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Web評論誌「コーラ」
43号(2021/04/15)

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郵便配達

 沢田敏子詩集『一通の配達不能郵便がわたしを呼んだ』(編集工房ノア/2020・9)から、冒頭の「闇のほうから/一通の配達不能郵便(デッド・レター)がわたしをよんだ/受取人のわたしが見つからないというのだ」、ぐいと胸を掴まれた。コロナ禍、山火事、戦火が巻き起こる世界中の厄災の現場から発信された「投壜通信」が、受け取り手を探して山に海に街中をさ迷う様子が波となって押し寄せ、棄てられたマスクは浜辺に打ち上げられる光景が眼前に浮かんだ。ロックダウンの町に手紙は届いたろうか。戦火のなかから手紙は届いただろうか。「手紙がわたしを探している/差出人があちらの、多分 戦火の下にいて/なにごとかわたしに伝えようとしているのに」。文字が手紙から脱け出して、差出人の声が届けたいと思う受け取り人の耳に、伝達できればいいのにと祈りながら。
 細見和之詩集『ほとぼりが冷めるまで』(澪標/2020・8)では、いきなり《カランカランとドアの鐘を鳴らして/古典的な雨合羽を羽織った郵便配達人が現われる》《――地獄の三丁目ってこのあたりですか?》(「初詣の帰りに」と声がした。郵便配達人は、宮沢賢治の詩「屈折率」の陰気な郵便脚夫じゃないでしょうね。郵便配達人は何を届けにきたのだろう。江戸の妖怪「アマビエ」だって令和のコロナ禍に疫病退散で参上したのだから、郵便配達人は迫りくる危機を知らせに来たのかもしれない。詩人の世界には日常を少しずらせば見えて来る「怪異」がヌッと姿を現してくる。深い淵には「入れ子構造」となって見え隠れしている重層的な世界がある。例えば父の入院・手術の病院へ駆けつける「非閉塞腸管虚血症」では、「おやじの戦場」を間にあたりにして「たったひとりのホロコースト!」と叫んでしまう。深い闇の奥から声だけになった何かが立ち上がる気配。父が病の床から息子に伝達しようとしていた文字化されない「郵便」はきちんと届いただろうか。 
 
大阪梅田のカリオン
撮影:寺田 操(C)
 
 

夜の図書館

 夜が訪れると図書館は野生をとりもどし、本たちが回遊するというファンタジックな三崎亜紀「図書館」(『廃墟建築士』所収・集英社文庫/2012・9)にはワクワクした。我が家の書斎の本たちも深夜になると回遊したり、会話を交わしたりしているに違いない。
 佐々木譲『図書館の子』(光文社/2020・7)は、6篇からなる短篇で、帯文には「時の旅人(タイムトラベル)たちを巡る」と記され、表紙画・景山徹/装幀・板野公一では、作品の登場人物たちが一枚の絵のなかに鮮やかに織り込まれている。ふと松本竣介の人と建物をモンタージュ構成した絵「街」(1938)が脳裏に浮かんだ。短篇集と松本竣介の絵には時代的に共通した箇所もあるので、複数の時空と画像を交差させたモダンアートの一枚として表紙画を眺めた。
「図書館の子」の舞台は北国で、主人公のクルミと呼ばれる少年は六歳。父は行方不明、母は縫製工場へ働きにでているため、小学校が終わるとクルミは運河沿いの町にすむ叔母さんの家で時間をつぶす。荒れ模様のある朝、母と叔母の仕事の都合で閉館の七時まで図書館で過ごすことになったクルミ。ところが猛吹雪になり図書館にとり残されてしまった。職員は退館し、ドアは外から施錠され、廊下の照明はついたが暖房機は故障している。館内の気温が下がっていく、そこへ耳当てのついた帽子に長靴、外套をまとった男が現われた。子供のころにこの建物を知っていたという無精ひげを生やして頬がこけた男は、暖炉に火を焚くために古い椅子を薪にして、国の歴史を集めた書架のなかから本を床に落として焚きつけた。「図書館なんかに置いちゃならない本もある」といい、それは「本を燃やしたひとたちのほんだよ」と謎めいたことを告げた。男はクルミに世界地図の本や世界の国々の写真集を開いて、この国のことや世界の国々のことなどを教えてくれた。翌朝、母が迎えにきてくれるまで吹雪の夜の図書館で過ごした男は、行方不明の父なのか、それとも未来から来たタイムトラベラーだったのか。
 夜の図書館で過ごしたもう一人の子どもは、中島京子『夢みる帝国図書館』(文藝春秋/2019・5)にいた。本文中に挿入された絵本「としょかんのこじ」を読んでみたい。《あたちは こじです。/それでも なんで さみしいことのあるでしょう。/あたちには おいちゃんがいるのです。/おいちゃんは せいたかのっぽで/とくべつのおしごとを しています。/うえのにある おおきな としょかんに かよって/としょかんのことを ほんに かいているのです。》絵本は夜の図書館で一晩過ごす「こじの少女」と「おいちゃん」の物語だ。隣の動物園から本を読みにやってくる動物たちや、本からでて来る魔女や王様、お地蔵さまがいて、みんなで本を読んで笑い、朝をむかえる。母は迎えにこないけど、おいちゃんと二人で風呂にはいりたいから図書館を出る。女の子が楽しそうに銭湯につかっている絵が最後ページに描かれていた。この絵本をめぐる一人の少女の空白の記憶と謎の「おいちゃん」をたどることが鍵となっている。
 語り手の作家が、15年ほど前に上野公園のベンチで、短い白い髪に端切れをはぎ合わせた孔雀を思わせる奇天烈な衣装の喜和子さんと出会う場面から物語ははじまった。個性的な出で立ちの喜和子さんは、「夢見る帝国図書館」というタイトルの「上野図書館が主人公」みたいな小説を書こうとしていた。日本で最初の図書館をめぐる物語には、喜和子さんの幼いころの図書館通いと絵本をめぐる記憶探し、戦後の混乱期の上野を中心とした土地の記憶、彼女自身の人生の謎がいくつも見え隠れしていた。もう一人の主人公が苦難の歴史の連続だった帝国図書館だ。文豪たちのため口を聴き取り、樋口夏子に恋をして、夏子の恋する半井桃水にはげしく嫉妬するなどの図書館語り、一葉の文体を彷彿とさせる喜和子さんの文章など、いくつもの入れ子構造と語り口の多彩さで、時代と文化がくっきりとした輪郭を持っていた。
 
京都・宝厳院
撮影:寺田 操(C)
 
(個人誌「Poetry Edging」47―2020年11月01日発行―より転載)

★プロフィール★
寺田 操(てらだ・そう)詩人。編集として『幻想・怪奇・ミステリーの館』(「エピュイ23」白地社)。詩集として『みずごよみ』(白地社)、『モアイ』(風琳堂)、評論として『恋愛の解剖学』(風琳堂)、『金子みすゞと尾崎翠──一九二○・三○年代の詩人だち』(白地社)、『都市文学と少女たち―尾崎翠・金子みすゞ・林芙美子を歩く』(白地社)、童話として『介助犬シンシアの物語』(大和書房/ハングル版はソウル・パラダイス福祉財団より)、『尾崎翠と野溝七生子』(白地社)、共著として『酒食つれづれ』(白地社)、『小野十三郎を読む』(思潮社)、『尾崎翠を読む 講演編 2』(今井出版)、2018年8月に共著『宮崎駿が描いた少女たち』(新典社)を刊行。

Web評論誌「コーラ」43号(2021.04.15)
「新・玩物草紙」郵便配達/夜の図書館(寺田 操)
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