「敵、ナバール部隊の数は、約千人と推定されます」

「幸い、数は少ないのですが、ローラント城には、風の守りと崖が在ります。
我々の人数で、正攻法は叶いません」

「いかが致しますか、アルマ様」


・・・アルマ。
アマゾネスの老女の名前だ。
複数の女の声が、俺の頭上で響いて居る。
俺の事を、とても冷たい目で、刺すように見た、初老の女。
無害そうな見た目とは裏腹に、策謀を感じさせる瞳をして居た、女の声がする。


「ライザ。
お前はどう考える?」

「まずは、正確な情報を得るべきでしょう。
私達は、城内の様子を、もっと詳しく知る必要が在ります。
先日、ローラント城への食料配給ルートは、私の部隊が抑えました。
ナバール軍の配置を調べる事は、可能な状態です」

「よし。
ならば、配給係に・・・中を・・・」


柔らかなウェーブの長い髪と、豊かな身体のラインを持つ、アマゾネス軍の幹部達。
俺は、アルマとライザの足元に、縄で縛られたまま転がされて居た。
まだミゾオチと首筋がズキズキ痛む。
けれども、俺の意識は冴えて居た。









「・・・目が覚めたか、小僧。
お前の名は何と言う?」

「・・・ホークアイだ」


あの作戦会議室らしき場所から、小さな牢まで連行された、今。
俺の尋問が、開始をされて居た。

一体、パロの安宿から、何処をどう移動したと言うのだろう。
寝ていた俺にはサッパリ解らんが、宿では無いのは明白だ。
会議室から牢まで連行された時、一瞬だが、別の牢にも、ナバール兵が捕まって居るのが見えた。
少なくとも、パロでは無いだろう。
周囲には、繰り抜かれた岩しか無い。

此処が何処で在るのかを探りたくて、俺は、辺りを見渡そうと試みる。
だが、俺の試みは、顎をアルマに抑えられた事で、不可能となった。


「・・・ナバールの小僧め。
また、小賢しい事を考えておるな?
無駄な事は止めて置け。
我々アマゾネス軍は、お前のナバールほど、愚鈍な集団では無いぞ。
操り人形の集団のような、愚かしくて汚らわしい、男共の集団など・・・。
すぐに出し抜いて見せるわ」

「・・・ふうん。
アルマさんは、随分と自信家なんだな・・・」

「・・・。
我々は、ナバールが憎いだけだ。
ローラントは、建国以前から、お前達ナバールに、煮え湯を飲まされ続けて来た。
此の千年間、幾度戦を交えたかは知れぬ。
ローラントの資源を寄越せと、ハイエナのように群がるナバールの奇襲に、千年もの間、耐え続けて来たのだ。
だが、今回も、結果は同じ。
最後は、ローラントが勝つ!
・・・それだけの事だ」

(・・・)


___<今回も>?。


其の時、何処か、アルマの言葉が、俺の中で引っかかった。
頭の片隅で『今回も』の部分だけが、妙なリフレインを続けて居る。
何故なのだろう。

けれども、今は、直接関係の無い事を、考えて居る場合では無い。
何とか、アルマの婆さんを出し抜いて、此の事態を切り抜けなければ。

しかし、当然の事のように、俺の全身にはお縄に掛かり、固い椅子にガッチリだった。
其の上、周囲には、幾人ものアマゾネス達が立って居る。
中には、あのライザも居た。
今のライザは、ウェイトレスの姿をして居ない。
リースと同じように、軍の甲冑を身に着けて居る。
ライザは、槍先を俺の喉元に突き付けながら、低く唸った。


「・・・さあ、答えるんだ、ナバールの小僧。
今回のナバールは、誰の力で動いて居る?
やはり、指導者の、フレイム・カーンの意図なのか」

「!」


『フレイム・カーンの意図なのか』。


遂さっきまで、脱出の事ばかりを考えて居た、俺の思考回路が、其の一言で止まった。
どう逃げるかの算段が、まるで頭から飛んじまう。
何故ならば、カーン様が、誤解をされて居たからだ。
ローラントとナバールの戦争を引き起こしたのは、カーン様じゃない。
イザベラだ。


「・・・違う!
フレイム・カーンは、そんな判断を下す首領じゃない。
悪いのは、イザベラと言う女なんだ!
首領の判断がおかしくなったのは、総て、イザベラの<古代呪法>のせいなんだッ」


けれども、ライザは、俺の発言を一笑に伏した。
そして、槍先を俺に突きつけながら、更に迫る。


「ぬかせ。
<古代呪法>だと?
ハッ、冗談じゃない。
嘘を吐くなら、もっとマシな嘘にする事だな、ホークアイ。
フレイム・カーンは、誰かに呪われずとも、昔から、戦と血を好む男。
最近になって、イザベラと言う虫が、もう一匹付いただけの事を、さも原因のように抜かすとは。
どうやらお前は、もっと痛い眼に逢いたいようだな」

「嘘じゃないッ。
<古代呪法>は、本当の事なんだ。
・・・信じてくれ!!」


けれども。
『・・・信じてくれ!』
幾ら、そう叫んだ所で、徒労に終わる事は、俺自身にもよく解って居た。
此処は、風の王国・ローラントだ。
しかも、軍部の中心と来てる。
単なる捕虜の俺が、ナバールをどう弁護した所で、相手にされる訳が無い。
それでも、俺は、主張がしたかったんだ。
___『本当のナバール盗賊団は、決して人を殺したりはしない』と。

物心がつく前から、親の無い俺を育ててくれた、ナバール盗賊団。
盗みはしても・・・。
殺人は、絶対にしなかった。
増して、戦争なんて、やった事は無いんだ。
俺が知らないだけで、昔は違ったのかもしれない。
でも、少なくとも、俺が生まれた後のナバールが、他国の侵略に手を染めた事など・・・。
17年間、ナバールで生きて来て、俺は全く知らなかった。

けれども、俺の主張は、再びライザに一笑されて終わる。
ライザの美しい口元が、憤怒で歪んで行った。


「・・・いいだろう。
其の<イザベラ>の存在は認めよう。
だが、フレイム・カーンの意思は、今回も戦いに在るはずだ。
ナバールは、マナの変動で飢えて、他国から奪うしかなくなった。
<かつてと同じように>。
違うか?」

「!
そ、それは・・・」

「砂漠のオアシスが枯れれば、生き延びる為には、外に活路を見出すしかない。
戦を仕掛ける理由は、今回も同じのはずだ。
ならば、其れは<呪い>だなどと、愚かな事を叫ぶ事より、今は自分を守る為に喋る事だな。
ホークアイ。
もっと痛い目に逢いたいか?
嫌なら、お前が知っている限りのナバールについて、全て吐け!
お前の情報が信じるに足りるならば、命だけは助けてやろうッ!」


ピタ、と。
ライザの言葉と共に、冷たい槍先が、俺の頬に当てられた。
鋭い刃の先が、食い込むように、肌を伝う。
『迷信を、此れ以上喋るなら用が無い』と、次が無い事を告げられて居た。
其の時、俺達のやり取りを、ずっと見守っていたアルマが、フと嗤う。
俺の顎を、ギュウッと、握り潰す勢いで掴みながら、ライザと同じように、低く呟いた。


「・・・私は。
フレイム・カーンの前首領、オウルビークスの時代から、お前達、ナバール盗賊団を知って居る。
確かに、呪われて居るな。
ナバールの歴史は血みどろだ。
あのように痩せた土地で、多くの人口を養うのだから、無理も無い。
だが、其の為に、他国にまで戦を仕掛け続ける、歴代のナバールの族長達を・・・。
お前達が、私のジョスター王の、お命を奪った事を・・・。
私は絶対に許せない」

「・・・アルマ」

「かつて、ナバールにも、たった一人だけ、戦に反対の者は居た。
だが、其れも死んだ」


『彼女だけは勇敢だったよ』


呟いたアルマの目が、一瞬だけ、細くなる。
何処か遠く、懐かしい者を眺めるような、そんな眼差しになった。
アルマの瞳が、俺の姿を懐かしむような眼をしたから、一瞬、鼓動が速くなる。
アルマの婆さんと俺は・・・。
何処かで逢った事があるのか?
・・・いや。
そんなハズは無い。
けれども、アルマは、俺の事を懐かしむ眼のまま続けた。


「彼女は『ファルコン』と言う名の女だった。
お前は、顔だけだが、とてもよく似て居る。
とても美しい女だったよ。
見た目は妖艶だが、心は清らかな女だった」

「・・・」

「さて、ホークアイとやら。
ファルコンを見習って、お前も少しは誠実になる事だな。
ナバールの実情を、今、洗いざらい吐くなら良し。
だが、口を閉ざして、何も語らぬと言うのなら・・・。
賞金首として、死体になって、祖国に売られるだけだよ。
お前にとってのメリットは、火を観るより明らかだが、どうする?」

「・・・。
クッ!」


___ナバールの実情___。


其れは、本当に、全て<イザベラの呪い>なんだ!と。
幾ら言っても、もう、ローラントには通じ無いのだろうか。
ナバールが、マナの変動で飢えたのは事実だ。
そして、動かない事実に対する、俺の答えは<イザベラと古代呪法のせい>。
それじゃあ、全く説得力が無いのも、無理は無い。
俺は、諦め掛けた。
本当に迷信みたいだからだ。

ナバール史・・・。
あの時、イザベラに焼かれて消えた、小冊子。
俺は、遂に読む事が無かったが、もしも、今の俺が、アレを読んで居たならば・・・。
『ナバール盗賊団は決して人を殺したりはしない』と、自信を持って言えたのだろうか。
ナバールの歴史には、 何処にも戦争の跡がなくて、俺は、胸を張れたのだろうか?

今の俺は、一切、肉体的な乱暴を受けて居ない。
にも拘わらず、ずっと、ローラント人から責め続けられて、精神が擦り切れそうだ。

俺の知って居る、生まれ故郷のナバールは、皆、優しかった。
カーン様も、ジェシカも、ニキータも、孤児だった俺を、愛してくれたんだ。
けれども、皆の優しさを証明する術が、もう何処にも無い。
俺は、心の中で、幾度もイーグルに問い掛けて居る。

友よ。
俺は、此れから、どうすればいいだろう?
イーグル、お前なら、どう対処をするんだ?
ローラントに有利な情報を売り、自分だけの命を救うなど、俺にはできん。
かと言って、イザベラの話をしても、誰にも解っては貰えない。
たった一人だけ・・・。
俺の話を信じてくれた子が居たけれど・・・。


___リース___


今、ふわりと、記憶の中で、リースが微笑んだ。
滝の洞窟で出逢った時、ライザと同じように、槍先を俺に突き付けたけれど。
すぐに謝ったり、慌てふためいたり。
何より、俺の言葉を無条件で信じてくれた、風の王国の女の子___。


「・・・・・・ホークアイ!」


ああ、何故カナ。
俺が、無性に、リースの声を聴きたいからかな?
さっきからずっと、リースが、俺を呼んで居る気がするんだ。


「・・・リース様ッ」

(・・・!)


其の時。
顔を上げると、本当にリースが、鉄格子の向こうから、俺を呼んで居るのが見えたんだ。