家は……
子供のころ住んでいた天窓のある家を夢にみることがある。裏庭から物干し台への階段を上り、瓦屋根に這いつくばって天窓から真下をのぞくと、台所では割烹着をつけた母が料理していた。傍らでつまみ食いをしていた弟が天窓を見上げ、ここまでおいでと、勝ち誇った顔をして私を悔しがらせた。いま居住する高層マンションでは体験できない不思議が幼い日の家には満ちていた。
《東京の街を車で通りながら、ときおり、はっと息をとめさせるものがある。家だ。ふしぎな家を見るのだ。》
書き出しに誘われて、主人公とともに踏みいれた家は、日影丈吉「ひこばえ」『夢の播種』(早川書房/昭和61)だ。大きな赤い洋館は瓦斯会社の出張所で、残務整理で居住していた社員一家が次々と家族が不可解な死に見舞われた。誰もいなくなった家は、《自分一人でゆっくりと息をしていた。この家は自存の意志のために、人が住んだり何かに使うには、まるで向かない感じだった》という不思議な家の最後は、のんびりと貝が足をだすように、《?(たるき)からひこばえが芽吹いていた》のである。ひこばえとは、切株から出た芽のこと。家が木という元の姿に戻る姿を垣間見たきがした。現実にある家をモデルにした創作だと作者の弁。
この世には、人が暮らす家ではないさまざまな意匠を凝らした家がある。コラージュ・ロマンのように、好きな形に組み立てた家を造ってみたい欲望。建築家や大工の常識を壊す創意。「狂人が建てた化物屋敷」と新聞に報じられた家の所有者は、奇行が続き一人二人と家族が去った屋敷に独りですむ男だ。家には、《複雑な人間の心理がおりこまれている》と精神病理学の式場隆三郎。昭和14年上梓の本に新資料などを加えた再訪記が、式場隆三郎・藤森照信+赤瀬川原平+式場龍成+岸武臣『二笑亭奇譚――50年目の再訪記』(求龍堂/平成元/画像はちくま文庫版))
消滅可能性都市?
「消滅可能性都市」という某新聞記事の見出しに目が釘づけになった。F子が住んでいるK市S区だ。何かの間違いではないのかと目を疑った。
過疎の限界集落や郊外の買い物難民、ニュータウンの空き家続出、墓の墓場。新聞・TVなどで報じられる深刻な事態は知ってはいたが、K市S区が「消滅可能都市」に入るとは予想もしないことだった。神戸三宮の都市部から地下鉄に乗れば、それほど遠い距離ではない。白砂青松の海岸をほこる海、海水浴場、沖合には釣り舟、アルプス、一級河川、水族館、自然景観を誇ってきた場所だ。ラジオ局があった昭和30年代、小学生仲間3人と連れだって、朝の子供を対象とした音楽番組のオーディションを受けにいった思い出の場所。歌の上手い一人だけが合格して、ラジオの前でその子の歌声を聞いた。歴史・文学の史蹟、名所も点在する地区だ。
「消滅可能性都市」の定義とは、20代から30代の女性が2010年から40年かけて半減する市町村のことらしい。若い人が消えていく現象は、過疎の村や郊外の町だけではなくなってきた。うすら寒いものを覚えた。SF的な世界が目の前に迫っている。
1995年の阪神淡路大震災から20年目の1月17日。空き地になったままの場所は少なくない。「復興」のかけ声で都市整備・開発された場所とて、どこの都市にもある特徴のない街並みになり、シャッター通りに変貌するのは早かったし、アーケードが寂れを濃くしている。そこに降り立てば、その町の匂いがする、といった人の暮らしが表れた場所は消滅していくばかりだ。住み慣れた家をでて高層ビルの復興住宅へ移りすんだ人々の20年は、老いに向かう20年でもあり、失われた20年でもあった。高層ビルから出て行けなくなり、取り残されたまま老いを迎える身にとり、都市はあの日から「消滅」したままなのだ。
青春時代の仕事と遊びの場所であった神戸三宮。一瞬にして崩壊した都市を陸橋から目撃した。都市を見送る人々のシルエットがまぶたにこびりついている。記憶が生々しいころ、ジャン・ボードリヤール『消滅の技法』(PARCO出版/1997・11・1)をみつけた。「消滅の技法」……戸惑いながらも手が本に伸びた。
《あなたはある光景をただ気に入ったから撮影したと思っている。ところが、写真に撮られるのを望んだのは、実はその光景のほうなのだ。その光景が演出したのであり、あなたは単なる端役にすぎない。主体はただの要因にすぎず、結果として、皮肉にも事物を出現させるのだ。》
書くことと写真を撮ること、その欲望は、どこからやってくるのか。苔むした石段、草叢になげだされた彫像、錆びついた鉄骨、自分の影の前にたつ男。被写体が撮られることを望んでいるならば、夢に現れた映像も、やはり夢見られることを望んでいるとはいえないか。
30年ほど前に消えた遊園地の跡地に造成された地に住む人が、多かれ少なかれ遊園地の夢を見るのは、三崎亜紀「遊園地の幽霊」(『海に沈んだ町』朝日文庫/2014・2・28)だ。夢のなかで小さな少女に戻った私は、白いワンピースを着てメリーゴーランドの白馬に乗っている。園内のスピーカーからは物悲しいメロディーがきこえ、白馬は片脚をあげたまま、メリーゴーランドは止まっている。かぼちゃの馬車にはお父さんと三歳くらいの女の子が乗り、隣のコーヒーカップの回転遊具には乗客はいても動く気配がない。観覧車のゴンドラのなかにも親子連れ。客たちは動じることもなく静かに景色を見下ろし、止まったままの遊具に乗り、動きだすのを待ち続けている。雲ひとつない青空には色褪せた万国旗がはためく。夢を見るのは疲れているわけでも、停止したままの遊具の比喩ではない。挿入された白石ちえこの写真がリアルだ。私が住む町では遊園地が消えた跡地にイングリッシュ庭園が開設され、シーズンごとに散策するのを楽しみにしていたが、消滅はいがいと早くやってきた。
(個人誌「Poetry Edging」30―2015年03月01日発行―より転載)
★プロフィール★
寺田 操(てらだ・そう)詩人。編集として『幻想・怪奇・ミステリーの館』(「エピュイ23」白地社)。詩集として『みずごよみ』(白地社)、『モアイ』 (風琳堂)、評論として『恋愛の解剖学』(風琳堂)、『金子みすゞと尾崎翠──一九二○・三○年代の詩人だち』(白地社)、『都市文学と少女たち―尾崎翠・ 金子みすゞ・林芙美子を歩く』(白地社)、童話として『介助犬シンシアの物語』(大和書房 /ハングル版はソウル・パラダイス福祉財団より )、共著として『酒食つれづれ』(白地社)、『小野十三郎を読む』 (思潮社)。2011年5月に『尾崎翠と野溝七生子』(白地社)を出版。
Web評論誌「コーラ」26号(2015.08.15)
「新・玩物草紙」家は……/消滅可能性都市?(寺田 操)
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