「___貴様がフェアリーか。
逢いたかったよ、女神の子___」
___一振りの剣を翳す。
___その切先が光る。
___美しい黒が煌き、その剣に宿っていく。
艶やかな刃、銀色の輝き。
そのすべてが夜闇のような。
黒く光る大剣。
それを翳しながら、その男は。
「お前はそれが___単なる、女神の使いだとでも?
ああ、確かに美しい存在だ、それに導かれ・・・。
太古より、幾人もの英雄を得た___マナの女神」
・・・静かに語る。
だがお前に、疑問は無いのか?
お前に憤怒は、無いのか?
何故、その女神の元にありながら、この世界には。
虐げられるものたちが、常に生まれ続けるのかと。
「だから気づけ、私の___よ___そして今すぐやめる事だ。
<女神の騎士>など______デュラン!」
Ⅰ
「・・・随分長い間・・・居眠りしてたんだな、デュラン」
___今、俺の瞳が、ゆっくりと開く。
目の前には、俺が身体を預け切った剣があった。
抜き身のままの、大きな剣だ。
それを必死に掴みながら、膝をついて、いつの間にか俺は、眠っていたらしい。
「悪い、ブルーザー」
「フン、黄金の騎士の息子はいいな。
オヤジが英雄で、王様の親友だからって、居眠りしてても特別扱いか。
・・・いいから行けよっ。
お前に、たった今、招集がかかった」
それに、俺の上司であるブルーザーの手が伸びる。
もぎ取られた剣は、ブルーザーに乱暴に払われ、鞘に納められた。
そのままブルーザーは、背後にある収納庫へと、叩きつけるように剣を入れる。
___ここは、フォルセナ城の城壁。
フォルセナ軍・白銀騎士団が警備を担う場所だ。
「言っておくが、いくら剣術大会で優勝しても、お前が隊長じゃないんだ、デュラン。
お前は傭兵で、責任者はこの俺だ。
上の伝達だけを、お前はしっかりやればいい。
必ず正確に聞いて、俺に話せよ」
「わかったよブルーザー。
ちゃんと聞いてくっから、そのでかい耳の穴を掃除して、待ってやがれっ。
ハン!」
俺は、グ、と突き出された、ブルーザーの顎を押しのけた。
次の瞬間、背後で妙に、やり取りを笑う声が聞こえる。
・・・だから俺は、ふう、とため息をついた後。
何故か、高鳴る動悸を抑えながら、指定された場所へ向かった。
___唯でさえ、妙な夢を見た。
それだけでも、嫌な気分なのに、相変わらずブルーザーには絡まれるわ。
・・・日和ってる連中には笑われるし・・・今夜は、最悪だ。
けれどもそんな俺に、同期が軽く、肩を叩いてくれた。
同期は『後でブルーザーの剣に、悪戯してやろうぜ、デュラン』と、耳元で囁いた。
だから俺も『・・・おうよッ!』と親指を立て、駆け出す。
___王の待つ、謁見の間へ。
フォルセナ城は広い。
呼ばれて、すぐに駆け付けたとしても、15分はかかってしまう。
だが、上を待たせるのはご法度だ。
だから、俺達傭兵は、城の何処に居たとしても・・・招集がかかって15分以内には。
言われた場所に、辿り着かねばならない。
だから俺は、小走りに駆けながら、招集場所へ向かった。
同時に、そこかしこから、各小隊から呼ばれた傭兵達が、同じ場所へ集まっていく。
やがて一際美しい、真紅と金でできた、壁の一角に出た。
黄金色の扉が、今夜は開かれている。
ゾロゾロと、他の傭兵・・・。
ほとんど俺と、年の変わらない少年達が、中へ吸い込まれるように、入っていく。
だから俺も、同じように、人込みに流されながら入った。
やがて、騎士の甲冑を身に着けた大人が、誘導した列に加わる。
「・・・静粛に!
これよりリチャード王から、情勢の説明と、君たちの役割について告げる。
よく聞いて、各持ち場に伝達せよ。
繰り返す!
静粛に!」
騎士達は、ザワつく少年たちを諫めた。
根気よく、静かにしろと言い続けた結果、ようやく静かになった。
やがて、それを待っていたように、高らかに楽器の音が広間に響く。
その時、一段高い場所にある玉座に___フォルセナ王・リチャードが現れた。
王は、たっぷり時間をかけながら、各少年たちの顔を見て回る。
それが、後列にいる俺と目が合う。
その時、王が片目をつぶった。
・・・それは、ほんの一瞬の出来事だ。
だが俺には、意味が判った。
それは『よく来たな、デュラン!』という、挨拶みたいなモンだ。
だから俺も笑顔を返すと、王は、物々しく玉座に腰をかけ、咳払いなどをしてみせた。
なので、俺は内心じゃあ。
(・・・相変わらずの演技派だなあ、リチャのおっちゃん!)
などと思ってしまう。
それで、俺が思わず笑顔のままでいると。
今はマズかったのか、隣の騎士も咳払いをした。
だから俺も、切り替えて、ちゃんとやる事にした。
___白銀騎士団、第三小隊の___少年兵をだ。
「・・・さて、騎士見習いの諸君、集まったな。
では始める。
これは、とても辛い報告だが___半刻前、国境より伝令が入った。
国境にアルテナ軍が集結し、フォルセナに向けて、進軍を開始したのだ」
___ザワ!
再び、少年たちが騒めく・・・。
それを、また大人達が窘めた。
動揺が広間に走って・・・収まるまでに、たっぷり時間がかかる。
場が収まるのを待って、再び王が、語り始めた。
「皆も知っての通り、隣国アルテナは、魔法大国だ。
我々の知らぬ、数多くのマナの知識を使い・・・空中戦艦さえ所有している。
だが我々は、負けるわけにはいかない。
この肥沃な土地は、我らのものである。
マナの変動で、世界規模の異常気象が起こっている今___。
アルテナの行動は、まだ被害の少ないこの土地を、手に入れる為のモノだ。
・・・平時であれば、諸君らの任務は、後方援助。
しかし、事態はこの通りである。
今後、前線に向かう命令が、でる事もあるだろう。
心しておきなさい。
___以上だ!
諸君の健闘を祈る!
・・・フォルセナに幸あれ!」
「___フォルセナに幸あれ!」
ザ!
その時、一糸乱れぬ動きで、同じ言葉を繰り返しながら、隊列全員が、己の剣を縦にかざした。
だから俺もそうする。
号令と同時に剣を翳すこと、騎士団における、忠誠の誓い。
それだけは、どんなにまだ俺が、見習いだとしても。
出来るようになっていた___。
___そして真夜中。
俺は再び、城壁の警護に戻っていた。
『国境にはアルテナ軍が、もう着いている』。
その伝令を受け取って戻り、きちんとブルーザーに報告して、それからだ。
再び城門の上に立って、もう数時間が経つ。
交代がくるまで・・・あと10分くらいだろうか。
そうメドがつくと、いけないと分かってはいても。
俺は再び、眠気に襲われていた。
・・・何故だろう?
今夜は、どこかおかしい___。
こう見えても俺は、退屈な城の警護だって、居眠りなんかは、一度もした事が無い。
だというのに、今日に限って、やけに頭が霧がかったようになる。
「・・・」
__こくっ。
俺は、また顎が下がってしまう。
そんな自分に気が付いた。
いけない、もう国境では、戦いが始まろうとしているのに___。
だがまた___こくっ。
そう、俺の首が下がる。
そして、どこか遠くの方から・・・。
『バカだよ、あんたも・・・ロキも!』
そんな、ステラおばさんの声が、聞こえた気がした。
・・・おばさんは、俺の母親代わりの人だ。
戦いで死んだ俺の父親、白銀騎士団の団長だったロキ。
それを支えていた、母・シモーヌの妹。
両親二人を、5歳の時に失って以来、おばさんがずっと、俺と妹を育ててくれた。
そのおばさんが___遠い記憶の彼方で、泣いている。
『シモーヌ!
まだデュランは、5歳だよ。
ウェンディは赤ちゃんなのに。
・・・どうして、ここまで病気を放っておいて、無理したんだい』
『ステラ。
私が病気だと知ったら、きっとロキは、安心して戦いに行けなかったと思うの。
私はあの人の、足手まといにはなりたくなかった・・・。
・・・フォルセナの為にも』
その、病で死んだはずの、母の声がする。
それで・・・これは・・・浅い夢だと。
___俺は悟る。
けれども、甘く懐かしい母の声、それを俺は、もっと聞いて居たかった。
だからあと少しだけ、眠ってはいけなくても。
この浅い夢が見たいと思った・・・そして。
『シモーヌ、すまない。
ロキは私を助けようとして、竜帝と差し違え、竜帝と共に、底知れぬ穴に落ちて行ってしまった・・・』
そう、あの日のリチャード王の声が響いて。
『・・・そうですか。
あの人は、ロキは、最期まで<黄金の騎士>であり続けたんですね。
彼も、きっと本望だったと思いま・・・ウっ!』
あの日の、最後の母の言葉が、心の中で木霊した___。
・・・その時だった。
___熱、い___。
突如、焼けるような何かで、肌を炙らている事に、俺は気づく。
ハッと目を覚ますと、轟音をあげて、城門の向こうの大木から、火が立ち上っていた。
「・・・炎ッ!?」
___黒煙が、舞い上がっている。
火の粉が、蛍の群れのように舞い上がり、消し炭になった葉が、黒い雨のように降り注いでいた。
立ち込める煙に・・・俺は、息が詰まり、そうだ___。
「・・・一体いつの間に・・・何故俺は、気づかなかった・・・。
・・・みんなはっ?」
俺は、弾けるように周囲を見渡す。
だが、其処に在ったのは___。
______死体の群れ。
・・・これは、おかしい。
そんなハズは無い。
何故なら、たったさっきまで・・・あんなに平和だったじゃないか?
居眠りができるぐらい、静かだっただろう?
それに、例え俺が、甘い眠りに落ちてはいても。
・・・こんな・・・。
・・・この事態に、この俺が・・・気が付かなかったとでも、いうのか?
そんな事が・・・。
あるわけ、無い。
「ブルーザーッ!」
だから俺は、すぐ隣で倒れていた、ブルーザーを揺り起こした。
だが、ブルーザーは答えない。
無言のままコト切れていた。
その目が見開かれたままだ。
だというのに、体中が火傷を負ったようになり、鎧が黒炭のようだ。
___まるで、一瞬にして、高熱で焼かれたように。
だが俺は。
傷ひとつ、負ってはいない。
見渡すと、俺が眠りこけていた、壁の窪み意外、全てが黒く、焼け爛れていた。
この窪み以外を、高温の何かが、突如襲ったかのようだ。
唯ここだけは、偶然<それ>から、逃れていたかのように見えた。
その時、まだ一部、燃え盛ったままの炎___。
それが空気を揺らす、向こう側に___。
____紅い影。
揺れる真紅のローブ。
火の粉に輝く___ブロンドの男。
その背中が、柔らかな残像を残しながら、滑る様に王城へと入っていくのを。
俺の目が捉えた。
「・・・?
一体何があったんだ・・・ あれは?」
だから俺は、ブルーザーの剣を拾い、あの影を追う。
あの、闇夜の中に消えていった真紅のローブ___それをめがけて。