初めて、ホークアイに逢った瞬間。
私は、金の瞳に吸い込まれそうになりました。
シルクのような柔らかさの、紫の髪にも、触れてみたいと思いました。
旅の間___。
甘い言葉を、耳元で沢山囁かれると、それだけでクラクラしました。
気負い無く花をくれたり。扉を開けて、私だけを先に通してくれたり。
食事の時には椅子まで引いて、しょっちゅうお菓子をくれる・・・。
それだけの事で、どうしようもなく、私の胸は高鳴ったのです。
『リース!
俺の可愛いお嬢さんっ。
ぱっくんチョコを、俺と食べるかい?』
ぱきっと。
よく半分にされて、差し出されたチョコ。
其れが余りに甘くて、美味しくて。
『クソッ、ホークアイめ。
いつも俺の分は無いよな。
お前なんか、ダチじゃねえよ』
『チッチッチ!
レディ・ファーストは、男の基本だぜえ?
デュ~ランっ!
ンな事も解らんから、お前は鈍ちんなんだ、女に避けられるんだ、非モテなんだあっ!』
『テメエは女とみりゃ、のべつまくないだけだろうが!』
気が付けば、お二人の会話を聞きながら、チョコの甘さに、心まで溶けてしまいそうな自分を。
必死に押し隠して、ただ微笑み、お礼言うばかりの、情けない私が其処に居ました。
___だって、私は嬉しかった。
『リース。
俺は、君に、もっと自分を大事にして欲しい。
・・・君は王女様なんだろう?』
ローラントの奪還に成功した日、高く聳え立つお城の下で。
海の藍と、空の蒼が、溶けあう世界の中で。
そんな風に私に言ってくれた人は、これまで居なかったから。
___ホークアイ。
貴方が初めてだったから。
■ Female Turbulance
「一体、ホークアイは、何処に行ってしまったのでしょうか・・・」
閉じていた瞳を開けると、其処は、ペダンの廃墟でした。
其の瞬間に、透明な蒼に染まった、記憶の世界は消え失せます。
今、目前に広がるのは、鬱蒼とした真夜中の密林と、黄金色の廃墟だけでした。
ホークアイとは、都の入り口のところではぐれてしまってから、一向に合流が出来ていません。
私は、ハラハラする胸を抑えるのでした。
「リース、んな心配しなくてもいいぜ。
ホークアイは、あーいう奴なんだから」
「・・・あーいう?
ですか?
デュラン」
「んあ~、つまりな。
えと、たまにゃあ一人が好きな奴っつうか!
隠れナーバス野郎と言うか!」
「・・・。
そうですか・・・?」
「そう思ってやってくれ。
・・・どうせ、すぐ帰って来るよ」
デュランは、鼻歌を歌いながら、野宿の準備を、手際良く進めるのでした。
手際の良さが、屋根があるトコより、もう、野原で生活する方が楽みたいです。
特に、丸焼きが好きなデュランは、何かと焼きたがります。
今は、身体に絡まった蛇を、焼きたそうにムンずと捕まえて、凝視して居ました。
ヘビは命を危機を感じ、怯えて居ます。
脳裏に今夜の夕食が『蛇の丸焼き』になる光景が過り、私は慌てて打ち消しました。
今此処に、ホークアイが居れば。
『なんちゅう野蛮な!
やめれやめれっ。
此の、騎士見習いのフリをした、隠れ蛮族が!』
そう、必ずやデュランを止めてくれる事でしょう。
でも、彼は居ません。
なので、私が代わりを務めるハメになりました。
「あ、あの~、デュラン。
蛇さんも可哀想ですし。
此処は一つ、プイプイ草と魔法のクルミを、はちみつドリンクで煮込みませんか?」
けれども、デュランは、気にも留めません。
漢の拳で握られたせいで『グエッ』と鳴く、哀れなヘビの声が、夜の森に響いて行きます。
「リース。
草食一辺倒じゃあ、腹持ちがしねえだろ?
其れに、ホークアイが帰ってきた時に、ちゃんとしたメシがあったほーがいーだろ。
だから、肉だ肉だ!
爬虫類の塩焼き・・・。
実にイイじゃねえか。
ドンと来い」
そして、今正に、より絞められるヘビ。
即席ゲテモノ料理が、本当に『ちゃんとしたメシ』なのか、さっぱり謎でした。
けれども、料理うんぬんの前に、今の私には・・・。
デュランの事が、とても羨ましく思えたのでした。
デュランは、本当に、何の心配も無さそうです。
心底楽しそうに、煮たり焼いたりして居ます。
やがて、メニューの一つには、私の提案した、ハチミツ煮も加わりました。
とろっとした黄金色の蜂蜜ソースが、艶やかに、プイプイ草を引き立てて行きます___。
それは、私だけではなく、ホークアイの為にも作られた料理でした。
デュランは、絶対にホークアイが帰って来ると、信じて疑いません。
お腹の事にまで気を配って居ます。
私は、其の大きな背中に、尋ねてみたくなったのでした。
「・・・あのう。
もしかして、なのですが・・・。
デュランは、ホークアイについて、何かを知って居るのですか?」
デュランが、こんなにも平然としているのは___。
私の知らない何かを知っているから?
「デュランは、ホークアイの事を・・・。
とてもよく知っているの?
その、よくお二人だけで、お話もされて居ますし」
終始テキパキと、ご飯作りの手を止めない、デュラン。
淀みの無い動きは、私の心模様と、まるで逆さでした。
デュランと違って、私はいつも、ホークアイの事が心配で、たまらないのです。
彼を想うと、すぐに心臓がトクトク高鳴って、頬が勝手に紅くなる。
傍に彼が居ても、居なくても、胸が苦しくなる。
優しくされると嬉しい。
でも、その分、怖い。
___ホークアイ。
今の貴方は、フと姿を消してしまうから。
「デュラン。
最近、こういう事が、よくありますね。
急にホークアイが居なくなってしまう事が・・・。
デュランは、理由を知っているのですか?
だから、そんなに・・・あの・・・。
ちゃんと待っていられるのでしょうか・・・?」
私の記憶は、ローラント城の奪還が終わった、最後の瞬間を思い出すのでした。
独りで、何処かへ行ってしまいそうだった、ホークアイの背中。
私は、彼を呼び止めるように、引き留めるように、無我夢中で縋って居ました。
『待って下さい!
行かないで下さい!
私は、貴方の事が・・・!』
今、思い出すと・・・。
顔から火が出そうなくらい、恥ずかしい行動でした。
けれども、それくらいの事をしなければ。
あの時の私は、永久に、彼を失っていたのかもしれません。
だから、私は、ホークアイが居なくても平気なデュランに、尋ねてみたくなりました。
デュランは、終始ヘビを焼くのに夢中でしたが、ちゃんと話は聴いて居るみたいです。
ちょっとだけ、考え込むような顔をして居ます。
やがて、パキッと炭が割れる音がして、ヘビが焼けました。
そして___。
「俺達は、男同士だからな」
___大変、よく解らない返答が、帰って来たのでした___。
「・・・。
は?」
ちょっと止まってしまう私。
けれども、デュランは構う事もなく、大あくびをしてから、のんびりと続けました。
「詳しい事は、俺も知らん。
でも、俺は、アイツと同じで、男だから。
だから、アイツがカッコつけたい事ぐらいは、解るんだよな」
「・・・はあ」
「多分、辛い事は黙って、男の自分が引き受けようと、アイツも想うんだろうなあ・・・。
・・・よし焼けたッ!」
デュランは、こんがり焼けた二本のヘビに被りつきながら、もう片方を差し出すのでした。
一瞬、焼けたヘビと目が合った気がして、私は『ウウッ』となります。
けれども、デュランは、ヘビを頭から勢い良く、ガツガツと食べてしまうのでした。
しかし、私は、全くもって、ヘビはかじる気になれません。
・・・そして。
デュランの言葉に、納得も・・・出来ないのでした。
「あのう、デュラン。
でも、それでは、辛い事は全部、男の方に任せて居ればいいみたいに、なりませんか・・・?」
「・・・ん?
まあ、大体の事はそうじゃねえのか?
女のリースが、無理をして、辛い思いをしなくてもいいだろう」
「で、でも・・・。
それでは、私は、一体、何の為に・・・」
すると、突然、せきを切ったような想いが、静かに溢れたのでした。
ヘビをかじったまま、止まっているデュラン。
そんな彼に、私の口が、勝手に言いたい事を言ってしまうのです。
こんな事は、本来、そんなに簡単に、言う事では無いのです___。
___それなのに。
「・・・では、私は、一体何の為に・・・。
お二人の仲間なのでしょう?」
私は、ヘビの丸焼きを置いて、立ち上がりました。
それから、デュランに背を向けます。
突然、ポツッと落ちた涙を・・・。
デュランには、見られたくなかったから。
■
『俺の可愛いお嬢さん。
そんなに重い荷物は、持たなくてもいいんだよ。
さあ、俺に渡したまえ!』
一人で、夜の遺跡を歩いて居ると・・・。
何処からか、ホークアイの、そんな声が聞こえてきそうで___。
私の目に、また一つ、ポツリと涙が零れました。
ザワザワと揺れる密林と、熱気を帯びた風が、私の涙に触れていきます。
其の度に、ホークアイの言葉が聞こえてきそうです。
『リース、疲れたろう?
まんまるドロップを食べるかい?』
『とっても綺麗な花だ。
きっと、リースによく似合うね___』
『お嬢さん、お先にどうぞ!
・・・おい、デュランッ。
てめえは後だあッ!』
今までの私は、そんな言葉を囁かれる度に、クラクラして。
ドキドキする胸を持て余して。
甘い言葉とお菓子が、嬉しかっただけでした。
ホークアイだけじゃなく、デュランも、旅の間、ずっと私に優しくしてくれました。
普段は不愛想でも、こと戦いでは、いつも私を庇ってくれた___二人。
(・・・だから・・・。
知らない間に、私は、お二人に甘えてただけに?
旅の間、余り支えにもならずに)
その事に、一度疑問を持ってしまうと。
私の目から、また、ポツリと一つ、涙が溢れました。
私は、戦闘では、いつも彼らと同じように、戦っているつもりでした。
自分では、一生懸命なつもりでした。
けれども、デュランの言葉を、そのまま受け取るのならば。
実際の私は、道中、いつもお二人に気を遣われていた事になるのです。
重い物は、いつも、お二人に持って貰って・・・。
そして、お二人に、本気で頼られては居なくて。
だから、私には、デュランのように・・・。
ホークアイの気持ちが解らないのでしょうか?
その時、ヒュウと風が吹いて、夜空に浮かぶ満月まで、草花を巻き上げました。
亜熱帯地方特有の、深くて濃い緑の香りが、むせ返るようでした。
「・・・。
ああ、これでは駄目です。
そんな風に、デュランにも気遣われていた事にさえ、マトモに気付かなかったのに・・・。
私、デュランに、とてもヒドイ事を言ってしまって・・・」
『・・・では、私は、一体何の為に・・・!』
気持ちに任せて、あんな風に、デュランに言葉をぶつけてしまった。
それなのに。
ちゃんとお二人に頼られるには、どうすればいいのかが、ちっとも解らない。
そして、ホークアイの事を想うと。
___胸が高鳴るだけ。
「ああ・・・、ホントにいけません、これでは・・・」
そうして、私が独り、頭を抱えた、其の時でした。
涙で濡れた視界の向こう側に・・・。
鬼火が沢山見えたのは。

|