1カ月後
幻惑の樹海
『噂では、火山島ブッカの西の島・・・。
幻惑の樹海にある、古の都ペダンには、もっといい武具が在るそうですよ?』
此れは、ネコ族のジョゼフィーヌが教えてくれた情報だ。
其れを頼りに俺達は、ブッカの西へと向かって居た。
其処には、鬱蒼と茂る熱帯雨林が、何処までも続いて居る。
亜熱帯地方の植物独特の、野性味が溢れた樹海だ。
同じように、緑豊かでも、ローラントの森とは全く違う。
高いヤシの木は太く、軽く3メートルは超えて、密集して居る。
おかげで昼間でも薄暗い。
あちこちから、蟲が群れで飛び立ち、遠くからは獣の遠吠えが響く。
湿気が異常に高く、一日に一回はスコールが降った。
「・・・ホークアイ。
本当に、此処にペダンが在るのでしょうか?」
此処まで深い樹海の中では、都どころか、人一人すら、住めはしないだろう。
隣でリースが首を傾げた。
モチロン、俺だって、俄かには信じがたい。
得体の知れない生き物になら、出逢ってしまいそうな場所だと想う。
にも関わらず、こんな所に、大国で作られた武具より、優れた物を作る都が在ると言う。
___そして。
『覚えて置きなさい、ぼうや。
古の都・ペダンの名を。
時と次元を超え、生死さえも超える国を』
美獣は<ペダン>をそう語った。
ジョゼフィーヌの話を聞く限りでは、ペダンという場所は、国というよりは、古い街のようだ。
噂では、古代遺跡の中に集落が在り、独特の文化を保ちながら、住人達は、ひっそりと暮らして居るらしい。
人口も多くは無いようだった。
「・・・いやー、そりゃ、ガセじゃねえか?
だって見ろよ、ホークアイ。
此の森、蟲か、虫か、変な生き物か、やっぱり蟲しか居ねえじゃねえか!」
デュランが、頭上でブンブン飛び回る小バエを払いながら、唸って居る。
そして、俺の鼻先には、極彩色の蝶が止まるのだった。
蝶の羽は宝石みたいに綺麗だ。
リースの頭には、可愛い小鳥が止まって居る。
「クソッ。
差別だっ。
なんで俺の頭にはハエなんだ?」
「くすくす。
デュラン、ハエだけじゃないですよ。
ほら、足元」
「へ?
・・・でエッ!」
で、デュランの足には、ズルリと茶褐色の蛇が絡まる。
『ウワッ』とか言いながら、デュランは払おうとするが、ヘビはしれっと絡まったままだ。
しかも、妙に懐いて居る。
大人しく、ふしゅるるるーって、奴の耳元でやって居る。
俺は、自分の指に、大変美しい蝶を乗せながら、デュランに言ってやった。
「ヘビってな、絡むとサ、超気持ちイイんだろ?
バイゼルの夜市で、一万ルクだったぜえ。
いや~よかったな~デュラン。
ヘビにはモテて」
「体感的には、キモイだけだよ・・・。
ああもう」
俺達は、蝶と鳥、ハエと蛇を連れて、深い樹海を進んだ。
其の道のりは、ネコ族の噂だけが頼りだ。
よく気を付けて見れば、人の通った跡がアチコチに在る。
山ではよくある事だが、獣道に目印が在る。
時々、木の枝に、目印の黒い布が巻き付けて在るのだ。
___そして、布の先には。
「・・・。
なんだありゃあ」
___必ず<漆黒の鏡の欠片>が光って居た。
Ⅸ
俺達は、鏡を追い、西へ、もっと西へと進んだ。
樹海の入り口に辿り着いたのは朝だったが、今は夕暮れになって居る。
木々の間から、西日が鋭く照り付ける。
深いオレンジに染まった森に、ギャアと、野鳥の声が響いてゆく。
同時に、鳥達が羽ばたく音が、森の中に木霊して行った。
「・・・!
一体、何でしょうか?
何だか森の様子がおかしいですし・・・。
こ、怖い・・・」
ヤケに騒ぎ出した動物達の気配を察して、リースが怯えた。
珍しい事に、ちょっとビクついて居る。
俺から見ても、此処の空気は、何処かおかしかった。
『得体の知れない戦慄』としか表現しようが無いモノ。
何者かの気配が、濃密だったからだ。
繁みを掻き分け、少し開けた場所に出た瞬間・・・。
巨大なヒト型の石像群。
・・・其れ現れた時から。
石像は、頭だけが崖の岩に彫り込まれており、其の周囲を蔦が覆って居た。
しかも、其の周囲じゃあ、これから『呪いの儀式』でも行われるみたいだ。
例の<黒い鏡>が、幾重にもぶら下がって居る。
鏡は、何処か規則的で、意味深だった。
「ねえ、気を付けて!
みんな。
ペダンの周りは時空が捻じれて居るよ。
巻き込まれたら、<時空の狭間>に、落っこちちゃうかも」
其の光景を目の当たりにした時に、フェアリーが、リースの額から現れた。
フェアリーは、フワリと光を纏いながら、俺達の側に舞い上がる。
妖精は、石像の周辺を漂いながら、俺達に警告を示した。
俺は、フェアリーに尋ねる。
「そりゃどういう意味だい、フェアリー?
時空って、時間と、それから、空間の事だよな。
でも、そんなもの・・・。
どうやって捻じれるんだ?」
「ごめんなさい、ホークアイ。
時空の魔術は高度過ぎて、私には、詳しく解らないの。
でも、とにかく、歪んで居るよ。
其れだけは解るの。
とても不安定で、危険な事だけは、私にも言えると思うわ」
フェアリーは、警戒をしながら、石像の周囲をグルリと回った。
同時に、周囲では、再び獣達の鳴き声が鳴く。
鳴き声を聴いたデュランが、まだヘビに絡まれたまま、ビクッとした。
そして、頭をヘビにかじられながら、苦笑いをしつつ、提案を始めたのだ。
「・・・でもよ、今から引き返したって、もう夜だぜ。
此処は男らしく、どんな場所だろうが、野宿を始めないか?」
「えっ。
こ、此処でですかっ?
デュラン・・・」
「まあ、そりゃあ、不気味な場所だがな。
でもよ、ホラ、ココを見ろよ、遺跡の奥の方・・・。
誰かが寝泊りした跡が在るぞー?」
デュランは、ようやく、ペッと蛇を傍らに投げた。
そして、石像の奥へと消えた。
どんどん進むデュランを見たリースは、一人で置いて行かれるのが、怖いみたいだ。
慌ててデュランの背中を追って行った。
二人の後ろにフェアリーが続く。
俺も、とにかく、二人に付いて行こうと思った。
___其の時だ。
フと、石像の眼が、片方だけ透明な事に・・・俺が気が付いたのは。
よく見ると、眼の表面が、茶色の硝子みたいになって居る。
更に、硝子の奥には。
「・・・!」
ビッシリと<観た事が無い素材の管>が詰まって居た。
しかも、妙な管は、薄く光って居る。
光のラインが幾つも走り、まるで、血流のように動いて居る。
恐ろしく複雑なシステムを持つ血管。
人工的な管が、脈打ちながら、硝子の奥で、鈍く光り続けて居るようだった。
「・・・コレ。
俺、何処かで見た事があるような・・・?」
ソイツは何処だっただろう。
俺は、記憶を思い出す為に、顎に手を当て、足をトントン叩いた。
コイツは、黙考する時の、俺のクセだ。
こうすると、頭がチョットだけ、冴える気がするんだ。
ホント、ちょいとダケな!
すると、僅かながら、記憶の片鱗が頭をかすめたような気がした。
___其の時だ。
突如『グニャリ』と俺の視界が歪んだのは。
グニャリ グニャリ グニャリ グニャリ
突如、吐き気がするほどの回転感が、俺の身体を襲った。
今、視界一杯に広がる石像の顔が、不気味に嗤った気がした。
石像の瞳が、嗤って居るように見える。
同時に、割れるように頭痛がして、俺の足元が崩れて行った。
浮遊感と、血が逆流するような戦慄が、俺の身体中を走る。
同時に、記憶の奥で、石像の瞳と、巨大な宝石が重なる。
そうだ・・・。
アレは、確か・・・。
ローラント城の地下で見た・・・。
「___風の!」
其の時、俺の視界が、黒一色に染まった。
鈍い音と共に空間が割れる。
ウネリながら、景色が巻き戻り始める。
さっきまで、右に揺れていたはずの木の葉。
ソイツが風も無いのに、左へ巻き戻った。
たった今、石像の奥に消えた、デュランとリース。
二人が全く同じ動作をしながら、行動のが総てが、逆さまの状態で、巻き戻って行った。
今、デュランの肩に、投げ捨てたはずの、蛇が戻る。
二人と。
そして、なんと、俺が。
森の東に消えて行く。
全ての行為が逆行をした、空間の中を。
「!?
んなバカな・・・。
一体こりゃ・・・どういう事だあっ!?」
だって、俺は、此処に居るじゃないか。
それなら、二人と巻き戻っていくアイツは、一体、誰なんだ?
「待ってくれ、リースッ、デュランッ。
本物の俺は、此処に居るんだあっ!」
『ヘビってな、絡むとサ、超気持ちイイんだろ?
バイゼルの夜市で、一万ルクだったぜえ。
いや~よかったな~デュラン。
ヘビにはモテて』
「・・・!」
俺の姿をしたソイツは、呑気な事を言いながら、森の奥へと消えた。
リースも、そして、デュランもだ。
次の瞬間、一斉に、周囲の鏡が鳴った。
リン___
リンリンリイイイ___ン
透明な音と共に、いつの間にか、俺は黒い鏡に囲まれて居た。
漆黒の鏡は、道中で発見した、小さな欠片では無かった。
俺の全身の四方八方を取り囲むかのような、ドデカい鏡だ。
今、磨き上げられた、黒の表面に、八人の俺が映って居る。
そして、鏡の中に居る8人の俺は、本体である俺を、映して居る訳じゃあ無かった。
それぞれが、全く別の動作をして居たからだ。
ある俺は、幸せそうに笑って居る。
別の俺は、怒りを露わにしながら、敵にダガーを突き付けた。
そして、3人目は・・・。
深い悲しみに沈んで居る。
コイツは・・・一体。
何が起こって居るんだ?
俺自身を8人も見せつけられ、状況が全く解らなくなって、俺の思考も、行動も、止まる。
其の時、俺の頭の中で、声がしたんだ。
同時に、石像と、眼が合ったような気がした。
今の俺は、鏡の中の、何人もの俺に囲まれて居る。
其の鏡の向こう側の像が、俺に語り掛けて来た気がしたのだ。
声は言う。
___まるで<呪い>のように。
此あれば、かれ在り。
因には、果在り。
そは、多次元を貫く法則である。
次の瞬間。
___俺の身体は、鳥になった。
空中を、斬って飛ぶような感覚が、俺の身体中を、突き抜けて行った。
衝撃で、眼を閉じる。
そうして、いつまで、ギュッと強く、瞼を閉じて居ただろう。
眼を開けるのが怖かった。
けれども、いつまでも、瞳を閉じている訳にはいかない。
俺は、恐る恐る、瞼を開く。
すると、其処には。
______都。
今、俺の周囲には『一体、何階あるんだ!?』と言うくらい、巨大な塔が立ち並んで居た。
建物は、総て、黄金色の鉱物で出来て居る。
俺が17年生きた中で見た、一番高い建物は、ローラント城だ。
だが、あの城は、山自体を利用して造られた建物だった。
建物自体は、せいぜい5、6階だった。
けれども、今の俺を取り囲み、何処までも続くかような、塔の群れは・・・。
一番低いモノでも、20階は有りそうじゃないか。
一番高いヤツは・・・3倍もある!
都の中で、最も高い塔の上を、巨大な戦艦が、ゆっくりと通過してゆく。
ゴウンゴウンと、低い機械音を轟かせながら、空中戦艦が、旋回をして行った。
そんな空から、地面に目を移せば、何故か、俺は、目抜き通りに立って居る。
見た事も無いような、華美な装飾の人々の群れが、通りにはひしめき合って居た。
通りの中央で、人ゴミにこづかれながら、今の俺は、何とか立って居る有様だ。
やがて、俺の傍に居た男の一人が、空の舟を指差した。
「空中要塞、ヴェル・ヴィマーナの出陣だッ。
万歳、万歳!
我らのペダンに勝利あれ___!」
(!
空中、ヨウサイ?)
俺は、頭をブンブン振って、眼をギュッと閉じ、それからもう一度、空に浮かぶ舟を見た。
確か、あれも・・・。
ええと、似たような物を・・・。
何処かで見た事が、あるような、無いような・・・。
其の時、俺の脳裏に<忘却の島>の浜辺がよぎった。
俺の故郷じゃあ、見た事も無いような、巨大な空を飛ぶ戦艦。
舟が、島の上空を<ヴェル・ヴィマーナ>と同じように、ゆっくりと旋回してゆく、記憶。
其の舟から、人の声が大きく響いた事も思い出す。
・・・そうだ。
其れは、確か、魔法大国アルテナの、紅蓮の魔導師の声だった。
『アッハッハ!
<古代魔法>を掛けたでは起動しなかった<マナストーン>が・・・。
お前達のおかげで、エネルギーの放出を始めてくれたよ。
これで、我がアルテナが誇る、空中要塞ギガンテスで、聖域へと侵攻を開始出来るようになった・・・!』
そして、今は、俺の頭上から、俺の全く知らない女の声が、知らない都に響いて居る。
女は、演説を、熱く語った。
熱狂する群衆に向かい、彼らを誘導するように・・・・・・。
「聴け!
私の愛する、同胞達よ。
これより、ペダンは、砂漠の貴族、ナバールの名将達と共に、ファ・ディールを制すッ。
いつまでも、小国島国と侮られ、ペダンの高い技術を、大国に奪われる必要は無いッ。
我らは、ナバールと共に、大陸からの自由を奪おうではないか!」
オオ___!
群衆が、一斉に湧いた。
ピイイと口笛が弾ける音、『戦え』『自由だ』と叫ぶ声が木霊す。
身なりは滅茶苦茶いいクセに、下卑た声と仕草の連中が、動物の群れのように、傾いて行った。
群衆は、人間の集団と言うよりも、野生の狼や虎の群れみたいだ。
其の人々を、舟の声が操って居る。
俺は、目前の景色を、唖然と見上げて居た。
つまり・・・コイツが一体・・・。
何なのかが解らなくて。
其れでも、今解る事が、一つだけ有る。
其れは、此の場所が<古の都・ペダン>である事。
それだけは、軋み続ける俺の頭でも、理解が出来た。
・・・其の時だった。
「・・・ほぎゃっ」
俺の、すぐ隣で、赤ん坊の泣き声がしたのは。
泣いて居る赤ん坊を『あーよしよし、泣かないで』とあやす、若い夫婦が居る。
片方は、紅くて露出の高い服を着た、スゲエ美人だ。
もう片方は、落ち着いた物腰の、おっとりしたカンジの男。
スゲエ美人の旦那さんであろう、おっとり男が、紫の髪の赤ん坊を抱き上げて居る。
そして、美人に、ちょっと困ったように、語り掛けて居た。
「やっぱり、ホークアイを、こんな所まで連れてきたのはマズかったね。
今回は偵察だから、家族連れの方が、怪しまれなくていいんだけど。
でも、ファルコン。
生まれたばかりの赤ちゃんと、偵察の任務は・・・。
ちょっと可哀想じゃないか?」
「サンドアロー!
私は、何度も言っただろう。
ホークアイは、2歳まで、母乳で育てるのだ。
此処まで連れて来なきゃ、ミルクをあげられないじゃないか・・・」
「・・・で、でも。
敵地だよっ?」
サンドアローと呼ばれた男が『ホークアイ』という名の子を連れて、群衆の奥へ消えて行く。
其の背中を『ファルコン』が追いかける。
そして、俺は一人、人ゴミの中に取り残され___。
「・・・。
いや、ちょっと待て・・・。
・・・待ってくれ!」
ファルコンの背中を、次は、俺が追いかける羽目になった。
もう、俺の頭の中は、混乱して訳が解らない。
だって、たったさっきまで、俺は、仲間とジャングルに居たはずだ。
しかも、ネコ族の噂じゃあ、ペダンと言う場所は、素朴な村のハズだった。
だったら、巨大な空中要塞も、高い塔の群れも無い。
唯、高い性能を誇る、武具が手に入るだけの、少し変わった村。
其れが<ペダン>じゃ無かったのか?
けれども、目前の<古の都>は違う。
今も、空には、舟が浮かぶ。
行きかう人が乗る車が、宙を浮いて、滑る様に走って居る。
道自体も動いて居る。
階段まで動いて居る。
信じられないような道のりを、ファルコンは走る。
___俺と同じ名前の赤子を抱いて。
「待ってくれ・・・。
ファルコンさん!
俺は、貴女の名前を知って居る・・・。
ローラント城で聴いたんだ!」
そして、俺は『ファルコン』と言う名を知って居た。
城の奪還の時、尋問の場で、アルマが口にした名だからだ。
『彼女は、ファルコンと言う名の女だった。
お前は、顔だけだが、よく似て居る』
___そう。
けれども、あの時、アルマの語った『ファルコン』は・・・。
<死んだ>はずだった。
アルマの言葉を信じるならば、故人のはずだ。
俺は、ファルコンと言う名を、一度もフレイム・カーンから、聞かされた事が無い。
イーグルも、ジェシカも、知らない名前のはずだ。
そんな人物は、もしも居たとしても、ずっと過去の事のはずなんだ。
今はもう居ない人物、だから、ナバールでは、誰も語らない。
彼女は、きっと死んで居るはずの・・・。
「・・・ファルコン!」
彼女が、驚いて、振り向いた瞬間。
俺の時が止まる。
だって、本当だ。
アルマの言った通り、ファルコンは、余りにも、俺によく似て居た。
喧噪の中で、立ち止まった、ファルコン。
彼女は、俺を見るとニコリと笑う。
振り向いた後も、俺と真正面から、きちんと向き合うようにして、スッと立つ。
彼女は、にこやかな表情のまま、けれども、諫めるように語った。
「さっきから、少年。
・・・君は誰?
どうやら君は、私を知って居るようだね。
けれども、私は・・・。
君を全く知らないのに」

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