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Web評論誌「コーラ」
41号(2020/08/15)

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映画はビデオで

 「映画はビデオでそして小さな自分の部屋で」と語るのは斎藤直人『私が愛した十二人の美女たち 偏愛的女優論序説』日本図書刊行会/1999・9)、シネ・エッセイだ。石原吉郎や桶谷秀昭への評論を上梓した硬派の論客・斎藤直人(1948〜2019)をイメージすると心地よく裏切られる。映画は映画館で観るのが正統なら、ビデオやBSやパソコンなどでの鑑賞は邪道なのだろうが、何度でも再生できる一人シアターの楽しみ方をしているのだ。町には映画館はあったが、洋画を観るためには電車に揺られて都心まで行かねばならなかった。洋画の世界を垣間見るのはTV放映と『スクリーン』などの映画雑誌。こうした同世代人のある種の共通した体験が「映画はビデオで」の贅沢な時間となる。
 シネ・エッセイ(1995年7月〜1998年春)は45回連載。「偏愛」から澁澤龍彦の本を思い浮かべたが、斎藤の「偏愛」は、映画への好奇心と女優たちへの真っ直ぐな恋心と鑑識眼にある。そうなの、それで、どうして、へえ〜っ、などと相槌を打ちながら読み進めた。映画評というより個人的なエピソードがふんだんに盛り込まれている。それがこのシネ・エッセイの好感度をあげている。国内12人、国外12人の女優たち、「男も惚れた十二人の男たち」、「ワガママ名画劇場」の四部構成。連載にあたり国外12人の美女の最初をシャロン・ストーン、最後はマドンナと決めていた。「この二人だけは迷いがなかった」。彼女たちが「現在最も世界を挑発し続ける女性だからである」と。とりわけマドンナは「二十五歳でデビューそのものが世界に対する挑戦であった」熱く語られた。国内美女のトップは吉永小百合(団塊世代の男性はどうして総じてサユリストなのか)、ラストは李香蘭(山口淑子)。男性はショーン・コネリーVSジョン・レノン、名画はもちろん「愛の嵐」だ!!
 
鉄塔と夕陽
撮影:寺田 操(C)
 
 

手のレッスン

 有島武郎が「虚空を指す手」と呼んだ高村光太郎の手のブロンズ(大正7作)を「特集 智恵子抄・高村光太郎の世界」(月刊『太陽』144号/1975・4・12)で見たとき、空へ伸ばした左手の甲の筋や丸っこい爪ではなく、親指が異様にそっていたのには驚かされた。この手は「施無畏印相」を逆にした手の形と説明されていた。右の手の平を前に向けて、おそれなくていいですよとの仏さまのサインとは逆になる。芸術の希求者としての「虚空を指す手」なのだろうか。素材に人体を多く選んだ高村光太郎だが、心を病んだ智恵子が鋏をにぎり、色紙を切り抜いて台紙に貼る切抜き絵=紙絵の「手」も気になった。作品は、一年余で千数百点もあるという。自宅で、病院で、身のまわりのさまざまなモノたちを目の当たりにすれば、描かずにはおれない、無心に紙を切り抜く。内に抱えたデーモンが生きものとなって動き、見事な紙絵世界を生み出していく。智恵子の「手」は何を目指し、どこへ行こうとしていたのか。
 光太郎の手のブロンズが気にかかったのは、当時、主婦湿疹に襲われはじめていたからだった。白魚のような手、しかもそれが男性の手だと、烈しく嫉妬してしまう。夏でも黒と白のレースの手袋をしていた時期もある。「お洒落ですね」と言われることもあったが、そのたびに実は主婦湿疹で、と説明をしなくてもいいのに、してしまう自身が嫌であった。就寝時にはハンドクリームをたっぷり塗り込んで、手袋をはめていた頃もあった。虚空に指先を伸ばすように「手のモチーフ」で詩を書き、黒い手袋の写真まで添えた作品もあった。描くこと、彫ること、書くこと、家事全般、すべて「手」による作業だ。だから、さまざまな場所で使う手を動作表現と考えることにした。手のレッスンだと思えば気持ちが軽くなる。
『手から、手へ』(詩・池井昌樹/写真・植田正治/企画と構成・山本純司/集英社2012・10・10)は詩のことばと写真の絵本である。
《やさしいちちと/やさしいははとのあいだにうまれた/おまえたちは/やさしい子だから/おまえたちは/不幸な生をあゆむのだろう》
いきなり飛び込んできた詩のことばに、ギョッとさせられた。添えられた植田正治の写真は、着物姿の母の手を右からは女の子が、左からは男の子がひっぱり、背後には怪我した右手を包帯で首からつっている男の子。次ページには《やさしいちちと/やさしいははから/やさしさだけをてわたされ/とまどいながら/石ころだらけな/けわしい道をあゆみのだろう》とあり、背広姿の父親に肩車してもらっている小さな男の子が横向きで映っていた。父子像の後ろには子が脱いだ小さなブーツ、傘の柄にかかる父の帽子と、なんともみごとな構成の一枚だ。詩はさらに《どんなにやさしいちちははも/おまえたちとは一緒に行けない/どこかへ/やがてはかえるのだから》と続く。親はいつまでも子供の傍らにいて、何かあれば助けてあげられるというわけではない。たったひとりになるのだ。助けてはあげられないのだ。ここにむつかしいことばがあるわけでもないが、親が子にかける厳しくも深い愛のかたちがうかがえた。
 由良佐知子詩集『遠い手』澪標/2018・8・8)表題の詩は《こんな遠くに来てしまった/私は 一本の手/泥にまみれた/爪ののびた/しわだらけの/手//とても遠くに来てしまった/私は 一本の手/子犬をなでた/林檎を剥いた/手紙を書いた/手//今 なにができますか/私に なにができますか》と越し方行く末を問いかけてくる。若き日の石川啄木がじっと見た我が手のように。巻頭の《きちんと行きつくだろうか/こどももわたしも》(「句読点」)に池井昌樹の『手から、手へ』を重ねてみた。
 
京都・広隆寺の水鏡
撮影:寺田 操(C)
 
(個人誌「Poetry Edging」45―2020年03月01日発行―より転載)

★プロフィール★
寺田 操(てらだ・そう)詩人。編集として『幻想・怪奇・ミステリーの館』(「エピュイ23」白地社)。詩集として『みずごよみ』(白地社)、『モアイ』(風琳堂)、評論として『恋愛の解剖学』(風琳堂)、『金子みすゞと尾崎翠──一九二○・三○年代の詩人だち』(白地社)、『都市文学と少女たち―尾崎翠・金子みすゞ・林芙美子を歩く』(白地社)、童話として『介助犬シンシアの物語』(大和書房/ハングル版はソウル・パラダイス福祉財団より)、『尾崎翠と野溝七生子』(白地社)、共著として『酒食つれづれ』(白地社)、『小野十三郎を読む』(思潮社)、『尾崎翠を読む 講演編 2』(今井出版)、2018年8月に共著『宮崎駿が描いた少女たち』(新典社)を刊行。

Web評論誌「コーラ」41号(2020.08.15)
「新・玩物草紙」映画はビデオで/手のレッスン(寺田 操)
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