Web評論誌「コーラ」57号/哥とクオリア/ペルソナと哥 第86章 ギフト/尖筆/伝導体(その1)

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Web評論誌「コーラ」
57号(2025/12/15)

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■世界の開闢─ギフト・フィギュール・パランプセスト
 
 ……はじめに「力」ありき。
 ただ「力」と呼ぶしかないもの(ギフト)が世界に与えられる、あるいは「力」の振動によって世界が開闢する。この世界を〈X〉と名づけよう。「時空」や「宇宙」(『淮南子』によると「宇=四方上下」=空、「宙=往古来今」=時)、「絶対無」や「一者」、もしくは「存在」や「神・カミ・迦微」や「自然」などと呼んでもいい。
 この〈X〉を基体として、あるいは「ヒュポスタシス」──「存在するものを存在せしめているアクチュアリティそのもの」であり「液体と固体の中間のようなどろどろしたもの」(坂口ふみ『〈個〉の誕生』)──として、潜在的な「力」の“あらわれ”、リズムがこれに可視・不可視の“かたち”(フィギュール)を刻み込み、そこから無数の原初的な(イメージ以前の)イメージ群が撒き散らされる。
 “動くイメージ”(フィギュール)が自在に連鎖し、「異律」[*]的相互作用を通じて階層化し、また崩壊し、ふたたび「異律」的主体の自己組織化のプロセスを反復し、かくして累々たる(動かざる、あるいは死せる?)イメージ群の積層(パランプセスト)が「物質/生命/精神/意識」として凝結する。……
 
 いきなり“トンデモ”宇宙創成譚からはじまりました。私の“構想”では、最後の凝結体(パランプセスト)である「意識」から、そもそもの起点であった〈X〉が生成(ビッグバン)し、永劫回帰的に全プロセスが反復するのですが、このことについていま少し踏み込んで、抽象的にその概略を述べると、次のようなものになります。
 
T.〈X〉から〈物質〉が産出される。根原現象=道(タオ)としての「リズム」(三木成夫)、「響き」(空海)、「存在の風」(若松英輔『井筒俊彦』)、非線形振動のはたらきによって、すべての〈かたち〉(未発の「かたち」、設計図・レシピ・DNAのごときもの)を内包する〈物質〉が生起する。それは生命を宿した「詩的マテリアル」(第68章第3節(「詩的物質」)、第69章第2節他)であり、“死”を孕んだ「霊的マテリアル」(第69章第3節)であり、「原形質 protoplasm」(ヘッケル他)である。
 
U.〈物質〉の内部に繰り込まれた根原的リズム(波動、純粋流動)と根原的ライム(モワレ、渦流・螺旋、拍節運動)のはたらきを介して「(〈生命〉なき)物質」と〈生命〉が分岐する(第72章第2節参照)。生と死が分化し、“集団”と“個”が拮抗する。“原物語”が紡がれる。(ジェスパー・ホフマイヤーの「生命記号」の世界が拓かれる。)
 
V.リズム(例:昆虫の変態・擬態)とライム(例:鳥の啼き声)の結合によって「原初の詩的律動」が生起し、そのはたらき(贈与)によって〈生命〉が「(〈精神〉なき)生命」と〈精神〉に分節される(音声言語の誕生)。〈精神〉(精霊的なもの)がインキュベートされる場所は洞窟(韻律的世界)であり、そこでは神話文字(ミュトグラム)と“聲”が共振・共鳴し、情念と概念の倍音(詩的律動)を撒き散らし、〈精神〉に「かたち」を与える。すなわち、洞窟壁面(スクリーン)に投射された「原初のイメージ」を吹き込む。
 
W.リズムとライムとイメージが緊密に合成されて、(「ロゴス」以前の、あるいは「ロゴス」を懐胎=解体する)「メロス」が生まれる。「メロス」(あるいは「深いロゴス」)のはたらき(贈与)によって〈精神〉が「(〈意識〉なき)精神」と〈意識〉に分裂する(文字言語の誕生)。「原初のイメージ」が圧縮されて「クオリア」に凝固し、「像・喩・象・肖」へと解凍される。
 
X.「メロス」に替わり「ロゴス」(あるいは「浅いロゴス」)が、あるいは「メロスなきロゴス」が主流となり、やがて〈意識〉を干からび?せ衰えた「(〈X〉なき)意識」へと変成(頽落)させる。〈X〉が収縮し、「世界」の背後に隠退する。この見えない「力」の流動が“どろどろした”渦動となって形象化し、ビッグバン(世界の開闢)を準備する。
 
 ──本論考群「哥とクオリア/ペルソナと哥」のテーマに直接関係するのは上記Wの世界、すなわち(狭義の)文字言語誕生後の〈意識〉の世界の実相です。そこでは、上記Vのステージに発する「コトバ」が、上記Tのステージにおいて生成する「モノ」および上記Uのステージに由来する「ココロ」と複雑に絡み合ってメタモルフォーゼを繰り返しています。
 ステージWにおいて、まず、Vの世界に深く根ざした古代歌謡・初期歌謡の世界が開示され、その展開を通じて貫之現象学が立ちあがり、そして、「ココロ=コトバ」(姿)はやがて「詠みつつある心」もしくは「ペルソナ」へ、さらに「有心・無心・虚心」へと、複屈折していくわけです。
 
[*]「自律」「他律」に対する「異律」。近藤和敬著『人類史の哲学』で新たに導入された概念。初出の個所を以下に抜き書きしておく。ちなみに引用文中の「第一の自然」は本文中の〈X〉〈物質〉〈生命〉…の系譜に、「第二の自然」は「物質」「生命」…の系譜に対応させて考えていいだろう。
《…異律的なものからなるエコ・システムとしての「第一の自然」であるおのれが要素となる「強度的な場」における自らと他者の連鎖を自らのうちで「リハーサル」することを許すだけ十分に複雑なエコ・システムを脳の神経ネットワークが形成されたことで、そこに「第二の自然」が可能となり、それを契機として限定された特定の「意味の次元」をもつ「異律的な主体」が生じるところに、根本的な差異が生じるという仮説…。
 このような主体のありようを、以下では、〈異−律的 disnomie〉な主体と呼ぶことにしよう。何ものかの支配に単に服従するという意味での他律 héteronomie とは異なり、〈異律的〉主体は、異なるものとの「巻き込み/巻き込まれ」関係をともなう。「共棲関係」[例:宿主である人間と腸内細菌の関係(408頁)]において自らを自らとして保つ主体の在り方である。》(『人類史の哲学』77-78頁)
■ギフトの行方─古代歌謡
 
 原初の詩的律動の贈与を通じて造形され、洞窟的世界における残響としての韻律を介して励起され、かたち(フィギュール)を与えられ、原初のイメージを吹き込まれた〈精神〉とは、いわば、カミと共に在る(カミが内在する)集合的無意識のごときものだったろう。私は、そう考えています。
 そのような〈精神〉による詩的表現の推移を、ここでもまた先達の力を借りて──具体的には白川静の『詩経──中国の古代歌謡』と、(あとがきに「『万葉』についての考説を試みることは、私の素願の一つである。」と綴られた)『初期万葉論』、そして(字書三部作の完成をはさんで、その十五年後に著された)『後期万葉論』の三冊(中公文庫版)を主な素材として──概観したいと思います。
 
 折口信夫は「古代人の思考の基礎」(『古代研究(民俗学篇)』)で、「日本の信仰には、どうしても、一種不思議な霊的な作用を具へた、魂の信仰があった。」と書いています[*1]。その折口に多大な影響を受けた白川静[*2]は、『詩経』で、古代歌謡における「ことだま」や「ことわざ」(呪能のあることば)に触れ、「原始の歌謡は、本来呪歌であった。」と指摘しています。
《歌謡は神にはたらきかけ、神に祈ることばに起源している。そのころ、人びとはなお自由に神と交通することができた。そして神との間を媒介するものとして、ことばのもつ呪能が信じられていたのである。ことだまの信仰はそういう時代に生まれた。》(『詩経』30頁)
 
《歌謡は古く呪語であり、その発想に固有の形式があった。そこでは、鳥や魚は神霊の至現として、采薪や采草は予祝の意味をもつ行為として、一定の表現に定着する傾向をもつ。それはわが国の序詞や枕詞のように形式化したものではないが、起源的にはその表現を通じて呪的な意味を獲得するという古代的な思惟が、その根底にある。発想として歌うことが呪的な意味をもって主題にかかわり合うという関係であるが、それはおおむね民俗的な行為と結びついている。
 そういう意味では、詩篇の比較資料としてわが国の古代歌謡、わけても『万葉』との比較研究が最も有益ではないかと考える。中国でいう招魂続魄、わが国でいう魂振り・魂鎮めの民俗が、ことばによって歌として表現されるとき、古代歌謡の世界が成立した。神霊や自然に対して、また人びとの霊的な交渉のすべてにわたって、表現を通じて他者との融和を実現するもの、それが古代歌謡である。ことだまとしてのことばのもつ古代的性格が、歌うことによってその機能を獲得するのである。その意味で詩篇と『万葉』とはたがいに通ずるところがある。》(『詩経』309-310頁)
 ここで言われる「呪」の意味は、井筒俊彦が英文著作『言語と呪術』で書いた「心的な喚起の過程」という「普通すぎる」はたらきのことです。
「発話された言葉は聞き手の心的機構のなかに、映像、形象、概念(単純概念にしろ複合概念にしろ)、感情、推論、あるいはその他何であろうと、話し手の心を占めるものを呼び起こす。心的な喚起の過程は、それゆえ、言語呪術の最も根本的な働きと言ってよいが、ごく普通の人の観点からすると、それは「呪術」と呼ばれるにはあまりに根本的、あるいは普通すぎるかもしれない。」(小野純一訳、103-104頁)
 そしてそれは、文字言語成立以後の「普通の人」の観点から顧みられたものにほかなりません。というのも、『詩経』にせよ『万葉』にせよ、そこに集録された「歌謡」(歌われた韻文)は、もし文字がなければ後世に残されてはいなかったはずだから。それゆえ、「今ここ」で発せられた音声が様々な原初的イメージ群を立ちあげることの不思議さ、その迫真性に対する驚きはおそらく変質しているはずだから。
 
[*1]亀井勝一郎が『日本人の精神史 第一部 古代知識階級の形成』で、折口のこの文章を引用している。──「日本の信仰には、どうしても、一種不思議な霊的な作用を具へた、魂[たま]の信仰があった。其が最初の信仰であって、其魂が、人間の身に著くと、物を発生・生産する力をもつと考へた。其魂を産霊[むすび]といふ(記・紀)。産霊は、神ではない。……此神は無形で、霊魂よりは一歩進んだもので、次第に、ほんとうの神となって来るものである。」
 そして、「タマ」の他に「チ」という原始霊力があることなどを指摘した松村武雄の説を紹介し、信仰の世界
のことは「わかった」ということにはならないが、「しかし精神史に即して考えるとき、一番大切なのは、‘神々のいのちとしての言葉’ではなかろうか。」と書いている。
《言葉とはそもそも何か。言語表現の秘密を、始原にさかのぼって考える必要があるようだ。文字のない非常に長い時期にも、人間は「考え」且つ「言葉」を所有していた筈だ。まず産霊[むすび]が物を発生・生産する「魂[たま]」であるならば、人間に著いて、「言葉」──造語能力を発生させたとみて差支えあるまい。最初それは咒術であり、巫女はそのときの「霊」媒介者であった。言わば神々のいのちを伝える存在であった。
 人間の訴えに応じて、神がかりして、或るインスピレーションにおいて、「神語」を告げたであろうが、当初それは、わけのわからぬものであったかもしれない。暗示的であったり、象徴的であったものの中から、生死や生産のふしぎにむすびついた感動深い音声の思い出が幾たびもくりかえされ、口伝され、そうしているうちに「言葉」を誕生せしめ、一の「表現」(詞章)に達したのではなかろうか。この場合、巫女の姿態が動き、言葉の誕生は同時に舞踊の誕生であったと想像してもよかろう。つまり‘唱えること’と、‘身体を動かすこと’で、古代人の精神はおそらく最初の「形[かたち]」を与えられた。》(『日本人の精神史 第一部』「もの思う神」)
 この個所は、以前(第42章で)引用した。何度読み返しても、声と形の結合による文字言語誕生前後の、私の語彙を使って言い換えれば、〈精神〉から〈意識〉への“進化”の渦中における、混沌と豊穣の世界が透けて見えるような迫真性を感じる。
 
[*2]上野誠氏は『折口信夫的思考──越境する民俗学者』の第2章「白川静と万葉集」で、白川静の文学観に、折口信夫の『古代研究』の影響が濃厚に認められることを指摘し、本稿本文における『詩経』からの二つの抜き書きのうち、第一の文章について、「神と交流するための言葉の形式こそ、歌謡である」とする折口の文学史観(文学発生論)の反映を見ている。
 また、第二の文章の後段部分を引用した直前に、次のように書きつけている。
《…白川の『詩経』論を読むと、『詩経』を万葉集と比較しながら論が進められてゆくのである。さらにいえば、集団的な呪の歌から、個人の心情を歌う抒情歌が生まれたとする点では、『詩経』において読み取ることができる文学史的展開も、『万葉集』において読み取ることができる文学史的展開も、ともに同じコースを辿っているのだというのが、白川のオリジナルな考え方といってよいだろう。》(『折口信夫的思考』100頁)。
■ギフトの行方─初期万葉
 
 『初期万葉論』によると、初期(前期)万葉は古代歌謡の世界と一続きです。(白川静いわく、「前・後期という平分的な分期では、その性格の相違を示すのに十分ではないと考える。前期をことさらに初期とよぶのは、その創造性を主として、時間的な平分の感じを避けるためである」(『後期万葉論』359頁)。[*1])
《前期[ママ]万葉の時代は、なお古代的な自然観の支配する時期であり、人びとの意識は自然と融即的な関係のうちにあった。自然に対する態度や行為によって、自然との交渉をよび起こし、霊的に機能させることが可能であると考えられていたのである。そこに古代歌謡の発想と表現の問題がある。(略)
 自然との交渉の最も直接的な方法は、それを対象として「見る」ことであった。前期万葉の歌に多くみられる「見る」は、まさにそのような意味をもつ行為である。》(『初期万葉論』15-16頁)
 白川静によると、古代において「見る」という行為は、「対象のもつ生命力と同化し、これを自己に吸収する方法」(157頁)にほかなりません。若松英輔氏は『井筒俊彦──叡知の哲学』で、いま抜き書きした一節を引用し、次のように続けています。
「「『見る』ことの呪歌的性格は『見れど飽かぬ』という表現によっていっそう強められる」とも白川は書いている[『初期万葉論』17頁]。「見る」という行為は、世界と「霊的」に交わる原初的な営みだというのである。/井筒、白川の二人が和歌、すなわち日本の詩の源泉に発見したのは、芸術的表現の極ではなく、「日本的霊性」の顕現だった。」(『井筒俊彦』252-253頁)
 
 初期万葉を代表する柿本人麻呂の長歌について、白川静は、「古い伝統をもつ[地霊圧伏・摂受の]呪儀が、呪歌的な歌詠を伴うに至って成立してきたもの」であって、「十分な意味で創作歌として文学論的観賞の対象とすべきものではない」と書いています。
《人麻呂の歌について、従来カオス的とかディオニュソス的ということばで美化されているところのものは、このような古代的呪歌の伝統に基くものであった。それは古代的なもののもつ深さであり、古代的なものが滅びるとともにまた失われてゆく美である。それで人麻呂の完成した呪歌様式としての長歌は、人麻呂の死とともに終焉を告げる。(略)そしてその古代的なものの喪失の上に、はじめて抒情歌や叙景歌の成立が可能となる。》(『初期万葉論』124-125頁)
 また、自然との融即的な関係のうちにあった古代的自然観に関連して、白川静は、「大西克礼氏の『万葉集の自然感情』(昭和一八年)に、わが国古代の自然感情の特性を、「精神と自然との一種の根源的相即融合の趣」があるものとする。」(182頁)[*2]と紹介しています。
《『万葉』における叙景の成立には、このような古代的な自然観や自然感情が、その古代性を棄てて、観照的な方向に展開するとともに、その美的自然体験がこれに代るものとならなければならない。大西克礼氏の『万葉集の自然感情』(第四章)にそのことが詳論されているが、結論的には「万葉集の根源的なる交感的自然感情は、一方に単純なる客観的、直接的自然観照への発展方向を含むと同時に、また他方には、それに対する或る意味の反動としての一種の定型化的傾向を含むものと考へられる」[『大西克礼美学コレクション2』164頁]とする。呪的性格を失った山川の詠歌は、「単純なる客観的直接的自然観照への発展の方向を含む」ということになるのであろうが、いわゆる「清なるもの」もなお宗教的情操をとどめるものであるから、完全に呪的性格を離れたものとはいえない。》(『初期万葉論』196-197頁)
[*1]本文との直接の関連性はないが、トークィル・ダシー著『『万葉集』における帝国的世界と「感動」』に次の記述がある。
《『万葉集』は、複数の段階を経て成立した雑多な歌集で、全体を貫くような分類法や編纂の原則はありませんが、その雑多性の中で一つの原則を見出そうとすれば、それは、幾世代にもまたがる複数の編者が〈天皇を中心とする世界〉の理念的な秩序に積極的に関与しつづけたことだったのではないかと思います。》(『『万葉集』における帝国的世界と「感動」』23頁)
 著者は、万葉集の歌がどのように天皇を中心とする世界像を表現しているかを実地に検分し、「集団的感動」と「個人的感動」の関係について、次のように述べる。「ここで押さえておきたいのは、亡くなった妻を悲しむ表現が、主権者が亡くなった時に使う表現に通ずるということです。これは近代の我々にとっては少しわかりにくいでしょう。」(28頁)
《人麻呂作品の中でいわゆる「個人的感動」を例示しているこの二作品[「泣血哀慟歌」と「岩見相聞歌」]が、天皇が治めている世界の中心である都を舞台にした歌と、天下の果てともいえる岩見を舞台にしている歌で、対照をなすことは偶然とは思えません。いずれも〈天皇を中心とする〉官人の世界を描き、主人公の位が曖昧である以上、あらゆる階層の官人の感動を呼び起こすのにふさわしい歌だったと思われます。人麻呂の歌をはじめ『万葉集』の歌は、天皇の治めている世界における宮廷官人の支配的な位置づけを、このように文化的、および感情的な現実として意識させたのではないでしょうか。》(『『万葉集』における帝国的世界と「感動」』35頁)
[*2]これに続いて引用された箇所を、『自然感情の美学 大西克礼美学コレクション2』に収録された『万葉集の自然感情』から抜き書きし、再掲しておく。
《…自然の斯様に単純な契機をとらえ、斯様な簡単な形に表現するだけで、それが直に立派な「詩」になるということは、その根柢に精神と自然との、深い根源的の契合があり、宇宙のリズムと人間精神のリズムとが、ピッタリ適合することによって、初めて可能になるのではなかろうかと思われる。》(『大西克礼美学コレクション2』97頁)
 
《それは人間の精神、人間の生命に対立する、自然の雄渾壮大な景色を、意識して表現する詩的技能のために、その壮美[エルハーベン]の効果が生じたと見るべきものではない、(勿論「技能」も無関係ではあり得ないが)。むしろ「我」と「我々」とを一貫し、「精神」と「自然」とを流通する、殆ど無意識的な「宇宙的感情」(Kosmisches Gefühl)の端的の表現の故に、且つまたその素朴な直接性の故に、限りなく大きな感じがそこに出ているのだろうと思ふ。新古今、家隆の歌に「霞立つ末の松山ほのぼのと浪にはなるる横雲の空」というのがある。人麻呂の海の歌と比べて如何に静観的で、主体と客体との距離が美的観点の重要契機となっているかを知ることが出来よう。それだから、このような自然感情は、小鳥の囀りや、鶴の声を通じて体験された場合でも、やはり同様な効果を伴い得るのである。》(『大西克礼美学コレクション2』97頁)
■ギフトの行方─後期万葉
 
 『後期万葉論』から、気になった記述を抜き書きします。
《歌は「謡うもの」としてある限り、それは即興的な、また当座のものであるにすぎない。しかし表記し、記録して、いつでもよみかえし、追体験し、その心証を自ら深めてゆくことができるとすれば、歌は作品として対象化され、歌自身の世界を作りあげてゆく。歌は作品となり、自律的なものとなる。伝承の過程にあったものも、記録され、作品として対象化されることによって、より完成した表現を求めるのである。》(『後期万葉論』108-109頁)
 
《短歌の最初の形式が…葬歌に発しているとすれば、短歌の本質は、そのような儀礼における鎮魂・魂振りとしての、呪歌であったと思われる。それが地霊を顕わす自然の景象に向って発せられるときには叙景となり、人間に対する愛情の上に移されるときは相聞となる。もと儀礼的なものが分化して、自己表現としての作品となる。そのとき、表記の方法が確立して、作品が表現として対象化されるということが、極めて重要な契機となった。表記することによって表現が定着し、繰返しよみこんでゆくうちに心象を深め、詞句にも推敲を加えてゆくことができる。短歌はこうして文学として、自己表現の方法としての、その様式を確立する。『万葉』の世界は、その様式を獲得したことからはじまる。それ以前の伝承歌は、厳密には前万葉とよぶべき性質のものであり、その歌も、その伝承に伴う物語とともに、いわば表記法以後に再生産されたものとみるべきであろう。》(『後期万葉論』128頁)
 白川静は、「歌謡から短歌へという過程には、一種の昇華作用が必要であるように思われる。」(342頁)と書き、その昇華作用の実質を「語の内的リズム」の獲得のうちに見てとり、「形式の側面のみでは追迹しきれないところがある」としています。(この議論のなかで、先行研究のひとつとして吉本隆明の『初期歌謡論』の名が挙がっている。)
《歌は表記されることによって対象が固定し、推敲が可能となる。また徒誦することによって歌謡性を脱し、ことばのもつ内面的なリズムを深めることができる。その内的韻律を深めるためにも、表記のもつ字面的な効果、視覚的印象性を、明確にする努力がなされたであろう。》(『後期万葉論』357頁)
 万葉最後の歌人にして、「春愁三首」[*1]を到達点として、以後歌を詠むことをやめ、沈黙の人となった大伴家持をめぐる記述を引きます。(白川静いわく、家持の沈黙には「文学の貴族化、貴族化による源泉の涸渇の意識」(376頁)があり、その直接のきっかけは東歌・防人歌という「底辺の歌」に接したことにあるのではないか。またいわく、家持の抒情的作品と人麻呂の作品とでは、「『万葉』と『古今』、『古今』と『新古今』というほどのちがいがある」(359頁)。[*2])
《家持はたしかに、万葉様式のもつ表現の限界を、自覚していたように思われる。「春愁三首」のような世界を、一の様式として確立することは、すでに不可能であった。それは古典的な風景画から、一躍して印象派の世界に入りこむようなものである。「春愁」の歌は、久しい暗黒を経たのちに復活した『古今集』の歌が、末梢的な機智の世界に遊ぶものでしかなかったことからも、それが『万葉』の様式を超えた、一時の偶然にえた作にすぎないものであったことが、知られるのである。しかし一時の偶然にもせよ、その世界を知りえた家持にとって、すでにかれを支える現在はなかったといってよい。その上、防人歌は、かれに歌の原点であるところを教えたが、かれはただ古い長歌の形式と、「春愁」の一首をなぞるような歌で、その感激を歌うにとどまった。》(『後期万葉論』377-378頁)
[*1]『万葉集』巻十九末尾の三首。いずれも二月詠。以下は、藤井貞和著『〈うた〉起源考』からの引用。
 
(一九、二十三日、興に依って作る)
春(の)野に、霞たなびき、うら悲し。この暮影[ゆふかげ]に鶯なくも
  〔春の野に霞がたなびき、心悲しい。この夕方の光に鶯が鳴くよ ああ〕
わが屋どの、いささ村竹。ふく風のおとのかそけき、このゆふへかも
  〔わが家のほんのすこし群生した竹を、吹く風の音がかそかなる、この夕べであることよな〕
(二十五日に作る)
うらゝゝに照れる春日に、ひばりあがり、情悲[こころかな]しも。ひとりし おもへば
  〔うらうらと照る春の日に、ひばりが揚がり、悲しみの心よ。独りして思うと〕
 
 藤井氏は、家持に特徴的とされる「興に依る」歌や「興中」歌の多くは「独詠」としてあるが、単純に「感興の赴くままに」と理解して終わるわけにはゆくまいとして、『詩品』総論に「文已に尽くして意に余り有るは興なり」とあるのを踏まえ、次のように論じている。
《これはすこし言い方を変えるならば、『古今集』仮名序の、在原業平の説明の、「その心あまりてことば足らず。」…に近くなるのではなかろうか。
 これがそのまま家持の「興」を説明してくれるとは言えないにせよ、「意[こころ]」が余るというところに「依興」の歌、「興中」歌があるのではないか、というその発生するさまをふと覗かせてくれていそうである。そしてその裏に、文(ことば=詞)を尽く(して尽くしきれない)≠ニいうメッセージをも読みこむことがゆるされないか。意あふれることがさきに立ち、文飾は二の次だ、という謙辞に受けとってもよかろう。
 土屋文明『万葉集私注』の説明に、「依興」というのは「別に興味的といふ意味ではなく、感興を催しといふ意味あるが、動機の軽さを思はせる」とある…。(略)『私注』からははずれるが、動機の軽さとは、たとえば晴れがましい宴席での応詔歌などのように、あるいは対人性の強い書簡での作歌のように、公的な性格をもつ場合に対して、ごく私的な、つまり自分の心のなかだけでの事件としての感興という意味であるとしたい。(略)「興」つまり意余ってとはそのような、歌の本道からはみだした、ついでに述べるところの、余興とか即興とかいえばややずれるものの、それらに近いといえば近い位相での、独詠の歌どもとしての認識が込められる表現であると見たい。》(『〈うた〉起源考』120-121頁)
[*2]本文との直接の関連性はないが、佐竹昭広の論考「萬葉・古今・新古今」(『萬葉集抜書』所収)から、気になった記述を抜き書きする。
《萬葉集における「われ」の頻用は、彼らの自己中心性係数の高さを暗示するものであった。ということは、彼らが、すべての対象を自己との関係において主体的に把握するこころの持ち主だったことを意味する。「見ゆ」とか「聞こゆ」とか「思ほゆ」とか、「われ」の対象把握に関する語の使用が、萬葉集にきわだって多いという事実も、彼らの自己中心性の徴証として理解できることだ。「見ゆ」や「聞こゆ」「思ほゆ」の用法が古今集以後、衰亡の一路を辿ってゆく現象と自己中心性係数の低下現象とは、たぶん密接なかかわりがあると思われる。》(『萬葉集抜書』(岩波現代文庫)8頁)
 
《…萬葉から古今、新古今へとつづく和歌史の流れは、一貫して、「夢てふもの」とうたいうるこころ、「衣ほすてふ」とうたいうる想像力をみずからのものとしてゆく発展の歴史だったと思う。失った童心は愛惜すべきであっても、童心はどこまでも童心でしかありえず、またそれゆえに、萬葉の歌は、簡勁直截、「ふつゝかなる如くとしてよく見ればみやびたり」(真淵「萬葉集大考」)と尊重されるのである。」》(『萬葉集抜書』(岩波現代文庫)13頁)
■世界の内に存在していないもの
 
 以上、先達の仕事からの抜き書きを通じて、原初の根源的ギフト(詩的律動)が、「モノ=自然」との呪的融合関係を経て、やがて「ココロ=内的韻律空間」へと“進化=深化”していくプロセスを、集団的な歌謡から独詠的な短歌へといたる哥の発展史のうちに概観しました。
 この「ココロ」の実質をなす内面的なリズム・韻律こそ、本稿第一節で「メロス」と呼んだもの(ロゴスに先立つ知性もしくは「深いロゴス」)にほかなりません。私はそこで、第Wステージにおけるメロスのはたらき(贈与)を介して、〈意識〉(独詠の主体)がもたらされるとしたのでした。
 坂部恵は『仮面の解釈学』所収の「ことだま──富士谷御杖の言霊論一面」において、「歌の出現する場所は、〈公身〉と〈私心〉、〈うつつ〉と〈ゆめ〉のあいわたる境である。為[わざ]に出て時を破ることをせきとめられた所思・所欲は、いわばひとたび死んで冥界に下り、彼我の心底を貫流する霊の生命を汲んで、通常の言語の道のたえたところに、人称的帰属をもたぬ歌の言として、よみがえる。」(220頁)と書いていました。
 人称的帰属をもたぬ独詠。これこそ、(広義の)貫之現象学において、世界(現象界)そのものを開闢(贈与)する〈意識〉のはたらきとしての「強い」私的言語にほかならない。私はそのように考えています。
 
 次の話題への補助線として、ここで永井均氏の議論を、『独在性の矛は超越論的構成の盾を貫きうるか──哲学探究3』から引きます。
《…複数個存在する私秘的体験群のうちどれが自分の私秘的体験であるかはどのようにしてわかるのか、が問われねばならないのだ。しかし、じつはその答えはきわめて単純で、端的にそれが与えられているから、それしか与えられていないから、といったものであって、そうでしかありえない。なぜそれだけが現に与えられているのか、そもそもなぜそこにだけにその端的な「与え」が生起したのか、そのことに世界内的な理由を与えることはできない。世界内的な理由は、すべての私秘的体験群が対等に自我であることしか説明できないからである。これがすなわち超越的自我の成立根拠である。この意味での「私」は、その意味において、事実、世界の内には存在していないことになる。これは、とても不思議なことではあるが、端的な事実である。》(『哲学探究3』197頁)
 永井氏の言う、世界内的な理由を与えることのできない、端的な事実としての「与え」は、人称的帰属をもたぬ歌の言の「よみがえり」に、つまり原初のギフト、世のはじまりの贈与につながっているはずです。私は、そのように考えています。
 そしてそれは、現代フランスにおける神学的現象学の系譜に属するジャン=リュック・マリオンの根源的な「与え(don,donation)」の概念にもつながっているのではないか[*]。これは、詳しくは知らないままに書いていることなので、場違い、すれ違いに終わってしまうかもしれませんが、次章で、もう一人の永井氏の議論にそくして、少し踏み込んでみたいと思います。
 
[*]『贈与の哲学──ジャン=リュック・マリオンの思想』の著者岩野卓司氏による、「野生の科学研究所」での公開講義の記録[http://sauvage.jp/activities/1495]から、その発言をいくつか引く。
 
「ハイデッガーの贈与存在論、フッサールの「還元」を批判的に進めながら、マリオンは「還元があればある程、与えがある」という究極の原理に辿り着きます。主体・客体・対象性・存在者性をいったん括弧にくくってしまえば「与え」としての現象が見えてくる、というこのラディカルな原理では、様々な宗教や哲学が万物の根源と見なしてきた「死」「無」「無意識」さえも、既に与えられているものとなります。」
 
「…贈与とは意識との関係でのみ可能になるものであり、現象として捉えるべきだということが改めてわかります。3つ[贈与者、受贈者、贈与されるもの]の還元を通してマリオンは「与え」そのものを、計算可能性・因果関係・等価関係などから解放しようとしたのでした。」
 
「つまり与え・贈与とは、「私」には制御できない過剰な現象=飽和した現象であり、神秘体験なのです。飽和した現象の最たる例としてマリオンが挙げているのが「キリストの顕現」です。」
 
「自己が埋没してしまうような神秘体験こそが「与え」であるならば、そもそも自己とはどのように捉えるべきでしょうか。従来的には主格であるべき「自己」を、マリオンは「与え」を受け取る与格へと逆転し、論を進めます。これは「我思う故に我あり」のデカルト的思想の真逆です。マリオンは、私・自己に先立つものとしてまず、与えられた「呼びかけ」があり、それに「応答」することによって自己同一性が与えられると考えました。この絶え間ない贈与に対する応答(réponse)こそがわれわれの責任(responsabilité)である、とマリオンは続けるのですが、ここで父(呼びかけ)と子(応答)というキリスト教的関係がまたも介入してくるのです。」
 
 ──岩野氏が(ときに批判的に)語るマリオンの贈与論は興味深いが、この「世界の内に存在していないもの」の顕われとしての「与え」は、本論考群の(表向きの?)考察対象である貫之現象学の世界とどのようにかかわってくるのか。
 
(87章に続く)

★プロフィール★
中原紀生(なかはら・のりお)1950年代生まれ。兵庫県在住。千年も昔に書かれた和歌の意味が理解できるのはすごいことだ。でも、本当に「理解」できているのか。そこに「意味」などあるのか。そもそも言葉を使って何かを伝達することそのものが不思議な現象だと思う。

Web評論誌「コーラ」57号(2025.12.15)
<哥とクオリア/ペルソナと哥>第86章 ギフト/尖筆/伝導体(その1)(中原紀生)
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