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Web評論誌「コーラ」
30号(2016/12/15)

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黒岩涙香

 5月の大型連休のさなか、「黒岩涙香」の文字をみつけて胸がざわついた。竹本健治『涙香迷宮』講談社2016・3・9)の新刊。探偵小説家・涙香(1862〜1920)が主人公では?それとも評伝的な小説なのか?
 1980年代、黒岩涙香の翻案探偵小説『幽霊塔』『鉄仮面』『死美人』(旺文社文庫)などを読んだ覚えがある。《雪は粉々と降りしきりて巴里の町々は銀を敷きしに異ならず、ただ一面の白皚々を踏み破りたる靴の痕だも見えず、夜はすでに草木も眠るちょう丑満を過ぎ午前三時にも間近ければ》…書き出しから怪異の時間に引き込まれた。警官2人の警邏中、黒帽子に長外套の襟をあげて顔をかくす紳士が下僕を従えて歩いてきた。下僕の背には重たげな籠。なかには絶世の美女の死体。肋骨のあいだにスペードのクイーンの骨牌(カルタ)の札が突き刺さり…。フランスの作家ボアゴベイ原作『死美人』だ。 
 黒岩涙香『小野小町論』(現代教養文庫/1994・9・30)は、探偵小説の手法で小野小町の生涯と歌に秘められた謎に迫る異色の歴史ミステリー。伝説の小町像に新しい解釈で挑んだ意欲作から、涙香が海外探偵小説の優れた翻案家だけではなかったことに興味が湧いた。
 高知県生まれの涙香は大阪英語学校に学び、各紙の記者、主筆を経て、新聞「萬朝報」を創刊した経営者・ジャーナリスト。「まむしの周六」と綽名されるほどの舌鋒で狙った獲物を攻撃するかとおもえば、相撲、撞球を好み、聯珠(連珠)創設、現代平仮名の百人一首を作らせカルタ競技を奨励。「どどいつ」から「俚謡正調」を起こすなど競技や遊びのパトロン・革新者でもあった。竹本健治『涙香迷宮』は、涙香の多面的な活動と人生にスポットをあてながら、彼が残した48首の「いろは歌」の暗号解読に天才囲碁棋士探偵が挑むミステリー。これはもう買う、買った。読む、読んだ。
 

地 図

 都市観察の方法とその楽しみかたを教えてくれたのは、荒俣 宏『新東京物語 異都発掘』(集英社文庫1987・6・25)だった。明治維新後の東京の変貌とその裂け目にカメラ・アイを差し込んだ荒俣の方法は、古地図片手に観光・町歩きのマップとは明らかに違う。透明な用紙を何枚も重ねられる〈透明重ね地図〉構想を〈新旧重ね地図〉だけでなく、海抜ゼロメートルあたりを基準点とし、上下を一定の高さ深さで輪切りにする〈垂直重ね地図〉を加えた。平面地図で描かれている高さや深さを実感できる等高線や等深線のシステムを、そのまま透明重ね地図にする視覚的なアイデアだ。そこに地勢や地相を知る風水地図のレイアウトがあれば、地図探訪はますます興味深くなる。何故この方法論を思考したのか、それは《東京は亡霊のように日に日に消滅していく市(まち)にしか見えないのだ》《東京のどこかが毎日のように捨てられ、消えていくのだ》という切迫感からきている。消えた、消された、都市が《累々と積み重ねられ階層を形成している》その消えた都市探索こそが「異都発掘」なのだ。東京観光ツアーは2方向からイメージされた。PARTTのオブジェ・ツアーでは、軍事都市、風水都市、地下都市、南方都市、快楽都市、怨霊都市、幻想都市、未来都市が地図の奥から姿を生きもののように姿をあらわす。PARTUのイメージ・ツアー編では、記録、文献、文学、美術、建築などを素材にしながらの追体験的町歩き。東京の変貌を追う都市観察に迷い込んだ。
 中沢新一『大阪アースダイバー』(講談社 2012・10・10)は大阪へと場所をスライドさせるだけでなく、東京地図の読み方、組み方を外していった。海民と渡来民とが出会ったハイブリッドなまち。生駒山麓の縄文系の文化基盤。古代のプロト大阪(原大阪)。深度を下げることで、中沢のカメラ・アイは、まだ半島状だったころの上町台地=南北軸(アポロン)と、住吉〜四天王寺〜生駒=東西軸(ディオニュソス)が交差する大阪を浮上させた。生命力の象徴アポロンと死の磁力が働くディオニュソス。生と死の円環、消滅と生成。この二つの原理、二つの軸の動きをスクロールさせながら、古代から現代へ繋がる大阪の地図を読み解いた。
 本渡 章『古地図が語る大災害』(創元社 2014・12・20)は、大阪や京阪神を中心とした古代から近代までの絵図、瓦版、郷土誌、古典文学などから、災禍の記録を読み解かれた。人は災禍を道連れに生きている。私の親は大正生れだが、戦争をはさんで関東大震災、神戸大水害、阪神淡路大震災と遭遇している。書き残した日記をひもとくと、たどたどしくもリアルな災禍が伝わってくる。市井のメッセージのひとつだ。また身近な場所でも災害の石碑はいくつか見た。日本列島は火山列島でもある。それが国土を豊かにしてきたのだが、《発展に目を向けるのと同じくらい、リスクに目を向ける都市であってほしい。その意味で災害古地図は、未来に向けた地図でもあります》と本渡章からの警告だ。地震は自然の律動で、現在は地殻の活動期に入っている。
 小説を読むとき、BSで映画を見るとき、舞台になっている場所をリビングに置いている地図で探す。簡単な高等地図と地域別の地図だけだが、その地図の見方が私のなかで変化したのは、直接的には1995年の阪神淡路大震災と遭遇したことがきっかけだった。「活断層」が地質学や地震学の専門家だけでなく、広範に知られるようになったからである。地図の「地震と災害」では日本列島の地震の震源と活断層、火山分布とプレート境界が示されている。「エネルギー資源」のページには水力、火力、原子力、地熱、風力の発電所の設置場所と発電量が示されている。4月14日夜に起きた熊本を中心とした地震を地図で確認すると、日奈久断層・熊本は、愛媛〜奈良に達する中央構造線上にかかっていた。続震と被災地の惨状が映しだされるたびに、阪神淡路大震災がフラッシュバックし、揺れが背中を貫いた。
 

(個人誌「Poetry Edging」34―2016年7月01日発行―より転載)

★プロフィール★
寺田 操(てらだ・そう)詩人。編集として『幻想・怪奇・ミステリーの館』(「エピュイ23」白地社)。詩集として『みずごよみ』(白地社)、『モアイ』 (風琳堂)、評論として『恋愛の解剖学』(風琳堂)、『金子みすゞと尾崎翠──一九二○・三○年代の詩人だち』(白地社)、『都市文学と少女たち―尾崎翠・ 金子みすゞ・林芙美子を歩く』(白地社)、童話として『介助犬シンシアの物語』(大和書房 /ハングル版はソウル・パラダイス福祉財団より )、『尾崎翠と野溝七生子』(白地社)、共著として『酒食つれづれ』(白地社)、『小野十三郎を読む』 (思潮社)、2016年3月に『尾崎翠を読む 講演編 2』(今井出版)。

Web評論誌「コーラ」29号(2016.08.15)
「新・玩物草紙」太陽帆走/坂道(寺田 操)
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