1.財政と私たちの生活
毎日学校で勉強をする。君たちはそのための費用として授業料を払っている。しかし、それは必要な金額の約7分の1にしかすぎない。公立高校の場合、残りを国や地方公共団体が負担している。
考えてみれば、われわれの生活と財政活動は密接な関連をもっている。朝起きて水道で顔を洗う。トイレに行って用を足し、その水を下水道に流す。道路はたいてい舗装されている。火事になれば数分で消防車が駆けつける。病気をすれば健康保険や国民健康保険から医療費が支払われる。
国民一人当たりの医療費の平均は 34万3千円(2018年度)。4人家族だと年間約130万円あまりにもなる。保険料だけでは運営できず、国庫から年間10兆円余りが支出されている。医療保険のないアメリカでは、盲腸で1週間入 院しただけで185万円も取られると聞い た。(だから人々は民間 保険に入る。) 水も安全も決してタダではないのだ。
2、財政の3つの機能と政府の役割の増大
予算の使用目的を分類すると次の3つになる。
1,資源配分
道路、警察、消防、国防など民間企業では供給が困難なものを提供する。
2, 所得の再分配
累進課税や社会保障などを通して極端な貧富の差をなくする。
3,
景気の安定
恐慌を防ぎ、景気の加熱を抑えることによって、失業やインフレーションが起きないようにする。
このような不況期の補正的財政政策は「フィスカル・ポリシー」と呼ばれる。 |
18世紀、A,スミスの時代の政府は、なるべく民間経済活動には介入せず、民間企業では供給が困難な資源配分だけを行なえばよく、あとは市場に任せておくことが最良だとされた(安価な政府)。
ところが資本主義は、A,スミスが言うように放っておいたのではうまく行かないことが次第に明らかになった。経済の運営を市場機構だけに委ねておくと、公共財が不足するほか、所得分配の不平等、恐慌、独占、公害や環境破壊、などといった「市場の失敗」とよばれるさまざまな問題が起きてしまう。
特に1930年代の世界恐慌に際してケインズが書いた『雇用・利子及び貨幣の一般理論』(1936)は、不況期には政府による拡張的な財政政策が不可欠であることを理論的に明らかにした点で画期的なものであった。これにより、それまでのスミスの安価な政府論は否定され、政府の役割は格段に増大した(大きな政府)。
こうして20世紀には、1の資源配分機能に加えて、2の所得の再分配機能や、3の景気の安定化も政府の重要な役割と考えられるようになった。また、ケインズの「大きな政府」の構想は、第二次世界大戦後の福祉国家樹立への道を開くものともなった。
(コラム)
ニューディール政策
1933年からF,ルーズベルト大統領によるニューディール政策が展開されたが、これは確信に満ちてケインズ政策を意識的に応用したものではなかった。なぜなら、基本的に均衡予算主義者だった彼は、1937年に景気が回復の兆しを見せるとただちに財政支出を大幅に削減し、アメリカ経済は再び不況に陥ってしまったからである。
これは風邪が治り切っていない病人に、寒中水泳を命じたようなものであった。アメリカ経済の本格的な立直りは、第二次世界大戦の特需を待たねばならなかった。 |
3、歳入(2021年度当初予算)
2024年度の一般会計予算は総額113兆円であった。国税の中心となるのは所得税、法人税、消費税である。これにその他の収入を加えると78兆円になる。これがが国税及びその他の収入である。しかし、これでは1年間に必要とされる予算にははるかに足りない。そこで政府は税収の不足分を国債を発行することにより補っている。2024年度に発行された国債は総額35兆円に上る。実に歳入総額の 31%(これを国債依存率という)が借金により賄われたわけである。
ところで、税収全体に占める直接税と間接税の割合は「直間比率」と呼ばれるが、わが国の国税における直間比率は、約6対4で直接税中心主義がとられている。
(ちなみに、地方税も含めると直間比率は約7対3になる)。
これに対してフランスなどでは直接税は「個人のフトコロに政府がいきなり手を突っ込んで税金を持っていく印象を与える」ということから嫌われ、
伝統的に間接税中心主義(直間比率、4対6)が取られている。ただし、間接税(消費税など)には、低所得者層の負担割合が高くなるという「逆進性」の問題がある。
(コラム) 源泉徴収制度の弊害
http://homepage1.canvas.ne.jp/
(コラム) 消費税引き上げの本音
https://blog.goo.ne.jp/minami-h_1951/e/0c74cdbda270955f9fd197b2c91c1bd8
4、歳出(2024年度当初予算)
歳出総額113兆円のうち、国債費(利子および元金返済)は27兆円を占める。また、地方交付税交付金も18兆円にのぼる。国債費と地方交付税交付金を合わせた計45兆円は、国にとっては右から左へ自動的に流れていってしまい、自由に使うことができないお金である。その残りの68兆円が国が自由に支えるお金ということになる。
国が自由に使える67兆円のお金は「一般歳出」といわれる。このお金で、公共事業、社会保障、教育、防衛などを行なっている。
歳出額の大きい順に並べるとつぎのようになっている(コロナ対策費を除く)。
@社会保障費(38兆円)
この膨大な金額を扱っているのが厚生労働省である。
A国債費(27兆円)
27兆円のうち利払い費は 10兆円にのぼる。もし今後日銀が金利を引き上げれば利払いも増える。
B地方交付税交付金(18兆円)
地方交付税とは、全国どこに住んでいても、最低限の行政サービスを保障するために、国が集めた税金の一部を地方に交付する制度である。 日本の中で一人当たりの所得が低い県は、鹿児島、宮崎、沖縄などなどの各県で、一番貧しい鹿児島は東京の約半分程度の所得しかない。地方交付税とはいわば「田舎への仕送り」ということができる。
一方、不況対策や内需拡大、社会資本充実の観点から公共事業には、約6兆円のお金が使われている。また、防衛関係費は8兆円と一般会計の7%を占める 。
4、財政投融資
財政投融資はその規模が大きいため「第二の予算」とも呼ばれている。ただし、財政投融資は一般会計とは次の3点で違う。
@一般会計の目的は、資源配分機能、所得の再分配、景気の安定の三つだったが、財政投融資の目的は、資源配分機能と景気の安定である。
A一般会計の財源は租税だが、財政投融資の財源は財投債(=国債)などを発行して調達した有償資金である。したがって、利子を付けて返済する必要がある。
Bおもな融資先は、中小企業、農林水産業、教育、福祉、医療
、空港、高速道路、都市再開発など。これらはいずれも政策的には必要だが、投資リスクが高いため民間では対応が困難である。そこで、財政投融資で長期・固定・低利の資金供給をおこなう。
たとえば道路を作る場合、一般道路は租税を財源として建設され国民に無料で提供されるが、高速道路は財政投融資資金で建設され、利用者から徴収した料金で建設費を返済していく。財政投融資とはいわば、財政政策を金融的手法で行なう手段である。
高速道路の場合、受益者負担の原則にもかなう。
(1)改革前
財政投融資は、これまでは郵便貯金や厚生年金・国民年金等の積立金などを一旦大蔵省の資金運用部に預託し、この資金運用部資金をおもな原資としてきた。しかし、その実態は国民には分かりにくいものであり、
回収不可能なところにも融資をするなど、その運用はずいぶんずさんだったようである。
(2)改革後
2001年、郵政民営化が行なわれ、財政投融資のしくみが大きく変更された。改革のポイントは簡単に言えば市場原理の導入であり、具体的には次のような改革が実施された。
第一は 、郵便貯金、年金積立金の資金運用部への預託義務が廃止され、郵便貯金や簡易生命保険の民営化がなされた。
第二に、財政投融資対象機関である特殊法人の統廃合が実施された。そして、各機関は財政投融資に必要な資金は
基本的には財投機関債(やむを得ない場合は財投債)の発行で市場から調達することとなった。
(3)財投機関債とは?
当初の改革では各特殊法人等が財投機関債を発行し、自己資金を調達することとなっていた。しかし、実際には特殊法人が金融市場から直接資金調達をすることには体力的に無理があった。そこで、多くの場合財政投融資資金特別会計が発行する財投債という国債(政府保証あり)によって一括し資金を調達し、各機関に融資する方法がとられている。
5、公債残高の累増問題
1.とどまるところを知らない国債発行
わが国が最初の国債発行に踏み切ったのは40年不況のときであった。政府は昭和40年度補正予算で総額2590億円の赤字国債を発行する特例法を成立させた。
翌1966年度からは建設国債が毎年発行され、1973年のオイルショックのあと1975年度からは赤字国債も発行されるようになった。その後、20年あまり毎年、平均約10兆円の国債を発行してきた。
バブル経済崩壊後、国債発行額は急拡大し、この結果、2024年現在、国債発行残高は約1105兆円にものぼっている。これは1万円札を積み上げると 1万1千q以上となる。北海道から沖縄までの距離が約3000qであるから、2往復近くできる距離である。
財政赤字を各家計にたとえれば、住宅ローンを抱える家計が、1年に1130万円必要とすることろ、収入が780万円しかないために、 350万円の借金をしているようなものである。
公債残高の増加は利払いや元金返済などの国債費を増加させ、財政の硬直化を招くほか、将来世代への負担を残す。不況期に公債を発行するというケインズ政策は、議会制民主主義と相容れないとするブキャナン教授らの批判は傾聴に値する。
(コラム)1兆円というお金
日本銀行大阪支店を訪れたことがある。そこで生まれて初めて1億円の札束を見た。床に積み上げれば高さが1メートルになるが、運びやすい形にビニールパック詰めされている。持ち上げてみる。ずしりと重い。10キログラムあるという。平均的なサラリーマンが一生かかって稼ぐ所得が3パックか4パック。
われわれが日常生活でイメージできるお金は1億円までである。では1兆円とは?
かりに毎日100万円使っても、全部使いきるには2700年あまりかかる!! |
2.政府債務の限界
では、日本経済はいったいどのくらいの負担に耐えられるのか。
もし国債の買い手がつかなくなると、価格は暴落し、金利は上昇する。国債価格が暴落し金利が急騰すれば、企業の資金繰りは急速に悪化し、株式市場は暴落し、為替市場で円も暴落する。債権・株・為替のトリプル安である。また、金利の上昇により、一般会計にしめる金利負担は加速度的に増加し、この面でも日本財政は破綻の危機に直面する。
そうなれば、政府は財政法を改革し、日銀引受の国債発行に踏み切らざるをえなくなり、ハイパーインフレに襲われる。そして為替レートは一挙に円安になる。
3.増税もインフレも同じ
医者が「この患者はもうすぐ死ぬ」と予測して、それが当たったからといって手柄にはならない。治療に成功して初めて名医である。経済学もこれと同じである。財政赤字を解消する方法は、基本的には
@歳出を削減する
A増税をする
Bインフレを起こす
の3通りしかない。
もし、@Aの努力で解決できなければ、最後の手段はハイパーインフレである。「借金を返済できなくなったらインフレ」ということは歴史の教えるところである。しかし、増税もインフレも、国民が負担するという点では全く同じである
ことを忘れてはならない。借金をチャラにするということは、必ず誰かがそれを払うからチャラになるのである。
インフレの場合、銀行にお金を預けている人やお金の貸し手(=国債保有者)が大損をする。そしてその富 は借り手や土地保有者に移転される。すなわち、預金者や国債保有者を犠牲にして、政府が得をする。銀行に預金しているのは国民である。国債を保有しているのは銀行であり、そのお金は元々国民の預金である。結局、国民が負担しているという点では、増税と全く同じなのである。
ただ、インフレの場合、その負担がだれにどのくらいかかるかはっきりしない、という長所(?)がある。政治家の頭の中には、もうすでにインフレにするプログラムがインストールされているのかもしれない。ソ連が崩壊し、そのあと2600%のインフレを経験したロシアだって、それでつぶれたわけではない。
政治家は、腹の底では「最後はインフレを起こせばいい」などと思っているのかもしれない。そういう事態を予測して、5億円・10億円以上を保有する富裕層は、すでに円資産を米ドルなどの外貨建資産や金にに乗り換え、リスクヘッジを終えているとも言われている。
(参考) 日本国債の格付けに興味のある方は次のサイトをご覧ください。
日本国債の格付け
(コラム)
10年ものの国債の金利
代表的な長期金利として10年ものの国債の金利がある。今、1%前後で推移している。一般的に、景気が悪くなると安全性の高い国債が買われ、国債価格が上昇し、国債の利回りが低下する。つまり、「国債の利回りが低いと景気が悪い、国債の利回りが高いと景気がいい」、という判断材料の目安になる。
ただし、国債を発行しすぎて買い手がつかなくなり、国債価格が暴落しても利回りは上昇するから、そのあたりの判断は注意を要する。
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(コラム)
インフレ時の資産運用
財政が破綻してインフレになると、金利が急騰し、最初は株式市場も暴落する。しかし、ンフレが本格化すると、やがて余剰資金は株式市場に流れ込み、株価は上昇に転じ、強力なインフレヘッジとしての機能を果たすと考えられる。また、外貨・土地・・金もインフレヘッジとして有力とされる。 |
6.その他の課題
1.高齢化への対応
今後日本は急速に人口の高齢化が進む。それに伴い、年金や医療費などの社会保障給付費が今後急速に増加する。1990年度47兆円だった社会保障給付費は、2024年度には138兆円にのぼっている。今後も増え続ける社会保障給付費の財源の確保をどうするかが課題である。
2.税の不公平
所得税は、「収入」から「経費」を引いた「課税所得」に一定の税率をかけて計算される。税務当局が実際の課税所得の何%を捕捉しているかを「捕捉率」というが、働いている人の約8割を占めるサラリーマンの捕捉率はほぼ100%に近
く、自営業者は5〜6割、
農家にいたっては捕捉率は3〜4割程度といわれる
。このことから税の不公平は象徴的に「トーゴーサン」とか「クロヨン」とかよばれる。直接税中心主義のわが国では脱税という不公が起こりやすい。
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