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Web評論誌「コーラ」
37号(2019/04/15)

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鳥瞰図

 6月の北大阪地震、7月の大雨に、8月の逆走台風、9月には強風と高波台風。日常の場所で頻繁に異常事態が起きた夏だった。スマートホンへの地震発生や大雨による避難勧告なども出た。危険個所と避難場所を示した防災マップを手元から離せない日々だったが、平面図では山の高さや河川の幅、路線バスや電車のラインも不明だ。避難判断の目安にする視覚的な情報に乏しい。簡単な鳥瞰図のような工夫が欲しいと切実に思った。
 本渡章『鳥瞰図』140B/2018・7・18)は、江戸時代の歌川広重から21世紀の絵師までを網羅して、日本全国の鳥瞰図約100点を収録したパノラマの世界だ。「鳥瞰図」とは、風景を鳥の目のように高い所から俯瞰して描いた広大なパノラマ(鳥目絵とも)だ。「大正の広重」と呼ばれた鳥瞰図の絵師・吉田初三郎は、浮世絵の伝統を「鳥瞰図」によみがえらせたいという使命感を抱いていた。空前の鳥瞰図ブームが起きたのは、大正から昭和にかけての飛行機の出現と鉄道旅行ブームの背景もある。吉田をはじめとした絵師たちは、観光案内、町絵図、路線図など「遊覧」をキーワードに鳥瞰図の方法を取り入れたモダンでユニークな地図を描いた。高度成長期に入れば「大阪万博マップ」(1970)の鳥瞰図絵師・石原正の登場だ。絵師を目指していたわけでもなく、地図にも素人という経歴に興味をひかれた。知人にもらったドイツの建築家ヘルマン・ボルマンが描いた1964年ニューヨー万博のお土産の鳥瞰図を見て電流が走り、広告代理店を退職して製作にかかる。万博協会の公式マップではなかったため販売許可下りず出店企業のプレミアとなった。枠からはみ出した「博覧」マップだが、超高層ビルの林立する「ニューヨーク2000」完成までの石原正の画法は、港町神戸の鳥瞰図を描く青山大介へと(TVの地域ニュースで紹介されていた)夢を広げて継承されていった。
 
 
撮影:寺田 操(C)
 

少女が増えた 

 急勾配のバス道から静かな住宅街に入ると、ロッジ風の家の門扉の小さな囲みに「トトロ」が立っていた。ときどき散歩する小径なのに、気が付かなかったのか、それとも最近トトロが棲みついたのか。小さなお子さんがいる家なのだろうか? 個人のお宅なので立ち止まってしげしげと見つめて不審者に間違われてはいけない、小さく挨拶して足早に通り過ぎた。
 一九八八年四月、東宝配給で上映された長編アニメーション『となりのトトロ』から三〇年になる。兵庫県立美術館で『小磯良平と吉原治良』(2018・3・24〜5・27)と『ジブリの大博覧会』(2018・4・7〜7・1)を見にでかけた。美術館へ向かうロードでは、大きなアニメ模様の紙袋を抱えた若者たちと何人も出会った。住宅の門扉に立っていたトトロは、この博覧会で求めたのかもしれない。
 昭和三〇年代の初めを時代設定とした宮崎駿監督作品『となりのトトロ』のDVDの表紙には、黄昏どきの雨の中で「前沢行/稲荷前」の東電鉄バスの標識が立つ前に少女が佇んでいる。右手に赤い傘をさし、左手にはもう一本の畳んだ黒い傘を持ち、半袖の衿のついた黄色いブラウス、オレンジの濃淡のたすきがけのスカート、白いレインシューズ、髪は両横で結び赤い小さな髪飾りをつけている。少女は小学三、四年生くらいにみえる。彼女の左横には、小さな葉っぱを頭にのせ、くるりん目玉でふわふわの大きなお腹をした不思議な生きものがヌーボーと立っている。これが噂のトトロだ。外灯の光は少女の全身とトトロの腹の部分にあたっている。一人と一匹の背後には大きな樹の幹、闇のむこうにかすかに赤い鳥居がみえる。目をまん丸にして、正面を向いて立つ何とも不思議なトロロの表情と、何か得体のしれない生きものが横にいる気配を感じながらも、戸惑いを押さえてまっすぐに雨を見ている少女。この絵にドキリとさせられた瞬間に、無防備にも物語に招き寄せられてしまった。映画を見損ねたので、DVD鑑賞となったのだが、この場面の少女は、驚いたことに映像では小学四年生より年長(小学六年くらい)に変っていて、その背中には雨合羽を着て眠っている幼い少女がいた。一人と一匹が、二人と一匹の構図に変容していたのだ。
 構図変更について、『となりのトトロ』(スタジオジブリ絵コンテ全集3/2001・6・30/徳間書店)の月報(2001年6月)では、アニメーション研究家のおかだえみこが「一人だった彼女が姉妹に変わるのは制作スタート直前らしい。姉がサツキ、妹がメイ、どちらも〈五月〉。ひとつの人格が二人になったということだろう」と推測していた。確かに、少女が一人から二人に変更されることで、物語の奥行きが深くなっていると感じた。
 この一人から二人への、小学四年から六年生への主人公の変更にいたる経緯や舞台裏には、スタジオジブリで同時期に製作、同時上映された野坂昭如『火垂るの墓』(1972・1・30/新潮文庫)を原作とした(脚本・監督・高畑勲)が関係しているようだ。『火垂るの墓』の時代設定は戦中・戦後、栄養失調で四歳の妹を死なせてしまった中学三年の主人公が、浮浪児となり餓死するまでのレクイエムである。野坂の実体験をベースにフィクションを交えた作品には、阪神間にゆかりの土地や昭和初期の建物が現存していたこともあり、戦争の歴史をめぐるウォークや見学の催しが現在もある。もうひとつの『となりのトトロ』は、小学六年生と四歳の姉妹が出会う不思議な生きものとの交流と夢のかたちがベースになり、彼女たちの未来に繋がっていく作品だ。この二つの作品の世界は、時代も出来事も重ならないが、生と死がチェンジされたような、コインの表と裏のような連続感があるように思えた。戦時下で死なせてしまった四歳の妹が、平和な時代に生きていたら、サツキやメイのような生き生きとした少女時代を過ごすことができただろうと思ったからに他ならない。

撮影:寺田 操(C)

(個人誌「Poetry Edging」41―2018年11月01日発行―より転載)

★プロフィール★
寺田 操(てらだ・そう)詩人。編集として『幻想・怪奇・ミステリーの館』(「エピュイ23」白地社)。詩集として『みずごよみ』(白地社)、『モアイ』(風琳堂)、評論として『恋愛の解剖学』(風琳堂)、『金子みすゞと尾崎翠──一九二○・三○年代の詩人だち』(白地社)、『都市文学と少女たち―尾崎翠・金子みすゞ・林芙美子を歩く』(白地社)、童話として『介助犬シンシアの物語』(大和書房/ハングル版はソウル・パラダイス福祉財団より)、『尾崎翠と野溝七生子』(白地社)、共著として『酒食つれづれ』(白地社)、『小野十三郎を読む』(思潮社)、『尾崎翠を読む 講演編 2』(今井出版)、2018年8月に共著『宮崎駿が描いた少女たち』(新典社)を刊行。

Web評論誌「コーラ」37号(2019.04.15)
「新・玩物草紙」鳥瞰図/少女が増えた(寺田 操)
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