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Web評論誌「コーラ」
23号(2014/08/15)

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書店事情

 
 『古書ミステリー倶楽部』(ミステリー文学資料館編・光文社文庫/2013・10)を開くと江戸川乱歩の口絵がとびこんできた。経営していた三人書房(「貼雑年譜」より)のスケッチだ。このアンソロジーは、城昌幸「怪奇製造人」、甲賀三郎「焦げた聖書」などの戦前の古書ミステリーから、松本清張「二冊の同じ本」、戸板康二「はんにん」、石沢英太郎「献本」、梶山季之、出久根達郎、早見裕司、都築道夫、野呂邦揚、紀田順一郎、仁木悦子などなんとも豪華なラインナップ。いっきに読んでしまいたいので持ち歩き、阪急電車のなかで読み終えて下車したのは神戸・三宮駅西口。繁華街の細い路地、東門筋を抜けて山手幹線へでる。にしむら珈琲を山へ向かって坂道をあがる。途中で雨が降りだしてきたが、坂道を濡れて歩くのはなんとも風情があって絵になる。だれか私の後姿を入れてスケッチしてくれないかしらと妄想。
 目的の山本通りのギャラリー島田へ。林哲夫展「巴里2013、東京1978」の最終日。白い壁に展示された絵をみていて、巴里が旅人を手招きしていると感じた。建物で人々の視線をひきつけるのは、住居やオフィスの窓。赤、淡い紫、淡い青、橙のカラフルな書店のショーウィンドウ。パッサージュ(路地)は、その場所にでかけて歩いてみないと体感できないものがあるが、書店のたたずまいは、画家や写真家でなくても視線の欲望をそそるものだ。パリ書店・絵葉書6枚セットをプレゼント用に購入。日本の本屋は特徴のある店舗が姿を消し、大型書店だけが都会の隅々まで触手を伸ばして増殖し続ける。なんとも風情がないなあなどと思いながら、駅近くの大型書店で仕事の帰りに本を買うわたくしの矛盾。
 インターネット普及でオンライン古書店も増えたが、梶山季之『せどり男爵数奇譚』(ちくま文庫/2000・6)の古書に魅入られた男たちの世界に迷いこんだ。
 
 
 

眠る女たち

 
 『眠れる森の美女』や『白雪姫』のような眠りつづける少女(成熟の手前にいるような)たちは、童話の世界だけではない。
 吉本ばなな『白河夜船』(福武書店・1989)をかつて読んだときは、主人公の眠る女にしか注意を払わなかった。というのも、ほとんど何処へもでかけず、睡眠から睡眠のあいだをぬうようにして暮らし、家事をして本を読んで原稿を書く、そんなわたくし自身の専業主婦時代を重ねてしまっていたからだ。眠っても眠っても眠り足りなかったあの頃は、ほとんど仮死状態(華やかな骸と言い換えてみたいが)で、眠りは世界の果てへと続いているように思えた。
 再読してみて、物語には3人の眠る女がいることがこの作品の重要な鍵であることに気づいた。小説の主人公寺子は、妻ある男性と恋をしている。彼からの連絡でいつでも会えるように仕事を止め、貯金と彼からの送金で昼間から眠っている彼女。「また寝てたんでしょう。」「そう、寝てたわ。」と彼からの電話で起きて、指定された時間と場所をきいてでかける。生きているが眠りそのものが彼女の日常で、眠りに身をまかせるようにして暮らしている。彼(外)からの呼びかけで目が覚める。
 2人目の眠る女は、主人公が大学時代に同居していたことがある友人しおり。彼女は客の「添い寝」をする仕事をしている。天蓋がつきカーテンが引かれた外国映画のような巨大なダブルベッドで、疲れた人や傷ついた人が眠るかたわらに寄りそってひと晩を過ごす。お客は男性ばかりではなく女性もいれば外国人もいて、朝まで客に添寝をするのだ。彼らが途中で目を覚ましたときに淋しがらないようにと、しおりはひと晩じゅう起きている。ときに寝息にあわせて寝てしまうと、その人の心の闇を吸い取り恐ろしい夢を見ることがある。寺子はその話をきき「それはしおりの心の中の風景なのでは」と思う。不思議な仕事の虜になり、やがて睡眠薬を多量に飲んで、しおりは自殺する。仕事用のベッドではなく自室の小さなシングルベッドのなかで。この客に「添い寝」をする仕事は、TVで見た、実際にあるのだと数日前に教えていただき、「ひとはみんな、だれかにただとなりに眠ってほしいものなんだって思うの。」というしおりの言葉に、はっとさせられた。もうひとりの眠る女は、寺子の恋人岩永の妻。彼女は交通事故を起こし病院のベッドで意識のないままひっそりと眠っている。岩永をはさんで、眠る妻と寺子がいる。
 寺子は岩永の妻や、自殺して永遠の眠りについた友人しおりについて「彼の妻のいるところは、どんなにか深い夜の底なんだろう。しおりのいるところは、そこに近いところなんだろうか?きっとすごい濃度の深い闇、私の心も眠りの中でそこをさまよう時もあるのだろうか?」と思い、「もしかしたら、寝ている自分を外から見ると真っ白な骨なのではないかと思う時がある。」と言う。夜の底にいる眠る女たちは、3人で1人なのだ。
 昭和35年1月から翌36年11月まで「新潮」に連載された川端康成『眠れる美女』 (新潮文庫・昭和42・11・25/平成11・6・10 52刷)は、秘密の宿屋で、睡眠薬で眠らされている美女たちの傍らで、長い夜を過ごす老人たちの夜の底の物語。男でなくなった、安心できる老人だけが、利用できる秘密の場所に通う主人公江口(といっても68歳という設定)の、老いと性。吉本ばなな『白河夜船』の底流にある物語だろう。
 村上春樹『アフターダーク』(講談社文庫・2006・9・15)は、植物状態になって眠る浅井エリと、その妹マリの物語。ファミレスで深夜から朝まで本を読んで過ごしている妹とベッドで眠る姉、このふたりが、同じ時間、別の場所で過ごす様子が描かれる実験的な小説だ。凄いのは、眠っている浅井エリに独白させていること、身体が別の場所に移動してベッドがときに空っぽになっていたことだ。連続して3作読むと面白い。
 
 
(個人誌「Poetry Edging」27―2014年3月1日発行―より転載)
 

★プロフィール★
寺田 操(てらだ・そう)詩人。編集として『幻想・怪奇・ミステリーの館』(「エピュイ23」白地社)。詩集として『みずごよみ』(白地社)、『モアイ』 (風琳堂)、評論として『恋愛の解剖学』(風琳堂)、『金子みすゞと尾崎翠──一九二○・三○年代の詩人だち』(白地社)、『都市文学と少女たち―尾崎翠・ 金子みすゞ・林芙美子を歩く』(白地社)、童話として『介助犬シンシアの物語』(大和書房 /ハングル版はソウル・パラダイス福祉財団より )、共著として『酒食つれづれ』(白地社)、『小野十三郎を読む』 (思潮社)。2011年5月に『尾崎翠と野溝七生子』(白地社)を出版。

Web評論誌「コーラ」23号(2014.08.15)
「新・玩物草紙」書店事情/眠る女たち(寺田 操)
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