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エリオット、四月は死者の
T・S・エリオット(1888〜1965)の詩集『荒地』(岩崎宗治訳/岩波文庫/2010・8・19)は、20世紀の「モダニズム詩の金字塔」と呼ばれている。
「四月は最も残酷な月、リラの花を/凍土の中から目覚めさせ、記憶と/欲望をないまぜにし、春の雨で/生気のない根をふるい立たせる。」
詩集は(�T 死者の埋葬)(�U チェス遊び)(�V 火の説教)(�W 水死)(�X 雷の言ったこと)の五章の構成で、「詩」は「死」を道連れにやってきた。主題は、第一次大戦後のヨーロッパの荒廃を意味する「荒地」と言われているが、この詩のイメージは、時代を超えて何度も召喚されていく「非連続」の「場面」である。記憶は土の中から、雨の中から、芽を出すように目覚める。明け方の雨の奥から死者たちが「もう、そろそろ、こちらへ」と呼びにくるような気がする。「イソイデクダサーイ、時間デース」(「�U チェス遊び」)が何度もリフレインされる。死んだ子どもたちが、遊び相手をさがして「イソイデクダサーイ、時間デース」と夢のなかでなんども呼びかけているような……幻聴。
ここで私的な記憶になることをご容赦願いたい。「四月は最も残酷な月」なのである。この季節になると死者に連れていかれそうになる。心身に不調をきたす。周囲には「花冷え」ですからとさりげなく言っているのだが。…母の妊娠中毒による末弟の死と、つづいての父の死のこと。命の瀬戸際にあった母が緊急入院してベッドに横たわる。傍らには父と医師が立っている。母親か赤ん坊か、どちらか一方しか助けられないと告げられた父は、妻を助けてくださいと言い、子供の命がそこで途絶えた。白い壁の白い部屋での生死をわけたシーンだ。母が退院して一週間も待たずに、父が心臓麻痺でこの世を去った。きっと死産した赤ん坊が連れにきたのだ。

扉は開くのか?
撮影:寺田 操(C)
物語の種が芽吹く時
東 龍造『ごんぼ色の残照/大阪龍造寺町物語』(幻戯書房/2025・9・20)は、小学生編・高校生編の二冊同時刊行。一気読み、秋の夜長(なのか?カメムシと格闘の日々)に、読書の時間を愉しんだ。
振り返れば、あの日、あの頃の、私が(あなたが)、生きている、動いている、悪戯している、喧嘩している…場面に、するりと紛れ込んでいて、登場人物の身体に入り込む。主役交代ですよ! この二冊の物語の時代背景は「同時代性」とでも呼べるので、登場人物の声は同世代の集合無意識でありポリフォニックな声でもあった。どの場面でも臨場感があり、特に小学生編がいい。泣いて、笑って、走って、跳んで…通過して来たあの懐かしい時代。読者は、おそらく、「これは私の僕の俺のモノガタリだ」と似姿を重ねて小説世界に没入されたのではないだろうか。ちなみに高校生編で似たようなエピソードがあった。私の5学年下の妹は、小学生時代に転校生の家に遊びに行くと元住んでいた家だった。父の死で社宅を出て行かざるをえなかった哀しい思い出がある。1971年の私は、あなたは、さて何処で何をしていたのでしょう。それは秘密です! などなどと読みながら相槌をうつ。
呼び出された記憶が、ひとつまた一つとパンドラの箱から顔をだしてきた。いくつもの種がいくつもの物語として芽吹き、「昭和」という時代と人々の暮らしを鮮やかに描き出していた。祖母のセイさん(粋だな)、母の弓子さん、姉の優子さんの三人の女性のパワーはとにかく凄い。脚本家をあきらめきれない吉太郎父さん、阪神狂のトメ吉さんはロマンティスト、路地を悪ガキたちと走りまわる堅太は…。表紙写真2枚が時代を写し撮っていた。「龍造寺町」は物語の「磁場」、アニメ化されると登場人物がさらにキャラ立ちする。
切干大根・ニンジン・薄揚げをコトコト煮ながら食卓で谷町蛞蝓詩集『太陽と〈私の位置〉』(草原詩社/2025・10・1)を開いていると、「雨でっせー」「雨でっせー」と詩集の奥から声が聞こえてきた。
「雨を知らせる声があちらこちらで上がれば/窓から身を乗り出して/自分の家、よその家、関係なく洗濯物が取り入れられる。//軍艦アパートには雨がよく似合う。」(「軍艦アパート」)からは、町の記憶、人の記憶、土地の記憶、人の息や体温が、ふつふつと呼び醒まされていく。何か懐かしい日々のことが走馬灯のように脳裏をよぎり、そこは知らない場所なのに、そこに猫になった私(読者)がうずくまっている。
詩集を開けば、あなたの場所(位置)は読み手の場所。喚起されたのは詩語。「通天閣の近くのアパートは/トンネルのような入口をくぐると別世界のように現れる。/「ワープ」/」(「軍艦アパート」)は、圧巻!!ぱちんぱちんと碁石を打つ祖父とまわりに漂うお酒のにおい。洗濯物を畳みながら視線を向けてにっと笑う祖母の八重歯。開けっ放しの玄関、雨の匂い。お好み焼き屋さん、薪を焚く煙。この一篇を小説として読んでみたくなった。物語の種が運ばれてきて、フツフツと炊き上がり米粒が立ち上がってきた。天満橋、電車、地下、鴨川、露地。豆ごはん、鰹のタタキ、茄子の素揚げ…土地の、人々の、多声、ニオイが!!
「軍艦アパート」とは、詩の説明によれば、大阪市浪速区に昭和のはじめに建てられた市営住宅。屋上の大きな煙突から煙が昇る姿が軍艦のように見えたことから「軍艦アパート」「軍艦住宅」と呼ばれていたという。そこに詩人が小学生の頃まで祖父母が住んでいた。「通天閣を右手に見た小さな路地の奥に/ひっそりと暗いトンネルがある。」
詩集を閉じて雨と黄砂が降りそそいだバルコニーに出てみた。黄色い粉でスカーフを染めてみたくなる。数カ月単位で海外に滞在することが多い詩人の送り状の紙は「ネパールの伝統紙」からの作成だという。
のぞいてみると暗がり道が
撮影:寺田 操(C)
(個人誌「Poetry Edging」No.63ー2026年03月01日発行―より転載)
★プロフィール★
寺田 操(てらだ・そう)詩人。編集として『幻想・怪奇・ミステリーの館』(「エピュイ23」白地社)。詩集として『みずごよみ』(白地社)、『モアイ』(風琳堂)、評論として『恋愛の解剖学』(風琳堂)、『金子みすゞと尾崎翠──一九二○・三○年代の詩人だち』(白地社)、『都市文学と少女たち―尾崎翠・金子みすゞ・林芙美子を歩く』(白地社)、童話として『介助犬シンシアの物語』(大和書房/ハングル版はソウル・パラダイス福祉財団より)、『尾崎翠と野溝七生子』(白地社)、共著として『酒食つれづれ』(白地社)、『小野十三郎を読む』(思潮社)、『尾崎翠を読む 講演編 2』(今井出版)、共著『宮崎駿が描いた少女たち』(新典社)を刊行。
Web評論誌「コーラ」59号(2026.08.15)
「新・玩物草紙」エリオット、四月は死者の/物語の種が芽吹く時(寺田 操)
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