「貴様!
よくも<一族史>を!」

「アッハッハ!
そんなモノが何になる!
そんなモノ、所詮は『紙の束』だよ、坊や達。
歴史は我が身で体験するものさ。
何度でも、愚かなコトを繰り返す___。
其れが歴史なのだから」


イザベラは、微笑を浮かべたままで居て、ゆっくり、ゆっくり、イーグルの、傍まで近づき始めてる。
イザベラが、歩く度に高く木霊すヒールの音、其れが書庫に鳴り響く。
構えを取った、イーグルが、ピタリと動け無いで居る。
ダガーを極めたイーグルが、構えて居るにも拘わらず、一ミリさえも、動かす事が、出来ずに居る。
其の額から一筋の、汗が流れて、落ちて居た。
大きく見開かれたままの眼が、動じて深く揺れ続け、ダガーを持つ手が震えてる。


「ホークアイ・・・。
こいつはヤバい。
お前は早く逃げるんだ・・・」

「フフフ、今更逃げ延びられると思うかい?
可愛い可愛い坊や達・・・!」


絡みついたイザベラの、触手みたいな指先が、固い頬を撫でてゆく。
其の眼が喰らいつくように、蒼の瞳を見つめて居た。
なのに、俺も、動けない。
___まるで『獲物』と化したように!







「ククク、秘密を知ってしまった以上、イーグル、お前は用済みだ!
フレイムカーンより先に、【魔界】に堕ちて、我らが糧となるがいい」

「俺は【魔界】などとは関わらない!
クソッ、親父を元に戻せッ!
お前なんか【ナバール】から、今すぐ、俺が、追い出してやるからなッ」

「アッハッハ!!
お前のような【人間】に、抗えると言うのかい?
【繰り返す運命】と、我が【闇の力】を前にして!」


イザベラは、嗤って、ケープを翻す。
戦う事など『幼児と遊んで居る』ようだ。
紅い瞳が、無言のままでも、事実を語り続けて居た。

『お前達は微笑ましい』。

イーグルの衣服が汗で透けるほどになる。
今すぐ、喰われる、巨大な、恐怖。
動かす事も出来ないほど、張り詰め続けた眼球を、総ての力で動かして、イーグルは、視線を俺へと向けてゆく。
俺を案じる強い兄___其の姿が震えてる。


「・・・ホークアイ。
お前は生きて此処から出ろ!」

「イーグル?
オイッ、どうしたッ、イーグルに、一体何をしやがったッ?!」

「ほんのちょっとしたプレゼントをあげたのよ。
どう?
初めて味わう【闇】の味は」


______【闇】の味。


そう、イザベラが囁いた瞬間に、イーグルの、蒼の瞳が朱に染まる。
オアシスみたいな眼差しが、突然朱に染まりゆく。


「ホークアイヲ、タオセ、ホークアイヲ、コロセ。
コロセ」


イーグルの声なのに、イーグルの声じゃない、獣染みた声音が絞られる。
イーグルは、人離れしたどう猛な、荒ぶる闘気を放って居た。
ダガーを持つ手の血管が、浮き出て肌は青くなり、瞳の奥には狂気が在る。

今、刃が舞ってゆく。

「ヒュッ」と空を切る音が、俺の髪を斬り裂いた。
同時に蹴りと靴底が、俺の腹へと喰い込んで、身体が壁へとぶち当たる。
ぶつけた背中が、反動で、床へと滑り落ちて居た。
俺の構えが甘かった・・・!


「一体どうしちまったんだっ?
眼を覚ましてくれよ、なあ、イーグル・・・ッ!」

「オレハ、オマエヲ、コロシテヤル」

「フフフ、アーッハッハッハ・・・!
さあ、どうする坊や達?
殺らなければ殺られるよ?」


まるで、生きた人間が『操り人形』みたいになってゆく。
空を切る音、ダガーが、何度もぶつかりあう音が、像を残して舞い踊る。
刀の嵐を、自らの、刃で返して防ぎ切る。
倒れてしまうイーグルが、床に落ちてゆく様も、まるで『哀れな人形』だ。
俺は(峰を返す)と決めて居た。
利き手に向かって、其の峰を、打ち込もう決断する。


「フッ、甘いな、坊や達・・・!」


けれども、熱が、イザベラが、放つ『何か』が刀を焼く。
其れが『炎』と解るのに、俺は時間を費やした。
どうしてだ。
どうして炎が生き物みたいに絡みつく・・・!?

すぐにも炎を消そうとして、俺はダガーを振り回す。
けれども風を孕んだ火の舞いは、より激しく燃え上がる。
俺の身体は燃え上がり、黒の焔(ほむら)と化して居た。


「ソイツは【魔法】さ、ホークアイ。
初めてだとは、ウブな事だ」

「【魔法】だと?
イザベラ、お前は、イーグルにも、此の【魔法】を掛けたのか?
クソッ、こんな、幻みたいな熱などに!
やられたりはするものか!」

「【魔法】【呪い】あらゆる力を求めては・・・自ら滅んで死んでゆく。
【人】とは愚かな生き物だ。
事実を超えてご覧なさい。
だがお前には出来はしまい。
知って、打ちのめされなさい。
お前達【人類】は、我らが糧に過ぎぬのだ」


大蛇よ、お前は何を言う・・・?
一瞬、理解が出来なくて、炎を消すのも忘れて居た。
其の瞬間に、イーグルが、全速力で駆け抜けて、ダガーを俺に振ろす。
ゴッ!と重い、業火を孕んだ曲刀が、肌を焼かんと迫り来る。
俺は、刃を、自らの、ダガーで受け止め続けて居た。
揺れる真紅が黒になり、炎の向こうでイーグルの、朱の瞳が揺れて居る。
そして、ほんの、一瞬のみ、深い蒼に戻りゆく。


「イーグル、正気に返ったか!」

「・・・違う、今だ、俺を斬れ」

「イーグル、一体、何を言う・・・ッ」


そうして、蒼が、朱(あか)になる。
瞳の色が変わったイーグルは、力が普段の倍だった。
闇に染まったイーグルの、力の限りの一撃が、俺に向かって下される。
辛くも躱せたとしても、常人を、遥かに超えた力で床が割れ、飛び散る石が頬を切る。


「止めろ、イーグル、止めてくれ・・・!!」

「グググ、コロス、違う、駄目だ、ホークアイ・・・。
俺を殺せ!殺してくれ!
もう、俺は、どうなっても構わんのだッ」

「俺とお前は兄弟だッ。
殺したりなど、出来るものか!」


だが、間違いなく『殺す気』の、迫るダガーを払おうと、俺は刀を振り続ける。
黒い炎が舞い続け、飛び散る火の粉が、イーグルの、綺麗な髪を焼いてゆく。
炎を止めれば止めるほど、火の粉が飛び散り俺を焼く。
兄弟さえも焼いてしまう【魔界】の炎は、防いでも、身体を炭と化さんとした。
汗にまみれて、意に反し、動く身体を押し留める。
狂ってゆくイーグルが、今は、一瞬、蒼い眼で、俺を見つめ続けて居た。


「・・・ホークアイ。
お前はジェシカを守ってやってくれ。
生きて、生きて、生き延びて、此のナバールをもう一度、昔のようにして欲しい」

「チィッ、まだそんな力が在ったのかッ。
お遊びは此処までだ。
此の場で焼け死ね【人】の子よ!」


唱えた呪文が響いた時、俺の刃が唸りを上げ、炎が腕へと移ってゆく。
走る炎がイーグルの、肉と骨とを焼いてゆく。
同時に、手に在るはず刀が一瞬で、「ヒュッ」と音を立てながら、イザベラへと飛んでゆく。
【人】離れしたイザベラは、乾いた音で掴み取り、俺のダガーを舐めあげた。

そうして。
次の。
瞬間に。

一機に深く貫いてく。
煌めく刃で、兄弟の、心ノ臓を抉り取る・・・・・・!


「知らずに居れば、安らかで、生き延びられて居たものを。
だが、もう、遅い」


鈍い音を響かせて、イーグルが崩れ去る。
ダガーを投げた瞬間に、鮮血が弾け飛ぶ。
紅い雨が降り注ぎ、返り血みたいに、俺の身体を濡らしてく。


「誰かおらぬかッ、人殺しだッ!」


けれども、血などは、一切、浴びて無い。
美し過ぎるイザベラが、人を呼んで居る声が、鼓膜の奥へと残響する。
駆けつけて来る雑兵が、血を浴びて居る、俺を囲む。
そうして刀(やいば)を抜いて居た。

義兄弟の血で染まる、刀を手繰り寄せては、無意識に、構えを取った自分が居る。
だが、其の事が、より深く、此の煉獄を煽りゆく。
仲間達の合間から、古株達のまとめ役、ビルが自ら進み出た。
ビルは、俺を睨みつけ、そうして俺を糾弾した。


「ホークアイ・・・よくもイーグル様を殺したな!」


仲間は俺を断罪した。
罪を負って、血塗られた、ダガーを床に落としては、俺は追い詰められてゆくしか他に無い。
力無く項垂れて、振った首が、空しく空を切ってゆく。
そうすれば『皆は信じてくれる』のだ。
俺は期待をしてたんだ。
だって、皆、仲間だろう?
長い間、同じ釜の飯を食って来た、家族みたいなモノだろう・・・?


此れは何かの間違いだ。


けれども、此の場に居る者は、誰一人として俺を見ない。
群れが見つめて居るのは『イザベラ』だ。
誰も、俺を、イーグルを。
正しく見ては居ないのだ。


「仲間殺しのホークアイ!
裏切者には死の罰を!」


群衆が、俺の手足を縛ってく。
掟の律が、俺を詰る。
傭兵達に囲まれて、鷲掴まれた、俺の髪。
そのまま顎を上げられて、イザベラへと突き出される。
俺の目前一杯に、歪んだ紅い唇と、キャッツ・アイが拡がった。


「仲間殺しの罪は重い。
お前の処刑を執り行う」


俺は、死刑を宣告され、引きずられて逝くしかない。
屑場に引かれる牛や鳥、家畜と同じようにして、死を待つばかりの監獄へ、捉えられて逝くしか無い。

何度も何度も首を振り、課された罪を否定した。
けれども、抗議は、届か無い。
誰の胸にも届か無い。
倒れたままのイーグルに、誰一人として駆け寄らない。
兄が遠ざかってゆく。

俺は臓器が潰れるほどに強く祈る。
俺の命をくれてやる。
だから、頼む、止めてくれ。
もう、こんな事は止めてくれ・・・!


「離せッ、ビルッ、イーグルが、まだ生きて居るかもしれないッ。
俺に構うな、イーグルを、助けてやるのが先だろうッ。
なあ、そうだろう、お願いだ・・・!」

「小賢しいな、ホークアイ!
仲間を殺して置きながら、命乞いとは見苦しい。
お前の死刑は決定した」

「ち、違う。
俺じゃない。
俺じゃないんだ___ッ!!」





此れが『始まりの物語』
すべての因果が巡る序章。
此の時が【マナの女神】が治める世界、未知なる【ファ・ディール】への入り口だと、後の俺は知ってゆく。