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Web評論誌「コーラ」
28号(2016/04/15)

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澁澤龍彦の玩物草紙

 連載の「新・玩物草紙」(旧・日々雑読)をはじめるきっかけになったのは、澁澤龍彦『玩物草紙』(朝日新聞社/1979)だ。「私が興味を持つ宇宙は私自身であり、私が目をやるのは私自身の肉体というミクロコスモスである」という17世紀イギリスの名エッセイストであるトマス・ブラウンを文中で引用しながら展開された20篇の草紙。澁澤自身の幼年時代の想い出や書物の数々から紡ぎだされた《精神も肉体もふくめた私自身というミクロコスモスに関する、一種のコスモグラフィー》は、語り口の柔らかさもあり、澁澤の博物誌的な書物とは少しばかり趣が違っていた。父に聞かされたハレー彗星、4歳まで住んでいた町の沼のほとりでの怖い錯誤記憶、1歳3ケ月なのにツェッペリン伯号を眺めた記憶、父の金のカフスボタンを呑んでしまった事件などが印象的だった。草紙の挿画は加山又造、装幀は栃折久美子。当時、加山又造の挿画を真似してイラストを何枚も描いた。
 いつかこんなエッセイを書いてみたいと思い続けていても、なかなか原稿では機会に恵まれない。還暦記念に個人誌(本誌)をスタートさせたとき「日々雑続」というタイトルで、蒐集した書物のなかからキーワードを取り出して紹介する方法を取っていた。物に仮託された「草紙」は「喪志」の意味でもあり、澁澤に倣って私自身の宇宙誌《コスモグラフィー》に組み換えすることにした。活字まみれの生活をしているので、書斎は書架状態で、増殖する一方の書物のなかには、眠ったままの書物が少なくない。はやく外に出してくださいよ。あなた一ページも読まないで本棚に入れてしまったでしょう。読みかけで放置しないでくださいよ。必要なときは消えてやるからな(実際、捜しているときは出て来ないくせに、仕事が終わると、姿をあらわす書物もある)。この連載で、少しは書物に、ありがとうを言えているかな。


動物園

 神戸の王子動物園が開園(1951/昭和26)した翌27年、家族で春の行楽にでかけた写真がある。石垣に腰をおろした着物姿の母のお腹のなかには妹がいて、2歳の弟はお弁当(重箱)が入った風呂敷を下げ、4歳の私は撮影者(父)のほうをまぶしく見つめている。
 三崎亜紀「動物園」『バスジャック』(集英社/2005・11・30)は近未来の動物園。「動物はいません」と表示しているのに、シマウマを見つけた若い母親と4歳くらいの女の子。これはあの日、王子動物園にいた私と母ではないかしら。背後で歓声をあげている弟と父。過当競争にさらされた民間動物園では、珍しい動物を見せて集客をはかりたいが予算は限られている。業界で話題になっていた珍しい動物を斬新な手法で空間展示することにした。「擬餌鉤」の動きにつられ、食べる餌と思いこんで釣られてしまう「ルアー効果」を使い、「動物と思わせる動き」をして観客を「釣り上げる」方法だ。檻のなかに入るのは訓練された若い女性プロフェッショナル。シマウマの全体像を構築し、輪郭、動作、心の動きのすべてと溶け合い一体化することで、檻のなかにシマウマを「表出」させるイリュージョン。一頭の若いシマウマが檻の中を歩き、草を食み、小さくいななく。確かに観客の目にはシマウマが見えるのだ。期間限定のイベントとして実行した園長たちだが、来園者を欺いている後ろめたさを拭えなく、完璧に動物を観せる彼女に蔑みの視線を投げかける。意外な反応をみせたのは、「動物はいません」という表示をはずしてくれなかった飼育係だった。表示がはずされただけでなくフタコブラクダを所望した。演じているとき、寂しげな表情で檻の前に立っていた。飼育係が担当していたフタコブラクダが死に、彼の想いを彼女がフィールドバックさせたからであった。映像技術が進み、博物館や美術館などでの体感型のインスタレーション(空間展示)は珍しくなくなってきた。
 大型の亀が溢れるようにうろついている道に驚きながらたどり着いたのは、倉本修『美しい動物園』(七月堂/2015・5・11)。♂が♀に変化してまた♂に戻る両生類の大蛇フェルトン、藁に擬態するカブラン、空飛ぶ楕円形になるクマのようなコロン、競い合ってポーズをとる役者動物ジャグリュ、体内に磁気を発生させる亀のトチカ…。自分ではない何かに擬態してみたい願望のある私は、カブラ動物園の絵と文の仕掛けを愉しんだ。
 新刊なのに造本が古書のようなチョコレート色、思わず手にしてしまったのは、ケン・リュウ『紙の動物園』(古沢嘉通=編訳・早川書房/2015・4・25)だ。母がクリスマスギフトの包装紙で追ってくれる折り紙の動物たち。老虎、水牛、アルミホイルで折った鮫。母が息を吹きかけると、命を得た折り紙の動物たち、生き生きと動きはじめる。「母さんの魔法」だ。ファンタジックな物語の背後には、異国の人と結婚して異国に移り住み子供を産み育てた母の、哀しい事情と苦悩が蹲っていた。
 佐藤泰志『移動動物園』(小学館文庫/2011・4・11)は、《夏の光のなかでポゥリイが啼いた》ではじまり《俺は血の匂いがするだろう? ポゥリイ》で終わる1977年の作品。単行本が1991年2月に新潮社から出版されたとき、作者はすでにこの世の人ではない。「ポゥリイ」は若い山羊の名前で、主人公達夫はその飼育係。マイクロバスに動物たちを乗せて幼稚園を巡回する「移動動物園」のスタッフは、全国巡回の夢を追う35歳の園長、彼と男女の関係にある23歳の道子、彼女を秘かに慕う20歳の達夫。山羊、アヒル、インコ、仔兎、モルモット、栗鼠…アジサイが静かに光る駅のホーム、線路際の柵で囲った空き地、草の匂い、コンクリートの流し台の上で水浴びするアヒル、ゆったりと啼く山羊、鋭い啼き声の栗鼠。のどかな光景にみえるが、動物たちは育ちすぎ、病にかかれば殺される。ひとも動物も閉ざされた檻のなかで、息苦しさと狂暴なものを抱えて、ポゥリイのように啼く。


(個人誌「Poetry Edging」32―2015年11月01日発行―より転載)

★プロフィール★
寺田 操(てらだ・そう)詩人。編集として『幻想・怪奇・ミステリーの館』(「エピュイ23」白地社)。詩集として『みずごよみ』(白地社)、『モアイ』 (風琳堂)、評論として『恋愛の解剖学』(風琳堂)、『金子みすゞと尾崎翠──一九二○・三○年代の詩人だち』(白地社)、『都市文学と少女たち―尾崎翠・ 金子みすゞ・林芙美子を歩く』(白地社)、童話として『介助犬シンシアの物語』(大和書房 /ハングル版はソウル・パラダイス福祉財団より )、『尾崎翠と野溝七生子』(白地社)、共著として『酒食つれづれ』(白地社)、『小野十三郎を読む』 (思潮社)、2016年3月に『尾崎翠を読む 講演編 2』(今井出版)。

Web評論誌「コーラ」28号(2016.04.15)
「新・玩物草紙」澁澤龍彦の玩物草紙/動物園(寺田 操)
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