『フ。
ホークアイ、イーグル、可愛い・・・坊や達。
世、中には知、ない・・・方がいい・・・だっ・・・るのよ。
・・・を知られてしまった以上・・・』
影、ユラリとぼやけた影が、さざ波みたいに囁いてる。
寄せては返す音が、途切れ途切れの、ノイズの音のようだった。
ザリッと、時折、掻き消えながら、一定のリズムを刻んだ、誰かの言葉が紡がれてる。
『親父を元に戻せ!』
『フフフ・・・アーハッハッ!
バカな子・・・だね!』
そして炎が舞いあがる。
轟音をあげながら、誰かが焼かれ続けて居た。
誰?
何故、お前は、燃えて居る・・・?
解らない。
だが、それだけは、もう、止めて欲しい。
頼むから、今すぐ、止めてはくれないか。
俺は、心の臓が潰れそうなほどに祈って居る。
俺の命を代わりにあげてもいい、だから、頼む。
『兄弟の命を奪う事』其れだけは、もう止めろ・・・・・・!
Ⅰ
「やめろ、やめろ、やめ~~~・・・いっ!」
「おはよ~う、ホークアイ!
可愛い俺の弟分よ~っ」
何処かで小鳥の鳴き声がする。
遠くから、焼き立てのパンの香りが漂った。
ガバッと勢いよくめくりあげられてゆく、俺専用のタオルケット。
くしゃくしゃの、真っ白なシーツの波間から、「ニュッ」といつもの両手が割り込んだ。
「・・・。
なんだ夢か。
止めろ、イーグル、朝からいつもの羽交い締めわ。
俺は寝覚めがとても悪い」
「お前が此処まで可愛い弟分なのが悪いんだぞ、ホークアイ。
さあ、ホラ、起きた起きた。
ジェシカが『今朝のパンが焼けた』と言ってたぞ。
焼き立てのうちに食わんと拗ねるから、ホラ」
___【砂の要塞・ナバール】の朝。
毎朝繰り広げられてゆく、いつもの景色が此処に在る。
この規則正しく俺を羽交い締めにする『イーグル』は、俺の兄貴分で、首領の一人息子だ。
昔から、何故か、よく絡んで来る奴だ。
やれ「お前は可愛い弟なんだ」だの「お前は俺の家族みたいなモン」だのと・・・。
周りがドン引きするほどの『熱い心の友』である。
イーグルは、綺麗な真っすぐのブロンドを、きゅっと一つにくくって居た。
砂漠で育っているクセに、白い肌の男前。
瞳の色も、オアシスみたいな、深い蒼だ。
そして、俺より、悔しいほどに、背丈の高い男である。
もし『砂漠の王子様』とか、変なサブタイトルがくっついて居ても、全然、変じゃないほどの、爽やかな兄貴分。
そんなムカツクぐらいのサワヤカ王子が、背後から、ペタペタしながら誘って来る。
「いいから食えよ、一杯あるぞ。
どれがいい?、取ってやるよ!ホークアイ。
オリーブパン、いや、今朝は、シンプルに、パン・ド・ミかー!?」
「沢山食べてね!、イーグル兄さん、ホークアイ!
今朝は上手く焼けたのよ」
そして、イーグルの妹、ジェシカと共に過ごす朝。
この朝のやり取りは、日課のようなものだった。
けれども、此処1月ぐらい前からだが、全く別の『新たな習慣』が加わって居た。
広い大食堂には、粗末な長椅子とテーブルが、ズラリと沢山並べられ、多くの者を収容する。
其の空間には沢山の、若者達が集まってる。
【砂の要塞】周辺の、貧しい村から出稼ぎで【ナバール】にやって来た若者達___。
___傭兵だ。
そんなものを、積極的に、集め始めて居る集団。
其れが、今の【ナバール】だった。
「・・・」
隣に座ったイーグルが、半分の、パン・ド・ミをくわえつつ、変わり果てた、朝の景色をジッと見つめ続けて居た。
オアシスと同じの蒼の眼が、ユラリと揺れて、物憂げだ。
「・・・なあ。
また、兵の数が増えたよな?、ホークアイ。
お前はおかしいとは思わんか。
【風の王国・ローラント】侵攻の件、お前も聞いただろう」
ガチャガチャ音を立てながら、食事の為に、隣の席に着いてゆく、荒くれ者の若者達。
奴らを横目にイーグルは、耳元で囁いた。
其れは、隣の人間にしか聞こえないほどの、ごくごく小さな声である。
イーグルは、軽く、ウインクを決めて居た。
其れは『今から俺の唇の動きを読め』と言う合図である。
昔から在る『盗みの技術』の一つ。
仲間内だけで音を立てずに、コミュニケーションを図る時に使う、ナバール独自の話術である。
其の方法で、イーグルが、今から俺だけに話すと言う事は『ジェシカにも聞かれたくない話題』だってコトだ。
俺は、周囲に聞き耳を立てつつ、イーグルの唇の動きを読んで居た。
「俺は『イザベラ』が怪しいと思う。
先月、アイツが、砂漠で迷った親父を助けてからなんだ。
親父が、侵攻だの、傭兵だのと、言い出したのは___」
其の時、ザワッ!と、周囲が色めき立ちはじめる。
ガタガタ席を立つ音がして、傭兵どもが整列した。
パンを配る、ジェシカの動きも、ピタリと止まる。
其の目が警戒するように、奴らと同じ一点を、ジッと見つめ続けて居た。
___其処には『女』が立って居る。
醜悪なくらいの美貌の女。
女は、禍々しい色気を纏いつつ、首領・フレイムカーンの腕を取って居た。
イーグルが指摘した、例の『イザベラ』だ。
イザベラの姿は蛇にも似て居て生々しい。
確かに奴が来てからだ。
【ナバール】の、朝の景色が、此処まで変わっちまったのは。
イザベラは、まるで、自分が首領であるように、右手をスッと挙げて居た。
途端に、水を打ったかのように、大食堂が、沈黙へと包まれる。
若い奴らの様子を見つめて、イザベラは、深い微笑を見せて居た。
ニッコリと、まるで、獲物を見つけたかような『捕食者の笑み』だった。
イザベラが放つ声は、いつも、腹の底から、響くみたいな音がする。
ヒトを惹きつけ、止まない声が、集まる者の心身を、縛り上げて、統率する。
「・・・繰り返しになる。
だが、私は、何度でも、同志達には伝えよう!
心して聞くがいい!
我が【ナバール盗賊団】は、これより、フレイムカーン王の統治する【ナバール王国】建国を目ざす!
世界規模の【マナ】の変動で、我々の生命線で在るオアシスは、水位を下げる一方だ。
故に私は何度も問い掛けよう。
___『生き延びたいか』と!」
オオオォ・・・・・・!!
傭兵達の喝采が、其の音量を上げてゆく。
乱雑な、刃と刃がぶつかる音がする。
闘志に燃えた、荒くれどもが、ダガーを振って喚き立てる。
不愉快な、鋭い金属音の重なりに、大食堂が包まれた。
だが、イザベラが、再び右手を挙げたなら、すぐにも音は止んでゆく。
場が鎮まるのを待ってから、再び大蛇は語り出した。
「隣国【風の王国・ローラント】は、我々が持たない、生きる為の水源を、豊富に持って居る国だ。
これからも、我々、砂漠の民が、生きてゆくには水が要る。
ならば、我々【ナバール】は【ローラント】から、奪うのだ!
明日もまた、こうして食事をする為に・・・!」
イザベラの演説に、湧き上がる歓声が、更に音を上げてゆく。
俺は聞いてはいられなかった。
そうしてそっと席を立つ。
俺に合わせて、イーグルも、静かに席を立って居た。
こうして二人でひっそりと、大食堂を後にする。
___此れが『新たな習慣』だった。
◆
俺達は、二人で『書庫』を目指して歩いて居た。
【砂の要塞】の地下に在る、一族の蔵書が管理された一角だ。
本は、数は無いのだが【ナバール】が持つ書籍は総て『書庫』に積まれており、全部読むなら一年かかる。
砂漠の強い日差しによる、紙の劣化を防ぐ為、狭い地下の一室に、無造作に積まれた本達は、押し込められて、忘れ去られたかに観えた。
___本が読める。
つまり、識字が出来る人間が【ナバール】には、そうは居ない・・・。
此の【砂の要塞】で、本が忘れ去られた理由の一つである。
けれども在り難い事に、俺には文字が読めたのだ。
俺も、あの傭兵達とは、変わらない。
何処ぞの村で親を亡くして拾われた、天涯孤独の孤児なのに。
「なあ、ホークアイ、やっぱり此処が落ち着くなあ。
お前と、ジェシカと、俺の3人で・・・。
こってりと、親父に絞られて居た場所だしな」
そんな『思い出の場所』でイーグルは、積まれた本を、物色しながら笑ってる。
其れは、何処か、俺達が、幼かったあの頃を、懐かしんで居る横顔だ。
そう言えばだが、イーグルと、よく遊ぶようになってからの事だった。
フレイムカーンが、此の場所で、イーグルとジェシカの教育に、俺も加え出したのは。
首領一家と仲良くなり、いつの間にか、気が付くと、俺まで文字を読んで居た。
ついでに『団員の統率の取り方』やら『リーダーの心構え』だのまでを、ミッチリ習う日々だった。
俺はイーグルと仲がいい。
其れだけが理由でだ。
もしかすると、将来は『片腕に』と、見込まれて居たのカモ?!
そんな風に想うのは、少々、自意識過剰かも。
けれども何だかくすぐったい。
悪どい奴から、金目の物を盗んでは、貧しい者にバラまいてゆく『義賊』の長。
カーン様は、俺達の、輝く憧れだったのだ。
それなのに、厳しくも、優しかった、フレイムカーン様___。
それが今は。
「なあ、イーグル。
やっぱり、こんなの、おかしいよな?
あんなフレイム・カーン様は、ちっとも、フレイム・カーンらしくない」
俺達は、沢山溢れた思い出を、なぞるように囁いてる。
俺みたいな、何処の馬の骨とも解らない、捨てらちまった子だとしても・・・。
カーン様は、何かと世話をしてくれた、優しい首領だったのだ。
其れが、此の一か月『戦争』『侵攻』どうかしてる。
イーグルは、俺の問いには応えないまま、物色して居た手を止めて居た。
そうして『一冊の本』を差し出した。
___<ナバール史>。
タイトルは、其れだけの、とても小さな本だった。
けれども、其の本だけは、他のと比べて、遥かに綺麗な本だった。
一部だが、本物の金を使った、装飾さえもされて居た。
貴重な本を、イーグルは、無言のままで突き出してる。
「?
ぬわんじゃいこりゃあ???
すっげ、いい本、何だコレ!
うひょ~、滅茶苦茶キレイだな~っ!」
其の『チョットしたお宝感』で、思わずシーフの血が騒いじまって、ウキウキする。
妙な『ゲット感』もあったりで、思わず声を上げちまった。
だが、イーグルは、調子づいた俺に向かい、神妙な声音で声掛ける。
「ソイツは、いつかは、俺の物になるだろう。
けれども今は、まだ違う。
<ナバール史>は、親父のもんだ」
「へえ。
それじゃあ、何故此処に?」
「昨晩、俺が盗ったんだ」
「・・・!」
この【ナバール】に、そんなモノが在ったとわ。
17年も暮らして居たのに、全然知らんままで居た。
一応、若手のNO2として、ちょっとは反省してみたりする。
けれどもどうして、イーグルが、わざわざ歴史を盗むんだ?
イーグルは、首領の一人息子なのだから、いつかは必ず手に入る。
頼めば読ませて貰えるだろ。
それが、どうして俺などに、イチイチ見せたりするんだろう?
『そういうの』は、本物の、親子関係だからこそ、口伝されて行くのが【ナバール】の、厳しい掟じゃなかったか・・・。
「なあ、イーグル。
そりゃあ、お前と俺は、兄弟も同然だ。
なまじ血を分けて居る、本物の兄弟よりも、縁は深いと思ってる。
ケド、ソイツばかりは、幾ら俺でも、読んではならないモンだろう?
___【ナバール】の掟に従うなら」
俺は、小さな<ナバール史>を、兄弟の胸に突き返した。
何故だろう。
とても『怖い事』だと感じて居た。
だが、イーグルは、突き返したモノを受け取らない。
被りを振って、真っすぐの、痛いぐらいの眼差しを、しっかり俺に向けて来る。
そうして俺を窘めた。
「此れからお前に話す事は、俺自身の憶測に過ぎないし、勝手な事だと、承知してる。
だが、単なる憶測だとしても、俺には賭けられる。
ホークアイ、お前は、俺の一族を・・・。
本当の、【ナバール】を知る資格が在るんだよ」
(・・・!)
イーグルは、凛とした声音で語り掛ける。
表紙をなぞる指先が、団の行方を案じて居るかのようだった。
ナバールの息子・イーグルは、今『兄弟』としてだけではなく『跡継ぎ』としても話してる。
「正直言って、俺は読みたくなかったな。
けれども、いつ知ってゆくかは、時間の問題だと思う。
俺達は『成人』した。
若い奴らに示しをつけてゆく為にも、【ナバール】を継ぐのなら・・・。
いつかは、誰かが、向き合わなければならん物なのだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、イーグルよう!
息子のお前はともかくだ、俺の立場は、其の辺の、孤児と同じ身分ダゼ?!
親子の秘伝を知るなんて、俺には出来ない事なんだ!」
「いいや、お前は聴くんだ、ホークアイ。
お前は知ってもいい者だ、いや、知るべき立場に在ると思う。
何故ならば、お前に流れて居る血は、一族の・・・」
語り続けるイーグルの、乾いて荒れた唇が、ゆっくり、ゆっくり、動いてく。
『知りたくない』俺の恐れと裏腹に、動きへ、俺は、吸い寄せられて、魅入られる。
その一瞬の事だった。
ドオッ・・・・・・!!
どうしてだ!?
音を立てて<ナバール史>が燃えちまう・・・!
小さな本が、一瞬で、真紅の炎と黒煙に、包まれて続けて、灰になる。
炭になった<一族史>は、黒の粒子に変化して、闇へと舞って消えてしまう。
「クッ!
貴様、何をするッ!!」
其の一瞬に、イーグルは、ダガーを鞘から抜いてゆく。
曲線を、描いた刃(やいば)が鈍く光る。
フ!と構えを取りながら、同時に、何時でも攻められる。
「中庸」の構えを取りながら、深い闇をを睨んでる。
其処には大蛇の威風を備えた女が立って居た。
___イザベラだ。
「フフフ、可愛い坊や達!
【ファ・ディール】には、知らない方がいいコトも、沢山存在してるのよ?
特に、イーグル、お前は早くに知り過ぎた」
イザベラの、狂気を秘めた鋭い眼差しが、艶を放って揺らめいた。

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