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図書新聞2008/12/27
海外文学・文化2008回顧(イタリア)——新しきもの変わらぬもの――新進気鋭の受賞作家と社会派の伝統を受け継ぐベストセラー

2年前の出版だが、ロベルト・サヴィアーノ『ゴモラ』の人気は続いている。犯罪組織カモッラを告発したノンフィクション小説は日本を含め42カ国で出版され、ガッローネ監督による映画は今年カンヌでグランプリを受賞した。あまりの反響にカモッラから暗殺予告が出され、著者は国外への移住を検討しているという。やはりカンヌで審査員賞を受賞したソレンティーノ監督の映画『ディーヴォ』は、政治権力の象徴的な存在、89歳の終身上院議員ジュリオ・アンドレオッティを主人公に、政治の裏側とシチリアマフィアとの関係を描いている。冷徹で謎めいたアンドレオッティ像は、権力が持つ悪と善、真実と虚偽の矛盾を体現する怪物である。こうした作家や監督は、シャーシャやロージなど政治と犯罪の関係に切り込む社会派の伝統を受け継いでいる。

今年、読者・批評家の両方から支持された小説のひとつが、26歳という最年少記録でストレーガ賞を受賞したパオロ・ジョルダーノ『双子素数の孤独』(モンダドーリ)だ。ずば抜けた数学の才能をもつが孤独なマッティーアと、スキー事故で脚に障害のあるアリーチェのふたりが出会い、惹かれながらすれ違う。隣りにいながら決していっしょになれない「双子素数」という比喩が、大学院で素粒子を研究している作者らしい。自傷癖や拒食症など不安定な行動を通じて現代の思春期を描くジョルダーノに対して、やはりストレーガ賞候補となったのリディア・ラヴェーラ『冬の誘惑』(ノッテテンポ)は、巧みな設定で初老の男女の心理を物語る。離婚して典型的な「男やもめ」の雑然とした生活を送っていたミケーレの家に、ソフィーと名乗る女性が半ば強引に住み込み家政婦として働きだす。彼女の完璧な働きぶりと意外な教養の高さに、恋愛感情とは無縁のミケーレも誘惑されてしまう。主人とメイドの微妙な駆け引きと、後半で明かされるソフィーの行動の謎解きがおもしろい。

最近、サルヴァトーレ・ニッフォイや推理小説のマルチェッロ・フォイスなどサルデーニャ関係の作家の活動が目立つが、カリアリ在住のミレーナ・アグスもそうした一人で、今年発表した『お父さんの翼』(ノッテテンポ)ではサルデーニャの人々の生活が、語り手の少女の視点から方言をまじえて語られる。ラヴェーラやアグスの小説が属するノッテテンポ社http://home.edizioninottetempo.it/の叢書は透明感のある装丁、大き目の活字などの工夫が見られるが、このノッテテンポは出版界の歴史大物ボンピアーニとエイナウディのそれぞれ娘と孫にあたる女性二人が2002年に設立した新しい出版社で、創作作品から思想哲学など多岐にわたるカタログは今後期待できそうだ。

4月の総選挙でベルルスコーニが政権に返り咲いた。改革を掲げる教育相ジェルミーニが教育予算を大規模に削減する方針を打ち出したことで、教員・学生による反対デモが各地で続き、小学校から大学まで教育界を揺るがす騒動はおさまりそうにない。イタリアでも、子供たちの陰湿ないじめがインターネットも絡んで社会問題化している。パリやプラハを訪れる高校生の修学旅行に33歳の作家が同行したルポ、アンドレア・バイヤーニ『明日学校はない』(エイナウディ)はそうした現場取材の成果である。片手には携帯を持ち片耳でiPodを聴きながら会話するデジタル世代でも、夜はホテルの部屋で夜更かし、昼は美術館のベンチで転寝、バスの車内では歌っているか寝ているという旅行風景は変わらないようだ。

文学フェスティバルでは朗読会がよくあるが、有名なのは喜劇役者ロベルト・ベニーニによるダンテ『神曲』の朗読である。『ライフ・イズ・ビューティフル』の監督として知られる彼が2001年以来各地の大学や広場で始めたパフォーマンスは大人気となり、昨年のノーベル文学賞候補になったほどで、今年はヨーロッパやアメリカなど国外公演が企画されている。ロベルト・ベニーニ『私のダンテ』(エイナウディ)を読むと、堅苦しいイメージのある『神曲』をシンプルな舞台で語って魅力を引き出すその演技は、文学の深い知識に支えられていることがわかる。700年前の庶民が暗誦したベストセラーの言葉が持つ肉体性、笑いと感動が、ダンテと同じトスカーナ生まれのベニーニによって甦ったといえるかもしれない。


Paolo Giordano, La solitudine dei numeri primi, Mondadori, 2008; Lidia Ravera, Le tentazioni dell'inverno, Nottetempo, 2008; Milena Agus, Le ali di babbo, Nottetempo, 2008; Andrea Bajani, Domani niente scuola, Einaudi, 2008; Roberto Benigni, Il mio Dante, Einaudi, 2008;

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