___シャラン!


今、鈴の音が夜空を渡り、ドンと、深く、太鼓の振動が響く。
血の様に紅い、満月の下で、<仮面の道士>が舞う。
微笑の仮面で素顔を隠し、啜り泣きを高笑いに変え、狂ったように、道士は舞う。
そんな<仮面の道士>の傍で、<堕ちた聖者>は、伸びやかに謳い上げるのだ。
かつての出来事を。


「シャルロット、聞いてくれ、仮面の道士の正体を。
かつて、聖都ウェンデルには、二人の司祭が居た。
お爺様の光の司祭様と、闇の司祭のベルガーだ。
光と闇は表裏一体。
かつて、光と闇の司祭は、二人で聖都を守って居た。

だが、ある時。
光の魔法では治す事の出来ない、不治の病に侵された少女を、何とか救いたいと考えた父は・・・。
<禁断の闇の呪法><転生の秘法>の解明に、のめり込んで行った。
父は、やっとの思いで、秘法を解明する事が出来たが、時すでに遅く、少女の命を救う事は出来なかった。

父は<禁断の闇の呪法>に手を出した事で、聖都を追われた。
仮面の道士の正体は、闇の司祭・ベルガーなのだ。
怪物は、私の父なのだ」


不気味に体を揺らしながら<堕ちた聖者>は続ける。
俺の隣に居るシャルロットは、其の言葉に、示し合わせるように応じて居た。


「・・・ヒース!
もう、しゃべっちゃ、だめ・・・!」


腹の底から響くような、太鼓の音が、舞台中に響き渡る。
演技と解って居ても、辛すぎる記憶に、少女の顔が歪んだ。
オオン、と道士の咆哮が、深い闇へと響く。
過ぎた過去の、再生に過ぎないはずの舞台。
其れが現実味を帯びて行く。


「マナの剣は、使い手の心を映す鏡。
善にも悪にも染まる。
私は、光の司祭様に、長年、神官としてお仕えしてきた。
けれども、光の力では、救う事が出来ない・・・。
闇の世界の、深い哀しみや、憎しみが、此の世界には在ると知ってしまった。
そして、私は、女神に背くという罪を犯し、自らの心を、闇と悪に染めてしまったのだ。
神聖なマナの剣を、悪に染める、大罪を犯してしまったのだ」


シャラン___。


そして<堕ちた聖者>は、鈴の音と共に、懇願をするのだ。
『もう一度、マナの剣を、善なる光に染め上げて、どうか、私の罪を裁いて欲しい』。
私の心が闇に堕ちる前に、私を救ってくれ』と。

けれども、シャルロットは、首を横に振るばかりだ。
出来る訳が無いと、涙を堪えて居る。
『ヒースは<堕ちた聖者>なんかじゃない』。
『シャルロットの<最も大切な人>に、そんな事は、出来る訳が無い!』と。
隣で何度見ても、俺は、この最期に慣れなかった。


「戦いを通じて、君達が、私の心を呼び戻してくれたから、自分を取り戻す事が出来たが・・・。
このままでは、私は、再び闇に堕ちるだろう。
だから、シャルロット・・・さようなら。
君なら、きっとやれる。
光輝くマナの剣で、私を女神様の処へ送ってくれないか。
___お願いだ」


一瞬だけ、正気を取り戻したヒースさんの、深い哀しみを湛えた決意が、シャルロットの断罪を乞うた。
毎年の、決まり切った、台詞と演技。
だというのに、俺は、顔を背けてしまう。
その時、<堕ちた聖者>役の動きが、揺らめいたかと思えば、フと止まる。
役者が、揺れと静止を、何度も繰り返した。


あんな振付は、毎年あっただろうか・・・?

隣で見ているだけの<女神の騎士>役の俺には、妙な動きがすぐに解る。
けれども、シャルロットは、辛い演技に精一杯で、役者の動きには眼もくれない。
歯を食いしばったまま、台詞に夢中だ。


「・・・やだ!
ヒースを、きるなんて・・・。
・・・できるわけがないよ!」

「だけど・・・シャル・・・ロット・・・さあ、早くしないと・・・。
そうしないと・・・私は・・・。
もう・・・」


次の台詞は、何時までも来なかった。
一方で、<堕ちた聖者>は、不気味な揺れを止めない。
此の妙な動きと、台詞の静止は、一体何だ?


「デュランしゃん。
あんなセリフ、きいてまちた?」

「・・・いや。
台本には無かったな・・・」

「・・・アドリブにしちゃ、やりすぎでちね」


流石のシャルロットも、劇の進行が妙な事に、もう気が付いた。
それでも、このまま、止まっている訳には行かない。
俺達は、次の台詞が来る物として、予定通りに、背中合わせで立つ。
シャルロットは、仮面の道士を。
俺は、堕ちた聖者を。
女神の威信を掛けて、打ち破る為に。

再び、シャルロットの顔が、苦悶で歪み始める。
コイツには、出来るなら、打ちたくは無い芝居だ。
・・・無理も無い。


「ああ、ヒース!
ごめんね、ほんとうに、ごめんね・・・。
だけど、そのままじゃ、くるしいよね・・・?
いま、ひかりのもとへ、おくってあげる。
めがみさまのところで、たいせつなひとには、しあわせになってほしいから・・・。
だから、シャルロットは、もう・・・。
______にげない!」


其の時。
堕ちた聖者の動きが、ピタリと止まった。
次の台詞は、もう、完璧に来なかった。
不気味な沈黙が、会場中を支配して居る。
松明の音だけが、パチンと鳴った。
シャルロットも、止まって居る。
行き場の無い聖剣の切先が、天を突きながら、グラグラ揺れて居た。

そして、雷鳴が鳴った。
閃光が、幾度もアストリア湖に落ちるのが、舞台の壇上から、ハッキリと観えた。
同時に、ザンッと鈍い音がして、突然の豪雨が会場を襲う。
___嵐だ。


「えっ、あめ?
どうして、さっきまで、あんなにはれてたのにい~っ!」


頭を抱えたシャルロットの向こう側で、観客達が、次々に悲鳴を上げ、逃げるように席を立った。
雨に怯えて、踵を返して行く。
それなのに、仮面の道士は、舞いを止める事が無い。
唯ひたすらに、狂い続けて居る。

其の時、道士の隣の、堕ちた聖者の役者が嗤った。
異常な舞台が、いつまでも続いたまま、終わる事が無かった。
俺は、翳していた剣を下し、役者達に向かって、雨の中で、当然の判断を伝える。


「・・・なあ、お前ら!
こんな天気だ、もうこれ以上は、演らんでいいだろう?
ズラかろうゼ、今夜は中止だ!」

「___17年前」

「?!」


けれども、役者は、台詞を止めない。
こんなセリフは、台本には無いはずだ。
だからだろうか、役者の声に、隣のシャルロットが固まった。
小さく息を飲んだ後、小道具に過ぎない聖剣を、雨の向こうへ翳し、唸る。


「おっさん、なにいってんでちか?
いけまちぇんねえ、たちのわるい、いたずらは。
こりゃ、コントじゃないんでちよ。
アンタ、ハリセンの、えじきになりたいの?」

「・・・悪戯では無いよ。
そんな事ぐらいは<今の君>でも解るだろう?
シャルロット・・・」

「!」


雨の帳が、一際、大きく鳴る。
落ちる滴の向こう側で、二人の聖者が嗤って居た。