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図書新聞1996/01/27
個人としての人間が世界とどのように係わりあうか——ダニエーレ・デルジュディチェ『地面から影を切り離して』

94年の秋にボローニャの書店から送らせた段ボール四箱分の本が、昨年の暮れにやっと届いた。あの頃はウンベルト・エーコの三冊めの小説『前の日の島』、そして日本でも『聖女チェレステ団の悪童』が翻訳されたステファノ・ベンニの短編集『最後の涙』が出るなど、話題作に事欠かなかった。が、その後の売れ行きだけをみるとスザンナ・タマーロの『心のおもむくままに』のヒットを越える作品はいまだに出ていないようだ。

カルヴィーノの後に続く世代に属するダニエーレ・デルジュディチェの『地面から影を切り離して』(原題 Staccando l'ombra da terra)が出たのもその頃だ。もし、八つの物語からなるこの小説が、空を飛ぶことをめぐる考察だとか飛行哲学と人生の寓話だなどと言うならば、実際の航空用語を巧みに用いた作品に対してあまりにも抽象的な見方をすることになるだろう。ここで空を飛ぶのはジョナサン・リビングストーンではなく、プロペラ機の操縦士、つまり「船員」がかつて「船乗り」と呼ばれていたような意味で、ジェット機時代の「パイロット」と対立する「飛行機乗り」である。飛行機という機械と人間とが幸福な関係を取り結ぶことのできた時代の名残りとも言える。

初めての単独飛行の経験、飛行機事故の幽霊、雲の中で迷う話など、それぞれの物語によって、語りは錯綜した二人称となったり回想する一人称となったりする。大仰な身振りのヒロイズムとは無縁の抑制の効いた文体は背景に叙情性を作り出す。そして、操縦士による風景と気象の認識という(後期カルヴィーノふうの)「知覚」の問題と並んでそこに見えてくるのものは、個人としての人間がいかに世界と係わりあうかという「行動」のテーマである。最後の物語でサン=テグジュペリが登場するのも、ある意味で自然なのかもしれない。

春に出版されるという短編集を待ちながら、サン=テグジュペリを読み返しておこうか。


Daniele Del Giudice, Staccando l'ombra dalla terra, Einaudi, 1994.

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