Web評論誌「コーラ」59号/新・玩物草紙:

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Web評論誌「コーラ」
59号(2026/08/15)

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挽歌、不在の声、白い骨

 記憶の詩の匣から、とびだしてくる鳥たちがいる。興福寺の国宝「迦楼羅立像」だ。鳥の顔をした仏像に釘付けになった記憶、鳥の仮面がほしいと願った。
 神田さよ『鳥になる』 (思潮社/2025・9・5)
 「鏡に映るわたしの口は鳥の嘴になっていた/唇は固くて尖っている/鏡をつついてみた」が気にかかる。「きのう 戦車の群れを新聞で見た/固い嘴はカチカチと小刻みに震え/いつのまにか言葉を持たない鳥になったわたし/首を傾げ暗い空を見つめている」(「鳥になる」)。飛び立ついくつもの土地で、この世のあらゆる厄災をみてきたことを夢のなかで報告してくる鳥たちがいるのだろうか。
 詩は生死を司ると思えば引き寄せられたのは「もうすでにひとかけらも残っていない/透明なけだるさがあるだけ けれど/いないひとのくぐもる声は聞こえる/不在の声はどうしてこんなにふくらんでいるのか//いる/いない/いる/いない//呪文をとなえるように反芻する/境目が消えて/いないひとはいるひとになる」(「月夜の道」)が胸に迫る。不在のひとは、今夜も「でかけてくるよ」と戸口を開ける。「こんなに遅くにどこまで」と聞けば「月夜の道を散歩に」と声を残して外へでる。ステッキは玄関に立てかけたまま。脱いだ靴はそろえてある。無事に戻ってくるだろうか、無事にたどりついただろうか不安になる。不在の人は透明になり、重量のあるものはこの世に残される。「いない/いない/いる/いる」と、呪文を唱える、切なくも美しい挽歌。
 尾崎美紀『真っ白な美しい骨』(空とぶキリン社/2026・3・15)は、タイトル「真っ白な美しい骨」、帯文の「あなたもいらっしゃい、と/彼岸の人たちが優しい声で呼んでいる」、息を呑むほど美しい表紙画(浜野 史)、この三つがひとつに溶けあって、どれ一つ欠けてもバランスが崩れる。沖縄の「洗骨」の風習を思い出し、浜辺の流木に腰をかけて詩集を開いてみたいと思った。遠くへ去っていった日々や人々への哀惜。彼岸からの声は「真っ白な骨が幾重にも/河原を埋め尽くしている」(「対岸のワタシ」)が発せられた。「ワタシ」とは「渡し」でもあろう。「あなたもいらっしゃい」と呼ばれているのだが。対岸のワタシはここにいる、夢のなかに。押し戻されたのだろうか。
 「家は持たない/家族もない/ただ言葉だけを生業にして/糞まみれになって絶えた男の事を/書き残そう//祝辞を歌い/挽歌をささげ/己が欲を封じ込めて/風狂を歩くとなれば/それは憧れの詩人ではないか//憧れてもそれはしかし絵空事/詩は書くが詩は売れない/売れない詩で暮らしは立たない/かつて神が祝福した言葉を/それにしがみついて/ここまで来てしまった」 (「ほかいびと」)に目を奪われた。詩篇が揺さぶりをかけてきた。【註】によれば、文政五年生れとされる俳人の井上井月(せいげつ)は、信州伊那谷を中心に放浪と漂白の生涯を送った。映画「ほかいびと 伊那の井月」では田中泯が演じた。
 今村美代子・今村秀雄『山と詩と乳母車 ある夫婦のかたち』(編集工房ノア/2026・3・6)は、詩人・批評家であった故今村秀雄と人生の同伴者であった今村美代子の二人集。夫の日記を判読しながら出会いから別れまでの足跡を回想し、家業(乳母車問屋)と文学の夢とに苦悩する彼に対峙しながらの妻の語り。詩誌に発表された秀雄氏の散文「セールスマン旅日記」は絶品だ。2025年暮れに届いた喪中葉書には胸をつかれた。「マッキンリーの頂上に立ち/ちょっと緊張しながら/たばこを吸っているあなたよ//ニッカウィスキーのポケットサイズを/胸に膨らませて/雪灯りの路を歩いているあなたよ」(「別れ」)の6連からなる詩は、見事な相聞・挽歌。100組の夫婦があれば、100通りの夫婦のかたちがある。
 
バス停の向こうへ
撮影:寺田 操(C)
 

文字フィルムの、秘密

 詠坂 (よみさか) 雄二『5A73』(光文社文庫/2026・1・20)の文字をめぐるミステリー小説にはゾクゾクさせられた。地下鉄に轢かれて死んだ男の体には、「暃」という誰も読めない文字が書かれていた。同じ文字を体に残して死亡した人間が次々と現れて、自殺として扱われながら事件の可能性もある、文字は死者たちのメッセージなのかと推理がはじまる。男たちの体に残された文字を手書き検索するとパソコンで表示されるJISコード「5A73」の文字は通称幽霊文「暃(ひ)」だ。体に貼り付けられていた不明な文字はタトゥーシール、今ではファッションアイテムとして若い人々が手軽にフィルム彫り物としている。文字のつくりをバラバラにすると、いくつもの読み方が想像される。幽霊文字は、終電を逃した男が線路沿いに自宅まで歩いて帰ろうとして迷い込んだ木々が生い茂る場所。板状の石碑に凹凸に彫られていた絵のような文字を発見したのが物語の発端だ。
「暃(ひ)」から詩集「ひ」へと文字移動させてみよう。
 金堀則夫詩集『日々のびび』(思潮社/2026・6・1)。〈びび〉の濁点からは、人の暮しが重層的に秘めてきた地誌と歴史が透かし彫りにされていく。「日々のくらし/古代からずっと生きるツボを求めている」「日・日は「ひ・ひ」ではなく「ひ・び」なのだ/日々にひびが入ってくる」(「ひび」)には複雑怪奇な想いが渦巻く。詩人のライフ・ヒストリーが立ちあがる気配がする。
 「〈ひ〉という字を/手でのばせばひもとなる/ひもが動き出したので/怖くなり/地面に投げ出したら/〈み〉になった。/おどろいて/端をひっぱったら/〈つ〉になった/ひは一にならず/つねに円くなろうと/隠すが」。軽妙洒脱、諧謔に充ちた詩句の「ひみつを ひみつとともに/わたしは生きていく」(「ひの中のひ」)に引き込まれ、姿をあらわした文字が「息」をしている。
 
扉を押すと
撮影:寺田 操(C)
 
(個人誌「Poetry Edging」No.64ー2026年07月01日発行―より転載)

★プロフィール★
寺田 操(てらだ・そう)詩人。編集として『幻想・怪奇・ミステリーの館』(「エピュイ23」白地社)。詩集として『みずごよみ』(白地社)、『モアイ』(風琳堂)、評論として『恋愛の解剖学』(風琳堂)、『金子みすゞと尾崎翠──一九二○・三○年代の詩人だち』(白地社)、『都市文学と少女たち―尾崎翠・金子みすゞ・林芙美子を歩く』(白地社)、童話として『介助犬シンシアの物語』(大和書房/ハングル版はソウル・パラダイス福祉財団より)、『尾崎翠と野溝七生子』(白地社)、共著として『酒食つれづれ』(白地社)、『小野十三郎を読む』(思潮社)、『尾崎翠を読む 講演編 2』(今井出版)、共著『宮崎駿が描いた少女たち』(新典社)を刊行。

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「新・玩物草紙」挽歌、不在の声、白い/文字フィルムの、秘密(寺田 操)
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