___炎。



燃え盛る一面の業火が、フォルセナ城を染めている。



紅く飛び散る火の粉。
吹きすさぶ風熱。
黒い雨のように降り注ぐ、炭___。



「・・・待てッ、何者だ!」



熱で焼かれ、揺れる空気の帳。
その向こうに、淡いブロンドが揺れている。
・・・透明な、青みを帯びた瞳。
端正な顔立ちの、細見の身体付きをした、背の高い青年が、そこには立っていた。
血のように紅いローブを纏って、フォルセナ城の、回廊に立つ姿。
青年は俺を見ると、___フと嗤った。
まるで、自ら炎に飛び込む羽虫を、憐れむかのように。



「フフフ、なかなか勘の鋭い奴だ。
どうやらお前は、この城一番の剣の使い手である事を、誇りにしているようだが。
マナと魔法の前には、無力な事を思い知るがいい・・・。
・・・身の程知らずの、デュランとやら」


「・・・貴様、何故俺の事を、知っている」


「気にする事は無い。
今ここで、デュラン。
お前は___死ぬのだから」



その時、風が動いた。
刹那、金髪の青年が消える。

次の瞬間背後に気配を感じる。
振り向くと視界一杯に、青年の顔が広がる。
青紫の瞳に、立ちすくむだけの、俺が映った。
同時に下腹に、激しい蹴りを食らう。

爆風と共に壁に激突し、そのままズリ落ちるように___俺は、崩れ落ちた。





















それは、風の音だった。
俺が喰らったのは、確かに蹴りのはずだ。
だが、単なる蹴りというには、あまりにも強力過ぎる。
たった一発喰らっただけで、もう俺の身体が動かない。
だが、あんな細見の足の力が、ここまで在るはずが無い。



「ハッハッハ!
まだまだ子供だな。
こんな奴を傭兵としてやとっているようじゃ、英雄王とやらも、噂ほどたいした王じゃなさそうだ」


「・・・貴様。
国王陛下を悪く言う事は、許さんッ!」


「・・・フン。
随分と腰抜けの小僧だ。
・・・国王陛下、だと?
お前は、力の使い方を・・・間違ってるよ」



・・・?
この青年は、一体、何を言っている・・・?



だが今は、そんな言葉遊びをしている場合では無い。
だから俺は、まだギリギリ痛む腹を抱えながら、剣を構え、立ち上がる。
そして青年に斬りかかった。
けれども、痛む内臓を抱えたまま、繰り出す俺の刃に勢いは無く。
あっけなくそれは、躱される。



「己の力というのは、自らの為に使うモノさ。
国だの陛下だの・・・愚かだよ。
そんなモノの為に生きて、そしてこうして、最後は殺されるのだから、兵などな。
・・・そしてそれは、王とても、だ」



躱した刃。
それにツ、と白く細い指先を絡ませながら、青年は嗤った。
翻る紅いローブが俺の視界一杯に広がる。
フと花のような香りがした。
刹那、俺の横腹に手刀が入る。



「・・・グ、あ!」


「・・・まあ、お前のようなザコ相手には・・・どの道関係の無い話だ。
力の味を知る前に、お前は、今ここで死ね、デュラン」



!?
だから、お前は、何故俺の名を・・・?!



そう思う。
だが、そんな時間は一瞬たりとも無い。
次の瞬間、デュラン、という言葉が終わると同時に、突如氷の礫が、青年から舞ったからだ。
絶対零度の刃が、俺の腕を貫通する。
同時に、炎の乱舞が蛇のように襲い掛かり、俺の足を焼いた。



「ハッハッハ、死ね___!
貴様のような小僧の安いプライドなど・・・。
今ここでへし折られながら、逝くがいいっ!」



___一体、何だ!



何故、この紅い魔導師は、俺の事を知っている。
そしてどうして、俺をコトバで嬲る。
だがやはり、考える隙などは無い。
次の瞬間に俺は、グ、と髪を引き上げられていたからだ。
再び、視界一杯に、青年の端正な顔立ちが広がった。



「さようならデュラン・・・。
・・・だけど俺は、あまりにあっけなくて、少し残念だったな?」


「・・・」



・・・霞む視界の向こうに、白い手が見えた・・・。
また、花のような香りがして、指先に炎が宿っていく。
その火が、どんどん大きくなって、やがて紅い魔導師の、手の平以上になる。
だからそれを、激痛と共に認めたとき、確かに俺は、終わった、と思った。



___その時だ。



「城内に侵入者がいるぞ!
探せ!」



遠くで、幾人もの男達の足音が、木霊したのは。
騒めきと共に、剣と鎧の掠れる音が、さざ波のように近づいてくる。

そして、目前の炎の中で。
翳された細い手首を、黒い篭手で覆われた、大きな手が掴んでいた。
俺は、何故か・・・その手は、とても深くて、綺麗な黒だと思った。

・・・死を前にしながら。



「___紅蓮の魔導師。
生憎だが、このデュランを、始末する間は無さそうだ」


「一瞬で済む。
だからその手を離せ・・・黒曜」


「残念だけれど、もうそこに100名近くも、フォルセナ兵が来てるんだ。
いくらお前でも、ちょっと数が多いな?」



___黒曜。



煌めく美しい黒、甲冑の腕の、主の名___。
それを今、俺は知った。
次の瞬間、ドウと音を立て、中庭の大木が倒壊し、同時に回廊の扉が開いた。
激しい男たちの罵声と共に、一個中隊が、狭い廊下になだれ込む。



「・・・チ!
命拾いしたな、小僧・・・」



そして、紅い魔導師がローブを翻す。
歌うようにコトバが口ずさまれ___やがてすぐに。
魔導師と、黒い甲冑の騎士は消えた。
遠くで___。

『やはり・・・リ・・・ャード王の・・・通り・・・・追え・・・逃が・・・な』

そう___。
白銀騎士団の、手練れたちが、叫ぶ声がして___。
それを、俺はもう、途切れる聴覚で聞きながら___。
俺の意識は、途切れた。











「昨夜、城内に侵入した魔導師によって、警備についていた者達がやられ、生き残ったのは デュラン一人・・・」

「目撃者の話では、紅いローブを纏っていたという、おそらくアルテナの<紅蓮の魔導師>___」

「・・・このデュランでさえも叶わなかった相手・・・。
今下手に動けば、敵の罠にはまる危険性も・・・こちらからも諜報員を」

「アルテナ・・・理の女王・・・何故フォルセナに」





「・・・おお、目が覚めたか、デュラン!」





___天蓋が見える。





・・・気が付くと俺は、嫌に豪華な寝台に、寝かしつけられていた。
隣には、さも安堵をした笑顔を見せる、王が居る。
その周囲を、4人の騎士団長が囲んでいた。
内の一人___現在の白銀騎士団長が、俺を見た。



「・・・君が・・・私の息子の、最期に立ち会ったのだね」



そう、伏せ目がちに言いながら。
___団長は、ブルーザーの父親だった。
だから俺は、思わず身体を起こし、痛みも忘れて頭を垂れた。
今の自分にできる精一杯が、それしか無かったからだ。



「・・・団長!
ブルーザーを・・・いや、隊長をお守りできず・・・。
申し訳ありません」


「君が謝る事ではない、デュラン。
悪いのは___全て、アルテナだ」



ブルーザーの父は、他の団長と頷き合ってから、やがて部屋を出て行った。
それでようやく、俺はここが、とても場違いな部屋だと思える。
何故か俺は、王の自室で介抱されていたからだ。
それで俺は、やっと我に返る。
だから隣で笑う、プライベートでは、実はただの中年オヤジを、睨みつけてやった。
が、とたんに、腕と足と腹に激痛が走って。



「リチャのおっちゃん!
また俺を特別あつかア・・・~ッィッ」


「・・・デュラン。
周りが何と言おうと・・・。
お前は、親友・ロキの息子なのだから。
私にとって、お前を無下に扱う事は・・・。
ロキとシモーヌに、申し訳のたたぬ事なのだぞ?」



結局俺は、その大きな手に、ポンと頭をこずかれ。
それから髪をグシャグシャされ。
最後は強烈なデコピンを食らい。
そのままボスッと、ベッドに戻されてしまった。
だから俺は、赤面したまま、ふて腐れて・・・寝返りを打った。

・・・だって、こんな場所・・・。
王の自室なんか、俺のガラじゃねえんだから。

何故って、なんだかんだ言って。
俺はずっと親ナシで、下町で育った・・・下々の傭兵なんだから。

確かに、俺が17になるまで、リチャのおっちゃんは、そんな俺を支援してた。
でもそれは、たまたま父親のロキが、おっちゃんの親友だったからだ・・・。
・・・本当に、それだけなんだ。



「・・・。
私にも、私情というものはある。
いつも公の顔ばかりではないよ、デュラン。
だが立場上、全く切り分ける事も、できなくてな。
___私自身も、難儀してるさ」



だけど俺は。
いつもこんな風に、俺を気にかけてくれる、リチャのおっちゃんが大好きで。



「・・・だが、デュラン。
私の贔屓目ではなく、お前の剣の腕が、国一番なのは間違いない。
失いたくない人材なのは、フォルセナにとって本当の事だ」



___そして、フォルセナ王として、俺はこの人に___。
___全身全霊で忠誠を、誓っている___。
・・・国に殉じた父・・・<黄金の騎士・ロキ>と、同じように・・・。



だから・・・目が醒めてすぐに。
もう俺は、引き返せなくなったと分かった。



俺にこんな怪我を負わせ、所属部隊を全滅させ、国も王も侮辱した・・・!
あの___ブロンドの青年。
紅い___魔導師。
そして、アルテナ。
俺は、アイツだけは、絶対許してはならないと思った。
あの、事切れたブルーザー。
___そして、父親である___団長の為にも。
こんな暴力的なやり方で、俺を敗北させ、数々の命を奪い、侮辱を重ねたあの魔導師。
奴の居る<アルテナ>が、俺は絶対許せない。
___だから___。



「・・・国王陛下!
・・・私は、あの魔導師だけは、許す事ができません・・・。
生まれて初めて、敗北をきっしたばかりでなく・・・。
・・・国王陛下を侮辱した、あの魔導師を・・・。
・・・私は。
私は、どうしても___あの魔導師に打ち勝てるほど、強くならなくては___。
この城には戻れません・・・。
祖国、フォルセナの為にも・・・。
・・・父のように・・・息子の私が、誰よりも強くならなくては___。
私は、あの魔導師に、必ず___勝たなくては、ならないのです・・・!」










___これが、俺の始まりの、物語___。
___すべての因果が巡る、序章___。
___この時が、<マナの女神>が治める世界___。

______未知なる<ファ・ディール>への入口だった______。