。それらの感覚はそれぞれの感覚モダリティの区別を失い、いわば「内部感覚」としての触覚=身体感覚のうちに合一し、あるいは内触覚的な(言語的に構築された)感覚として統合され、「原身体」とでもいうべきもののうちにしみていく。そこでは視覚主体や聴覚主体とそれぞれの客体との距離は解消され、強いて主語を立てるならば「千代経たる」云々というそのこと自体が「私」なのだといった事態が、すなわち(広義の)貫之現象学の世界が成立しているだろう。(第8章5節)
○仮名序の「いひいだせる」ことこそが広義の貫之現象学の世界を「ひとの世」における歌につなぐ決定的な役割を果たしている。狭義の貫之現象学にあっては詞(ことば)への付託法つまり「心におもふことを見るものきくものにつけ」ることよりも「辞」すなわち(ことの葉ならぬことの端としての)「てにをは」のはたらきを用いて歌を「いひいだす」ことの方が大切だったのである。「てにをは」もしくは「辞」とはフィギュールの異称の一つである。(第9章5節)
○貫之が「千代経たる」の歌に詠んだのは、実はこのフィギュールとしての哥が生成する原風景つまり歌が言い出される現場だった。声とかな文字とが、フィギュールとしての哥が「ひとの世」に立ち現われる際にとる“かたち”なのであって、「千代経たる」の歌ではそれぞれが松風の音(いにしへの声)そして松の姿(小松英雄氏の解釈による、寿命が尽きて朽ちかけた松の姿がかな文字の形象としてはふさわしい)として現われている。連綿たるかな文字によって捕捉された声は、いにしへの声と少しも変わることなく寒さのごとく身=心にしみてくる。「かはらざりけり」には差異性に彩られた感覚=感情の世界に対する言語世界の自己同一性が高らかに宣言されている。(第9章5節)
○「千代経たる」の歌に立ち現われた、朽ちかけた松の姿としてのかな文字とその松を騒がせる風の音=声。これら二つのフィギュールのはたらきを介して「いにしへ」の世界が「今、ここ」に立ちあがる。それはフィクショナルな歌物語の世界であり、同時にインメモリアルなカミの世界でもあった。──かな文字と音=声、狭義の貫之現象学すなわち「フィギュールとしての哥」を構成する二つのエレメント。(第11章5節)
──さて、以上に述べたことのうち、「影見れば」の歌が詠んでいるのは、基本的に、広義の貫之現象学の世界の空間論的・地勢学的な配置でした。
そこで夢みられているのは、言語主体(「夢みるわれ」の投影物である「空漕ぎわたるわれ」)の“孤心”と、詠歌主体(「海漕ぎわたるわれ」)が描きだすかな文字の水平的な軌跡ですが、私はそこに、意味と無意味のあいだを行きつもどりつする、いわば生まれつつあるかな文字の垂直的な運動性(「いひいだす」力の原初形態)とその「孤在の姿」を深読みしたわけです。強いて付け加えれば、この空間の寂寥感のうちには、究極の声・音である沈黙(しじま)が立ちこめていました。
これに対して「千代経たる」の歌に詠まれているのは、時間的推移を含んだ狭義の貫之現象学の世界、すなわち、詠歌主体のうちではたらく「いひいだす」力によって、より精確には「辞」の作用によって、具体的には声とかな文字を媒介として、歌がこの世に出現する現風景です。そこには、「今、ここ」に“おのずから”立ち現われる──言い換えれば、いにしへの世界=純粋過去から「今、ここ」に甦ってくる──広義の貫之現象学の世界が重ね描かれているのですが、しかしそれはもはや朽ちかけた松と松籟の寒さ、すなわち幻像でしかなかった。
■歌を詠むのは誰なのか
第一の問いに移ります。詠歌主体とは何か、誰のことなのか。
これまで私は、無造作に「言語主体」や「詠歌主体」といった言葉を使ってきました。ここで、かの「零次性/一次性/二次性/三次性」の四心と絡めて、言葉遣いの整頓をしておきたいと思います(第28章7節、第42章1節、第85章3節参照)。
◎零次性の心0=非人称の言語主体(孤心)
「よろづ」(森羅万象)すなわち“物”の世界との霊交によってインキュベートされる心、もしくはその集蔵体がかたちづくる「容器としての心」
◎一次性の心1=(ランガージュの力によって駆動される)狭義の詠歌主体
「よろづのことのは」へと生長していく心、もしくは「よろづ」と「詞」を媒介する「人のこころ」
◎二次性の心2=「世の中にある人」が思うこと(実感もしくは創作)または詠まれた心
「見るものきくもの」に「つけて」(付託して)「いひいだ」された「世の中にある人」たとえば歌人が「心におもふこと」、またそのように具体の歌人によって詠まれた歌の心(歌の意味)
◎三次性の心3=歌の姿(心と言葉の形式的結合物)
「俊成的転回」──「かの古今集の序にいへるがごとく、人のこころを種として、よろづの言の葉となりにければ、春の花をたづね、秋の紅葉を見ても、歌といふものなからましかば、色をも香をも知る人もなく、何をかはもとの心ともすべき」(『古来風躰抄』)──を介してかたちづくられた「容器としての詞」のなかで、修辞的に表現され象徴的に形象化される歌の「姿 figure」(=価値体験の型と言葉の型とが表裏一体となった結合物(尼ヶ崎彬))
◎虚構の心i =「有心体」の心すなわち詠みつつある心
「有心体」(定家)にいう心の所有者は具体の歌人その人ではなく詠作時に虚像として生ずる作者であり、「その「作者の心」とは、和歌の産出過程においてのみ生じている、虚構の、しかし動的な生命をもって「深くなや」むことのできる「心」である。我々はこのような「心」をとりあえず〈詠みつつある心〉と呼び、「詞」の意味として表現された「歌の心」を〈詠まれた心〉と呼んで区別することにしよう。即ち、「有心体」とは、能動的運動としての〈詠みつつある心〉をもって、所産的内容としての〈詠まれた心〉を産出するような和歌の様式である」(尼ヶ崎彬)。
いくつか補足説明が必要です。
まず、井筒俊彦や井筒豊子の文章で何度かで目にした(時枝誠記の『国語学原論』にも出てくる)「言語主体」なる語彙をここで使ったのは、「影見れば」の歌をめぐる考察のなかで参照した新宮一成氏の『夢分析』での議論──「初めての夢」(何度でも反復する一回性をもった出来事)という名に値する夢があるとしたら、それは、自己が自己の現実を言葉によって初めてとらえたときの驚きを含む夢のことである。言葉を初めて話したときの、それ自体はイメージを伴わない感覚的成分として残された記憶が、「空飛ぶ夢」の運動の中で回復される。「言葉を話すようになる」ことは夢の言葉でいえば「空を飛ぶ」ことであり、かつ、空は言語の場であり、言葉の世界とは死者の世界にほかならない。──を踏まえてのことです。私はそれを、「始まりの言語(やまとうた)に触れたときの原初の感覚」へと拡張したわけです。
なお、言葉を初めて話したときの原初の感覚(寂寥感・浮遊感)を“孤心”と表現したことについては、この後すぐ、大岡氏の著作に即して(より精確には、三浦雅士氏によるその解説に準拠して)“釈明”します。
次に、「一次性の心1」を「狭義の」詠歌主体と限定したことについて。それは、非人称の「言語主体」もまた「広義の」詠歌主体であり得る──「貫之が自然を詠んだものでもよし、自然が貫之を通して自己を詠んだものでもよい」といえる事態が成り立つ──からであり、さらに詠まれた歌を読むこと、「歌の心」に接することで自ら歌人になるという「最狭義」の詠歌主体も想定されるからです。
また、狭義の詠歌主体が「ランガージュの力によって駆動される」とことさら注記したのは、広義、最狭義の詠歌主体との違いを際立たせたかったからです。とりわけ、広義の詠歌主体(非人称の言語主体)によっていわば“おのずから”(自働記述のごとく?)詠みいだされるのとは違って、(もちろん、最狭義の詠歌主体(世の中にある人)が“ことさら”詠むのとも違って)、ヴァーチュアルな次元(貫之現象学における「地」)からアクチュアルな次元(同じく「空」もしくは空に浮かぶ月を通じて「天」)へと向かうランガージュの垂直の力によって、いわば“やむなく”詠みいだすのが、広狭二義にわたる貫之現象学にあいわたる詠歌主体にふさわしい。私はそう考えました。
俊成の「歌の姿」や定家の「有心体」をめぐる尼ヶ崎彬氏の解釈(『花鳥の使──歌の道の詩学T』)について、ひとつ補足的に引用しておきたい文章があります。「和歌はイメージではない」という、歌の姿をめぐる俊成歌論の肝を論じたものです。それは同時に、貫之歌論(人のこころ)から定家歌論(有心)へと移行するターニング・ポイントになるところだと私は見立てています。第38章3節でも引用しましたが、何度でも反芻したいので、(その前後も含めて、論脈を離れ、かつ“規格外に”長く)再引用します。
《このような詩的世界を、我々は〈つくりごと〉ということができるだろう。しかしそれは、小説がフィクションである、という意味でのつくりごとではない。(略)生活世界における〈つくりごと〉(小説)は、世界の意味構造を変えることはない(変えても一作品に限られる)が、詩的世界における〈つくりごと〉(和歌)は、詩的世界を‘つくってゆく’のである。
しかし、一首の和歌が、「詞」に新しい意味を付与し、このため詩的世界の構造が部分的にもせよ変ることができるとすれば、その意味組織は生活世界の意味組織に比べて、かなり柔かく出来ている筈である。
例えば、我々は日常の言葉遣いにおいて、決して花と雪とを混同することはない。むろん、比喩として語ることはある。花が雪の如く降り、雪が花の如く散る、と。しかし我々は、それがその場限りの比喩に過ぎないことを知っている。決して翌日から花の姿が雪に変ることはない。そして二つの概念を混同することはない。ところが、詩的世界においてはいささか事情が異なる。貫之が桜の散るさまを「空に知られぬ雪ぞ降りける」と詠んだ時、桜が雪として降るという一つの型が成立する。そして以後の和歌がこの型を引用する時、もはや花と雪との区別はない。詩的世界において、花は雪のように降る(比喩)のではなく、花は雪として(複合)降るのである。また例えば、日常我々は露のような涙(比喩)ということはある。しかし和歌に「袖の露」という時、それは草葉に濡れた袖であると同時に、恋の紅涙なのである(複合)。
だが、そのようなイメージの複合を、人は一体表象できるだろうか。むろんできはしない。ここで、和歌とは「姿」であるという俊成の考えを思い起こそう。つまり、和歌はイメージではない。〈丸い四角〉は、日常言語としては、表象不能である故に背理だが、詩的言語の中にこの種の結合はいくらでもある。和歌における価値体験とは、言葉によってイメージを思い描いて後、そのイメージに感動するというようなものではない。まず、言葉のもつ「姿」に感動するのである。でなければ、見たこともない歌枕が、どうして題材となりえようか。
今一つ例をあげよう。定家が「見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮」と詠んだ時、上句のイメージは、ただ茫漠たる空虚にすぎない。なにしろ「無い」と言っているのだから、我々はこの歌に花や紅葉のイメージを重ねて、思い泛べるわけにはゆかない。しかし、「何もない」と言うことと「花も紅葉もなかりけり」と言うこととは、明らかに効果の違いがある。その効果は、夕べの浜の点景にあったかも知れぬ花や紅葉を想起することによるのではない。「花」「紅葉」という「言葉」が担っている一種の〈含み〉によるのである。この〈含み〉は、詩的世界の中で、「花」「紅葉」という〈言葉〉がこれまで結びついてきた無数の〈価値体験の型〉の集積によって生じたものである。この集積のために我々は、「花紅葉」と聞いただけで、一群の価値を受容する準備を心の中に整える。むろん価値体験は実現しないわけだが、過去の「花紅葉」に関わる〈価値体験の型〉を想起する準備だけは果たされるのであって、おそらくこれが、「花紅葉」という〈言葉〉のもつ〈含み〉なのである。そしてこの非顕在的な〈価値体験の型〉としての〈含み〉こそ、「姿」の重要な構成要素なのであろう。つまり、作者は、イメージではなく、この〈含み〉を複合させることによって「姿」をつくるのである。
詩的言語が、その意味をイメージに頼る限り、現実の法理を無視することはできない。「花」は常に「花」にとどまり、「雪」となることは許されない。しかし、詩的言語が、その意味を、生活世界の映像ではなく、詩的世界内部での〈価値体験の型〉に依存する時(顕在的には〈引用〉、非顕在的には〈含み〉)、〈言葉〉は日常の規約を超えて自由に結合し、自律的な世界を産出、展開することができたのである。
このように、生活世界とは異なる意味組織をもつ世界という意味で、我々は詩的世界を〈つくりごと〉即ち「空」と呼ぶことができるだろう。しかし、〈つくりごと〉にも拘らず、和歌は我々を感動させる。我々は現実を体験するのと劣らぬ深さで、詩の世界を体験することができる。とすれば、それは我々にとって、もう一つの現実であると言ってもよいであろう。こうして、我々の前に確かに立現れる意味の世界である詩的世界を〈あらわれ〉即ち[同じく三諦のうちの]「仮」と呼ぶことができるだろう。
詩的世界は、我々にとって〈つくりごと〉でありながら〈あらわれ〉、つまり「空」であって「仮」という性格をもっている。しかしこの二つの性格は、決して矛盾したものではない。いやむしろ、詩的世界を、我々にとって意味をもたぬ〈コトバ遊び〉とみなしたり、現実世界の写しとみなしたりといった〈偏り〉(辺)は、かえって歌の道のありようを見損なうであろう。仏道において、真実が空有二辺の中道にあったように、詩的世界もまた、非現実と現実の「中道」にあるだろう。それは〈つくりごと〉と〈あらわれ〉とが、実は同じ一つの事を指しているような事態である。とすればここに、「即空即仮即中」という、仏道の三諦と同じ構造が、「歌の道」において成立していることになる。》 (『花鳥の使』93-96頁)
(強いて詠歌主体論に関連づけるなら、「非人称の言語主体」=メタフィジカルな「空」、「世の中にある歌人」=「仮」、「狭義の詠歌主体」=「中」と置き換えることができるだろう。)
■歌を詠むのは誰なのか・承前
歌人があって、言葉が出来てくるのではない。言葉があって、歌人が生れてくるのである。──これは、萩原朔太郎の「詩人があって、言葉が出来てくるのではない。言葉があって、詩人が生れてくるのである。換言すれば、言語が詩を決定するのである。」(「詩人の本分」、『萩原朔太郎全集第六巻』456頁)をもじったものです。
言語が詩を決定する。こう断言した萩原朔太郎のことを、野沢啓氏は「本質的な詩人の生を生きていたのだ」と評しています(『詩的原理の再駆逐──萩原朔太郎と吉本隆明を超えて』91頁)。私の語彙で言えば、非人称の言語主体すなわち“孤心”こそ、真正の「本質的な詩人の生」であるということだと思います。
強引ですが、ここで話題を転じます。「詩人は完全に自分の詩を支配できるものではない。」二十二歳の大岡信の言葉です(『現代詩試論』)。三浦雅士氏は『うたげと孤心』の文庫解説で、この一文を引いたあと、道元と芭蕉の関係を論じた「芭蕉私論──言葉の「場」を求めて」(『現代芸術の言葉』)の話題に転じ、『正法眼蔵』「唯仏与仏」の一節をめぐる議論を引用しています。
「言わんとするところは、人が仏法をさとるとき、…ただ仏によって仏がさとられるのが、人のさとりの実体なのだということであろう。(略)
ここでの肝心な言葉は、「ひとり‘仏にさとらるる’ゆゑに」というところにある。‘仏をさとる’のではなくて、さとった瞬間、人は仏にさとられているのだ、ということは、その瞬間、人は仏によって全身を領有されてしまっているということである。」
三浦氏は、「この解釈に圧倒された」と書いています。ここには、「対面しつつ生きる人間の生というものの真理が潜んでいる」というのです。すなわち、「受動と能動の絶えざる反転によってのみ、人間が人間になるのだ」ということ、そして「対面がつねに入れ替え可能性とともにあるためには──そしてそれが決定的な意味を持つことを知るためには──入れ替わる両者すなわち主客を俯瞰する眼が要請される」ということ。この二つです。そしてそれは、「人間が人間になる」こと、つまり「言語」と「主体」が登場することにほかなりません。
三浦氏の議論は、『孤独の発明 または言語の政治学』において詳細に論じられた、言語誕生につながる二つの条件──(目と目を見交す授乳や対面性交における)「相手の身になる」能力と、自他をともに一望する「俯瞰する眼」(第三の眼)の獲得──を踏まえています。
三浦氏が、『孤独の発明』で『うたげと孤心』に言及した箇所は、以前(第55章4節で)取りあげたことがあります。文庫解説では、より本格的に、この書物に切りこんでいきます。
いわく、大岡は道元論「華開世界起」の末尾に、『正法眼蔵』「空華」から一節を引き、「言葉がものを表現するのでなく、ものが言葉をして自己表現させるとしか言い様のない、絶対的な表現の世界がここにある。」と書いた。この語は、「さとった瞬間、人は仏にさとられているのだ」という語に近接し、また「松の事は松に習へ」と述べた芭蕉の語にも近接している。
《自分が相手に、相手が自分になりうることを知らなければ、言語は使えない。言語そのものが人間のその機微から生まれたのである。そしてその機微は両者を俯瞰する目を必須とすることをも含んでいる。(略)相手と自分の両者を俯瞰する目が、「うたげ」を俯瞰する宗匠の目、批評家の目、要するに「孤心」の目へと連なることは指摘するまでもない。そしてこの「孤心」すなわち孤独の目は、いわば伸縮自在、宇宙の彼方から自他を眺める目──彼岸の目──でもありうる、いや、そうでなければならないのである。大岡には仏とはそのようなものに見えただろう。》(岩波文庫『うたげと孤心』391-392頁)
またいわく、中世の連歌師たちが以心伝心の語で理解していたのは、精神なるものは対面そして対面者の入れ替えすなわち能動と受動の置き換え(「仏にさとらるる」)によって生じるという事実だった。大岡は「芭蕉私論」で次のように述べている。芭蕉が執拗にいにしへを顧み、古人の心をしのび、歌枕によせて激情をほとばしらせたのは、こういう風に理解された「以心伝心」を求めてのことであり、その激情はきびしい孤独者のみの知る精神の連鎖を自覚してのことだった。
《むろん、芭蕉のそういう単独者としての面だけを強調することは危険なことだ、と、大岡はただちに注意を促している。単独者でありながら、芭蕉は、志においてつながるひとつの精神共同体──つまり連句の「座」である──の中心人物でもあったことを忘れてはならないというのである。(略)
指摘するまでもなく、ここで述べられているのは、数年後に『うたげと孤心』で展開される「うたげ」の精神にほかならない。注目すべきは、その「うたげ」の精神たるや「孤心」をはるかに上回って厳しいものであったということである。その厳しさの上で、「うたげ」と「孤心」のいわば弁証法が展開されるのである。》(岩波文庫『うたげと孤心』394頁)
このあとも刺激的な議論はつづきますが、このあたりで充分でしょう。私が三浦氏の解説を読みながら考えていたのは、次のようなことでした。
……ここに描かれた、言語誕生につながる“孤心”とは、かの永井均氏の「開闢の哲学」における「独在性の〈私〉」そのものなのではないか。いや、少なくともそのように捉えることで、「ヴァーチュアル/アクチュアル」という「現実性(アクチュアリティ)」の垂直軸に〈孤心〉を、「イマジナル/リアル」の「実在性(リアリティ)」の水平軸に《うたげ》をそれぞれ位置づけ、かの「哥の伝導体」をめぐる“理論”の精緻化に向けた作業につなげていくことができる。……
最後に、主体の誕生について、速足で書いておきます。
中沢新一氏は、(石器時代の洞窟壁画を、映画的イメージと同じ特徴をもつ“フィギュール”と捉えた)『狩猟と編み籠──対称性人類学U』の第五章で、「フィギュールの社会学」を論じています。旧石器の洞窟壁画を残したとされる、男性のみの特殊な社会組織(アソシエーション)の「結社の原理」を、次の三つの特徴にまとめているのです。
@洞窟や深い森の奥での心の「脱テリトリー化」(言語的な層からの脱出、流動的知性に触れる内部空間への横断)
A属性・特性を失った個体をひとつに包み込む「抽象化」された原理にもとづく強度空間の全体運動(旋律やリズムが綾織りをなしていくポリフォニー)
B洞窟型イニシエーションにおける「新しい主体の生み出し」
このうち、以下では、第三の特徴について述べられた文章(第4章6節で引用したものの完全版)を抜き書きします。
私はそこに、「座」や「連」や「結社」といった日本の文芸・諸芸道における組織、そして「うたげ」という共同制作の場(強度の空間)の源流と、この組織・場に所属し、その“儀礼”にしたがうことを通じて、「孤心」(宇宙的な力の場との通路)をセットして生まれ変わっていく、いわば「言語」と「主体」の誕生のプロセスを反復する「詩的」な営為を読み込むことができると考えています。
《この新しい主体と古い主体とのいちばん大きな違いは、生まれ変わった主体が宇宙的な力の場との確かな通路を自分の内部にセットしてある、という点にあります。生まれ落ちたときから自分を取り巻いていた社会は、言語をつうじて他の人々とのコミュニケーションを開いてくれますが、そのかわりに、社会的に意味づけられた社会にその人の意識を拘束してしまう力をもっています。脱テリトリー化の実践をつうじてその[言語的原理による外の社会の]拘束から解き放たれた主体は、いわば「特性」を失って、宇宙的な強度空間へ融け込み、そことの通路を保ったまま、あらためて言語的な原理を自分のものとして、受け入れていきます。
新しい主体は「フィギュール」として、生まれ変わるのだ、と言いかえることもできるでしょう。フィギュールと呼ばれる美学的対象は、自己の内部に流動的知性につながっている無意識への通路を保ったまま、意味表現の世界に立ち上がってくる、特異な表現です。フィギュールは意味を破壊したりするのではなく、意味表現をそれが生まれてくる根源の場所である無意識という強度の場から、新しくよみがえらせようとしています。このようなフィギュールの原理が、社会的な構成の場では、結社=組合[アソシエーション]として表現されるわけです。
じっさい美学で言う「フィギュール」は、洞窟的結社にそなわった@ABの三つの条件すべてを満たした表現となっています。フィギュールは、社会的慣習によって狭い意味内容に閉じ込められていた意味表現を、自由に解き放とうとします。意味内容からの脱テリトリー化が図られるのです。そのために、フィギュールは自分の身体にたくさんの穴を穿ち(フラクタル化をおこない、と言うこともできるでしょう)、そこから固定層を突き破って横断的な力が、流動的知性が表面へ向かって浮上してくる状態をつくりだします。流動的知性は、異なる意味領域を自由に横断する能力をもっています。それはどの領域やジャンルにも所属しない、抽象的な力なのです。そしてその抽象的な力の中から、いままで存在しなかった新しい意味が立ちあらわれてくるのを、フィギュールは手助けしようとしています。お気づきのように、フィギュールと詩的であることとは、ほとんど同義なのです。》 (『狩猟と編み籠』285-286頁)
(59号に続く)
★プロフィール★
中原紀生(なかはら・のりお)1950年代生まれ。兵庫県在住。千年も昔に書かれた和歌の意味が理解できるのはすごいことだ。でも、本当に「理解」できているのか。そこに「意味」などあるのか。そもそも言葉を使って何かを伝達することそのものが不思議な現象だと思う。
Web評論誌「コーラ」58号(2026.04.15)
<哥とクオリア/ペルソナと哥>第89章 フィギュール/鏡/仮面(その1)(中原紀生)
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