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Web評論誌「コーラ」
25号(2015/04/15)

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 慰安婦問題の原点は、1991年8月の韓国での金学順さんのカミングアウトにある。藤目ゆきのような各国のフェミニストだけでなく、当の元「従軍慰安婦」当事者にもその衝撃は伝わった。フィリピンではある女性(ロラ・ロサさん)がカミングアウトした。藤目は「感激してロラ・ロサに会いに行き、その後三年をかけて自伝の執筆を手伝い、一九九五年に『ある日本軍「慰安婦」の回想――フィリピンの現代史を生きて』(岩波書店)を出版した。」(p4)私が藤目の名前を知ったのは図書館でこの本を借りて読んだからだ。もうずいぶん前のことだ。従軍慰安婦問題というと、韓国人元慰安婦がクローズアップされることが多いが、フィリピンやインドネシアなどの状況は、韓国人の場合ともかなり違い、システム化された慰安婦制度からはみ出る分、より露骨な人権侵害が多いことを、知ることができる。
 
 「この二〇年というのは一体なんだったのか。金学順さんのカミングアウトからちょうど二〇年目を迎えた二〇一一年ごろからそんな苦渋や憂鬱の思いを抱いていた。特に二〇一二年末の安倍晋三政権の発足、二〇一三年の橋下徹大阪市長による妄言、二〇一四年の朝日新聞の「謝罪」にことよせた「慰安婦」攻撃の拡大と、日本は「慰安婦」問題の解決どころか真逆の方向に向かっている。」(p6)十年近くネットで細々と、従軍慰安婦関連の言い合い(議論)とかしてきた私にとっても、現在の慰安婦という言葉をめぐる情況は、想像もしていなかったほど、悪化、つまり歴史修正主義よりになっている。そうしたことを考えても頭が痛くなるだけなので、それはいったん置いておいて、この本を素直に読み始めてみよう。
 
 本書は「「慰安婦」問題の解決を妨げるもの」という序章に続き、「第一部 性暴力を見る視点」に収められた3つの論文が中心になる部分となる。第1章は「慰安婦=公娼」論批判、第2章は「日本人「慰安婦」を不可視にするもの」、第3章は「被差別部落と売買春」となっている。「第二部 なぜ「慰安婦」問題を解決できないか」には、市民集会での発言を文章化してまとめたものを4つ収録しているが、内容に反復もあまりなく読みやすい本になっている。
 
 
 本書の副題は「公娼制度と日本人「慰安婦」の不可視化」とある。従軍慰安婦制度は主に1930年代の半ばから1945年の日本の敗戦までの間のできごとである。日本にそれまであった公娼制度と従軍慰安婦制度はどこが同じで何処が違うのか? 藤目はその差よりもその共通点を強調する。
 
 公娼制度とは、公権力による管理売春制度である。フランス革命が近代国民国家を作り、規律化された大規模軍隊を可能にした。近代公娼制度はそれに伴って作られた制度である。「ナポレオン時代にパリで始まったのが最初だろうと言われています。軍人の周辺にいる女性たちの性病検診をして、性の相手になっても病気をうつす心配のない女たちということで管理・登録するという制度です。」(p137)
 日本では江戸時代の吉原などの遊郭が有名なので近代公娼制度もその連続性で理解してしまいがちだ。そうした連続性(身売り、前借り金による拘束)も無視し得ないが、国家との関わりにおいては分けて考えるべきだ。実際、日本の近代化の過程で「軍拡で各地に師団や連隊が増設されると軍が常駐する地域や新しい軍都ができ、軍の周辺に必ずと言っていいほど売買春地帯ができました。」(p173)
 「一九世紀の「先進国」が軍隊を守るために公娼制度を採る。日本も追随して軍拡を進め公娼制度を拡張させていく。日清日露戦争期には軍のまわりに軍を「慰安」する女性が集められてゆく。「慰安婦」「慰安所」はこうした軍国主義と戦争の歴史の流れのなかで登場してくるのです。」(p174)
 
 このように公娼は、まず軍隊などの国家的必要に応える為に、女性身体を性病などについて管理する制度だった。また公娼制度からはかなり高額の税が徴収された。ただし、「正規の税金でないかのような「賦金」という呼称が使われ、一八八八年まで地方税目の外に置かれる。」「八八年から賦金は地方税に編入されたが、娼妓税ではなく「雑収入」と呼ばれた。」(p36)
 「廃娼の先駆と礼賛された群馬県の「廃娼」」とはどんなものだったか。「いわゆる「公娼」である「娼妓」の取り締まりは確かに廃棄されたが、かわりに「私娼」と称する酌婦に対して町税と強制性病検診を行ない、さらに芸妓にまで性病検査を義務付けた。」(p38)この群馬方式は満州など植民地に広まっていく。
 このように国家は公娼制度に対する責任を隠蔽し続けた。そして1956年売春防止法で公娼制度は終わるが、これは「国家に責任はない、売春婦はこれからは犯罪者」というものだった。長い間の隠蔽、つまりイデオロギー操作により、極端に言えば、性病検査という「良い管理」によって売春婦の自由営業を国家が助けてあげていた、かのような見方さえでてくるであろう。このような土台の上に立って、従軍慰安婦に対する国家責任の免責論も登場する。
 
 
 元「慰安婦」の方たちの賠償請求に味方したいといった善意の動機からであっても、「慰安婦と公娼の差」を強調することは、売春婦と無垢の犠牲者を分断し、差別的女性観の支配という現在の状況を強化することに同調することになる、というのが藤目の主張だ。
 
 これには、全面的には、賛成できない。
 ネット右翼言説に勝とうとするためには、いわば最低の水準を設定し、議論を組み立てる必要がある。人権意識の低い人でも辛うじて納得するであろう常識のレベルをもってして「これはヒドイ」と相手に言わせることである。
 
 マンガ家水木しげるが実際に見た「ピー屋(女郎屋)の前に行ったが、何とゾロゾロと大勢並んでいる。日本のピーの前には百人くらい、ナワピー(沖縄出身)は九十人くらい、朝鮮ピーは八十人くらいだった」という情景を取り上げる。類似の回想はたくさんある。
 百人も並んでいるということは、一日に数十人は処理したということであろう。これで「ヒドイ」と感じなければ人非人だ。ネット右翼には効果がなくてもネット右翼言説にかぶれかかった人には効果があるはずだ。ひどくレベルの低い話だとお感じだろうが、そうした人は実際にたくさんいるのである。
 「一日に数十人」といった例が多く存在し日本軍の責任は否定しがたい事を(ネット右翼を含む)読者に納得させることがここでの目標である。この場合、「一日に九人以下ならOK」と暗黙のうちに言っていることには、ならないはずだ。
 
 ネット右翼の主要な根拠は「日本がイジメられている」という幼稚な事実認定にある。したがって、「最低限の常識」を前提として、「慰安婦制度は非道なものであったし、それに日本国家は責任があった」ことを粘り強く反論していくことは、有効であり可能なことだと思う。
 「慰安婦などどこででもあった」と相手が云う。日本ほど大規模なものは他にはない、と直ちに言い返したい。それは事実なので言ってもよい。ただ場合によっては、次のように詰めていくこともできる。例えば、ベトナム戦争時に韓国政府のやったこと、それが「良からぬこと」であったのなら、日本政府が同じことをやったらやっぱり「良からぬこと」だよね、と。慰安婦とはこういうものだ、と説明しても細かい点で反論してくる。こんなヒドイ例があったのは事実だろ、と具体的につめる、対ネット右翼の戦法はそうしたシンプルなやり方でいく方がよい、と私は思っている。ネット右翼相手の論争の原因は、70年も前の歴史的事実にあるのではなく、相手がもっているつまらないコンプレックスにあるからだ。
 
 自分の偏見に基づいてトンデモ理論を振り回す人とまともな論争はできない。しかし論争を避けることが非常に悪い影響を社会にもたらすのも事実なのだ。したがってバカバカしくても、基礎的なレベルの事実確認を繰り返すしかない。「基礎的なレベルの事実」というものもあらかじめ決まっているわけではない。歴史学の成果を応用することはできるが、インターネットの会話ではアカデミックな権威への敬意が前提としてはない中で、やっていかなければならないのが辛いところだ。それでも相手は無知でコンプレックスまみれなので、根気よく相手をしていればボロを出させることができる。
 
 
 岩国基地周辺などの米国兵士による女性に対する加害の問題が、「慰安婦」よりずっと最近のできごとであっても、(最初からあまり報道されず)忘却されていることを、藤目は報告する。「とくに2007年から2008年までの半年くらいのあいだに、あまりにもひどいと思われる三つのおおきな事件がありました。」(p149)私はその三つすべてについて知らなかった。
 
 ネット右翼的なあまりにも偏った慰安婦言説が常識化しつつあるという問題、および上記の米軍兵士の犯罪が結局のところすみやかに忘却される問題。両者において「女に対する性暴力と搾取を正当化する差別的女性観がそこには貫徹している」と、と藤目は指摘する。きちんと両方の問題を取り上げている点で、藤目は一貫している。
 
 旧「大東亜戦争時の日本軍の暴虐」だけをとりあげることは、現在のアフガン・イラク戦争以降の米軍の空爆というスマートな手段による民衆殺害を隠蔽すること、にさえなる可能性がある。「慰安婦問題だけを取り上げるな」というネット右翼の主張はその意味でなら、一定正しい。(しかし実際は、彼らはアジア人民の痛みを徹底して無視するので、この正しささえに到達できないわけだが。)(今の「イスラム国」のように)白人列強による世界秩序を転覆しようとしたこと自体を、絶対悪とする米国の見方に同調する必要はない。しかし「大東亜共栄圏」の理想に一定の理想主義が存在したとしても、それは「日本が指導するアジア」「日本に奉仕するアジア」という現実にとどまった。それが、グロテスクなまでによく分かる実例が「日本人兵士に性奉仕する、フィリピンや朝鮮の「慰安婦」」であるわけだ。
 
 何度も言うが、「女に対する性暴力と搾取を正当化する差別的女性観がそこには貫徹している」という批判は間違っていない。しかしそれ以外の要素、アジア主義とその挫折、敗北による日本の米国コンプレックスなど他の問題も交錯し、「慰安婦問題」を盛り上げてしまっているわけだ。
 
 
 従軍慰安婦問題は、韓国人元「慰安婦」と日本との間の問題であるかのように、概ね理解されているようだ。しかしそうではなく、台湾、中国、フィリピン、インドネシア、あるいはインドネシアにいたオランダ人とか多種多様な人が被害者になった問題だったのだ。それについては、冒頭で、藤目が訳したフィリピン人の本に触れた時にも書いた。
 
 冒頭で、慰安婦問題の原点は、金学順さんのカミングアウトにあった、と書いた。そのことの意味をもう一度考えてみる。慰安婦問題が非人道的であるというのは、慰安婦であった期間についての抑圧だけにとどまらないからだ。韓国・中国のような儒教道徳の影響が強い国であってもそうではなくても、売春のような行為をした女というのはそれだけでスティグマを負う。また日本人の為に性行為したというのは、日本と闘って独立した国家にとっては「親日」行為であり、マイナスの価値が付与される。元慰安婦は、場合によって、故郷を遥か離れた異郷に放置されただけでなく、故郷に帰ってきても故郷の共同体にやさしく迎え入れて貰うことができない「キズ」を負わされてた存在だったのだ。長い戦後の苦難、その期間には直接の日本による加害はなかった。にもかかわらず、かって慰安婦であったということにより、彼女たちはずっと長い間差別を受け続けた。あるいはそのような過去を隠し続けなければならない、という心理的負荷に耐え続けた。戦後の差別の当事者は日本ではなくとも、原因をつくったものとしての責任は日本軍にある。この問題を全く理解していないことも、「慰安婦問題」が日本で理解されない一つの原因であるだろう。現在までずっと苦しみが持続しているから、彼女たちは抗議の声を上げている。
 
 日本では戦後、部落解放運動などと並行して識字運動といったものが行われている。本書によれば、そうした運動のなかで、最初は「『こんなことを知られたらはずかしい』、『古きずをさらけ出したくない。言わなかったら、みんなにわからないですむ。』といった気持ちだった」ある女性が生い立ちを語り始めるうちに、「あらいざらい話して、自分の苦しかったことを聞いてもらおうという気持ち」に変わっていき、『なにもかくさんなんことない。』ことに気づいていく(p110〜p111より抜粋)。また、幼いころから、歌い踊る芸をして家計を助け、18歳で、御茶屋、次いで遊郭に売られていった谷上梅子。
 「九二年に大阪で韓国から元「慰安婦」のハルモニと韓国挺身隊問題対策協議会の尹貞玉を迎えて集会が開けれたとき、(略)参加した梅子は「とうてい他人ごととは思えない」と会場から発言し、日本国内で「軍隊慰安婦」と変わりない虐待を受けたこと、自分もそうなる(慰安婦になる・筆者註)寸前だったことを語ったという。」(p115)
 
 被害者でありながら被害を訴えることも遠慮し続けなけらばならない奇妙な抑圧を受け続けた梅子は、自分の知らない外国人女性が、意外にも、自分と全く同質の奇妙な抑圧を受け続け、それに打ち勝って発言(カミングアウト)したことに感動し、連帯感を感じたのだろう。それを表明することができた。そこにあるのは虐げられ、それを克服しようとしている者同士の共感である。
 わたしたちは当事者ではない。しかし、二人の出会いの意味を理解することはできる。しかし、わざわざ外国から来た被害者女性に対して「売春婦」という悪罵を投げかけるような悪質なネット右翼を大量に生み出してしまった、私たちの時代は。
 あれから二四年、後者の不幸な言説の膨大さのなかで、元「慰安婦」の方が亡くなっていかれたのは、日本人としてまことに申し訳ないと、言わざるをえない。「慰安婦」問題の本質とは、そういうことなのだろうか?

★プロフィール★ 野原燐(ハンドルネーム)。職業などから自分の存在が一定の(思想)傾向へ影響を受けてしまう事を避けようと、ハンドルネームの使用にこだわって来た。 2003年11月からブログ「弯曲していく日常」開始。http://d.hatena.ne.jp/noharra/20050115←例えばこれでは、「内地で浚(さら)った女共を陸揚げ」と「慰安婦前史」の一端を書いている。http://ianhu.g.hatena.ne.jp/←現在過疎化しているがグループ「慰安婦問題を論じる」。 @noharra←ツイッターアカウント。

Web評論誌「コーラ」25号(2015.04.15)
<書評>従軍慰安婦問題の本質を名指すこと 『「慰安婦」問題の本質――公娼制度と日本人「慰安婦」の不可視化』(白澤社)(野原燐)
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